86話:朝比奈様。
「ちょっと待ってください・・・この名前って・・・」
リステと一緒にお風呂から上がりカージナルさんと合流しました。髭も剃ってさっぱりしたカージナルさんに物資調達の成果を見せてもらうことになりました。鶏が20羽で卵を産むメスが5羽います。出来ればもっと欲しかったですが、元々食肉用の鶏だったらしくほとんどがオスでした。しばらくは増やすことをメインに育てるしかありませんね。そして乳牛さんたち!こちらは8頭のうち5頭がメスで毎日大量のミルクが手に入りそうです!大事に育てないといけませんね!その他にも様々な野菜の種や苗もありますが、カージナルさんも何の野菜なのか分からないそうで、手当たり次第に買ってきたそうです。まあ、畑は有り余っているので区画を決めて植えていくことにしましょう。思わぬ掘り出し物があるかもしれませんしね。
そして最後がリステが気に入って購入した牧羊犬のワンちゃんです。おとなしく座っていますがあまり元気がないように見えます。長旅で疲れてしまったのでしょうか?わたしが手を伸ばしても特に怯える様子もなく大人しくしています。頭を撫でてあげると少し気持ちよさそうな顔になりましたが、その後に衝撃な出来事が起こったのです!
『はぁ・・・なんでこんな事になったのかしら。淑女が全裸で外を歩かされるなんて、誰かに知られたら自殺ものだワン』
「えっ!?・・・・・・・・・」
『ん?どうかしたのかしら?』
しゃべった・・・。このワンちゃんの言葉がわかります。言語読解LV1の魔法を持っていますが、これまではラプトルさん以外の言葉が分かったことはありません。キナコやミタラシでさえ言葉はわかりません。なんとなく意思疎通は出来てる気がする程度です。わたしはワンちゃんに抱きつくふりをしながら耳元で声をかけました。
「ワンちゃん、あなた・・・言葉がわかるのですか?」
『えっ!?人の言葉が聞き取れるワン!ど、どうして!?』
どうやらわたしの声だけが犬の言葉として聞き取れているようです。ラプトルさんも人類共通語は理解できませんが、わたしがしゃべる言葉だけは魔物語として聞こえているそうです。
わんわんわん!
「すずめ様大丈夫ですか?この犬が何か?」
「い、いえ!かわいいワンちゃんですね。そ、そうだ、この首輪の文字でしたっけ?どれどれ・・・」
〔朝比奈〕
「アサ・・・ヒナ・・・」
冷や汗がでました。首輪には漢字で朝比奈と書かれています。朝比奈さんといえば・・・アサヒナ様ですか・・・。そしてわたしの言葉がわかるワンちゃん。ワンちゃんもわたしの言葉が伝わっています。この子はもしかしなくてもそうなのでしょうか?・・・。
わたしはワンちゃんの首根っこを抱え込むと村長の家に向かって走りました。
「ちょ、ちょっとこのワンちゃんお借りしますね!誰も中に入ってはいけませんよ!!」
「あ、すずめ様!?」
バンッ!!
