84話:ベニヒ・ベリタ・アリタイ。
【国王】
「お父様!ご用事ってなんですか?剣術の修行で忙しいのだけど」
「王女であるお前が剣術を鍛えてどうするのだ!少しは姉を見習って女性らしい習い事でも身に着けてくれ!」
わたしの娘でアリタイ王国の第二王女であるベニヒは、王族の中でも3人しかいない魔法使いの一人だ。にもかかわらず魔法より剣術が好きというのだから頭が痛い。この国一番の魔法使いと言われる義母上以上の才能の持ち主だというのに・・・。
「ご機嫌麗しゅうございます、ベニヒ王女。本日もお美しいですな」
「ちょっとやめてよブギョウおじさん。謁見の場でもないのにそんなお世辞を言われても気持ち悪いだけだわ」
ベニヒはため息を吐きながらわたしの隣のソファーにドサッと腰をかけた。どうしてこんな性格に育ってしまったのやら。今年で21歳になるというのに未だに嫁ぎ先も決まらない。姉のアサギは貞淑な淑女に育って20年も前にアチネーベ王国に嫁いだというのに・・・。
「そうですな。それじゃいつも通り悪友の娘と思って接しよう」
「お前ももう少しオブラートに包めよ!王様だぞわたしはっ!」
わたしの抗議を無視したブギョウはテーブルに置いた布の包みを取ると、小さな桐箱をベニヒの前に押しやった。
「なにこれ?」
「先日騎士爵になったばかりの者が、ベニヒ王女にと送って来た物だ」
はぁ・・・。ベニヒが分かりやすく大きなため息を吐いた。足を組んでソファーにふんぞり返る馬鹿娘だが、母親であるアオイによく似た美人だ。21歳だというのに成人したばかりの女性の平均より小柄で、長く美しい金髪をツインテールにまとめている。そのため若い貴族からの贈り物は後を絶たない。
「また宝石か貴金属の類でしょ?そこら辺の娘ならそれで喜ぶんでしょうけどね~・・・なにこれ?」
箱を開けたベニヒから再び同じセリフが漏れた。箱の中に入っていたのは不思議な模様の入った小さな櫛だ。宝石ではないようだが艶があり高級感がある。珍しく興味を持ったベニヒが櫛を手に取るとシャンデリアの灯りに透かして見ている。
「軽い・・・水晶じゃないのね。黄色や赤褐色の層が何重にも重なってる。それなのに透明感を失っていない。そして鉱物の冷たさを感じない滑らかな肌触り・・・。ブギョウおじさん!これは一体なんなの!?」
「べっ甲細工という物だそうだが、わたしも詳しいことは何も。息子のイチウが領主補佐として赴任した先の騎士爵が、ベニヒ様にと、護衛の者に持たせたそうだ」
すずめ嬢か。あの魔法使いなら何かやってくれるとは思っていたが、いきなり我が娘の興味を引くとはさすがだな。目をキラキラさせて櫛を見つめるベニヒにわたしの涙腺が緩んでくる。剣術馬鹿のベニヒが、まさかこんなに女性らしく櫛に興味を持ってくれるとは!すずめ嬢が女性でなければベニヒを嫁がせたかもしれないな。
「べっ甲細工。一体何で出来ているのかしら?」
ベニヒが自らの髪に櫛を当てて梳き始めた。スルスルと髪の中を櫛が動くたび髪が綺麗に整えられていく。あのベニヒが、あのお転婆を通り過ぎて男勝りなベニヒが、目をつむり気持ちよさそうに髪を梳かしている。その姿にわたしの涙腺は崩壊した!
「おおお!ベニヒィ!!」
「ぎゃあああああ!!くっついてくんなクソオヤジ!気持ち悪い!!」
【ヨシヒデ】
「お~い帰って来てんだろ?入るぞ~」
「ベニヒ姉さん?珍しいね俺のとこにくるなんて。何か用ですか?」
王宮にある俺の部屋にベニヒ姉さんが突然訪ねてきた。俺には兄が二人、姉が二人いるが、俺だけ4人とは母親が違う。そのことについて特に思うことはないが、4人の母親で正妃であったアオイ様が崩御され、俺の母親が正妃になった事には複雑な思いがある。
「お久しぶりですね。今日も可愛らしいですよ」
「お姉ちゃんを可愛いなんて言うな!まったくお前は相変わらずだな」
兄弟とはいえ他の3人は一回り以上年上なので、唯一年の近いベニヒ姉さんとは一番仲は良かった。もっとも、成人してからはあまり王宮にいないので会話するのも半年ぶりくらいだが。
アオイ様は俺がまだ7歳だった時に亡くなられたが、実の母親のように優しく接してくれた。そのおかげで母親違いの兄たちも優しくしてくれたのだが、アオイ様が亡くなり俺の母親が正妃になると状況が一変した。俺の母親が兄姉たちを差し置いて俺を王太子にするよう、父親である国王に嘆願したそうだ。もちろん国王はそれを退けたが、その頃から貴族の間に派閥が出来始めたのだ。3人の後継候補の内の誰が次期国王になるかの派閥争いだ。そんなことがあったにもかかわらず兄姉たちの態度に変化はなかった。内心は分からないが俺を疎外するようなこともなく無事成人の日を迎えた。
「何もない部屋だな。本当に王宮を出ていくのか?」
「俺の母親は正妃の器じゃないんですよ。俺がいるとあの人は勘違いをして暴走しかねない。王位継承権を放棄すれば諦めてくれると思ったのですがね」
王族の成人の儀式の場で、国中全ての貴族が参列した場で、俺は王位継承権を放棄した。母親はあまりのショックで卒倒し、王宮は大混乱に陥った。俺を推していた第三王子派はそのまま瓦解するかと思ったのに、正妃である俺の母親を旗頭に変え反国王派となり、今も兄姉たちの派閥といがみ合っている。貴族なんて結局自らの利権のために争っているのであって、国のため、民衆のためにと働いている者などほんの一握りしかいない。正妃でありながら反国王派閥の筆頭になった母親など愚の骨頂だ。魔物の脅威にさらされている今、人類同士で争って何になるというのか。
「ところで何か