ぜーぜー・・・。カージナルさんの制止の言葉を振り切って家の中に飛び込みました。扉を乱暴に閉めてワンちゃんを床に降ろします。
『あ、あああ、あなた!わたしの言葉がわかるのですね!?』
「ええ、まあ。あなたはアサヒナ様で合ってますか?トモエゴゼン様のお孫さん?」
『おばあ様を知っているのですか!?それにわたしのことも・・・あああああ!!あなた!あの時おばあ様とわたしのお墓参りにいらした子ね!』
えええええええ!?わたしのお墓参りって、やっぱりアサヒナ様はお亡くなりになっているのですか!?それじゃなんでこの姿に・・・。
『おぼろげですけど覚えていますワン。わたしが死んでしまって落ち込んだおばあ様を、あなたが励ましてくれたことを』
ヨミガエリ草を渡した時のことですね。あの時のトモエゴゼン様は人生の目標を失った老人に見えました。なんとか立ち直らせたくてアサヒナ様になりきって叱ったのです。
『あの時はありがとう。あんなに落ち込んだおばあ様は初めて見ましたワン。あなたの叱責が無ければおばあ様はダメになっていたかもしれないワン』
「今は北の国境付近で難民の受け入れをしているそうですよ」
『そう、元気にしてるなら良かったワン』
項垂れて目に涙を浮かべたアサヒナ様をそっと抱きしめました。生前の姿は分かりませんが、言葉遣いや優しい心根からいいお嬢さんだったのが伝わってきます。
「ところでアサヒナ様はどうしてワンちゃんの姿になったのですか?先ほどのお話しからすると、その・・・幽霊だったのですよね?」
生まれ変わったにしては早すぎます。アサヒナ様が亡くなったのはわたしがこの世界に来た頃です。あれからまだ3ヶ月程度しか経っていません。とても子犬には見えませんし・・・。
『わたしにもわかりませんワン。しばらくお墓の周りで漂っていた気はしますが、ある時急に何かに引っ張られる感じがして気づけばこの通りですワン』
そう言って片手を上げて肉球を表を向けます。仕草が犬らしくないですね。かわいいですけど。
「身体の相性でもあるのでしょうかね?それで相性のいいワンちゃんに憑依したとか?」
『何で寄りに寄って犬なのですか!?おかげで何度恥ずかしい目にあったか・・・』
「恥ずかしい目?」
『見ればわかるでしょ!わたし全裸なのですよ!』
いや、全裸と言っても見えてるのはアサヒナ様の全裸じゃなくてワンちゃんの姿ですし、そんなに恥ずかしがらなくてもいいんじゃないでしょうか?
『しかも四つん這いで片足を上げてご不浄まで・・・』
そりゃ恥ずかしい!わたしも四つん這いで半裸を見られた経験があるので分かります。殴って記憶を消せるなら今すぐ殴りに行きますとも!
「えっと、今更ですけど普通に茂みとかで座ってするわけにはいかなかったのですか?」
『それが難しいのですワン。この犬にはちゃんと意識がありますの。完全に思い通り動くわけじゃなくて、本能による行動は制御できないのですワン』
そう言いながら後ろ脚で耳の後ろをカシカシと掻いています。なるほど、こういう事ですね・・・。あくまでワンちゃんの中に居候させてもらっている状態なのは分かりました。
「アサヒナ様が元に戻る方法はあるのでしょうか?」
霊体なのでしたらワンちゃんの身体から出ることは可能なのでしょうか?
『・・・ムリでしょうね。わたしの身体はすでに埋葬されてしまっていますし、この犬の身体に吸い込まれてからは抜け出すこともできないワン』
ワンちゃんとよほど相性がいいのでしょうか?語尾もちょこちょこ「ワン」になってますし。そうするとこれからアサヒナ様はワンちゃんとして生きていかなければならないのですね。魔法でなんとか出来ればいいのですけど、どんな魔法ならいいのか見当もつきません。今のスキルポイントなら2つの魔法を作れますけど、どうすればいいのでしょうか?
「そう言えばアサヒナ様はもしかして魔法が使えたりしませんか?」
『よく知ってるワンね。おばあ様に聞いたのかしら?わたしは風の魔法が使えますワン』
なるほど、これで以前からの謎が一つ解けました。魔法が使えるのはアサヒナ様でした。しかしその後の質問の答えは意外なものでした。
「それではアサヒナ様はヨシヒデ殿下のご姉弟なのですか?」
『あら?殿下のことも知っているのね。いいえ違うワン。わたしは亡くなったアオイ元王妃様の弟の娘で、ヨシヒデ殿下はわたしの義従弟ですワン。ヨシヒデ殿下は後妻に入ったスオウ王妃様の息子よ』
え?え?ちょっと関係性が複雑で混乱しました。つまり、アオイ様という方が王様の元妃で、アオイ様の母親がトモエゴゼン様ですね。現王様の義母に当たるわけですか。それでカージナルさんが「陛下」と呼んでいたのですね。そして王様の義弟の娘がアサヒナ様。ということはアサヒナ様は王族ではないのでしょうか?王様と血は繋がってませんよね?いえ、お母様が王族という事もありえますか・・・。それからヨシヒデ殿下が現王妃様の息子さんね。お姉さんのベニヒさんとは母違いの姉弟ですか。さすがは王族、人間関係がややこしいですね・・・。
「それにしても、なんでアサヒナ様はあんな一般人の共同墓地に埋葬されたのでしょうね?」
『あ~それはわたしが大罪人だからですワンね?』
えええええええええええ!!ど、どどどどういう事ですか!?




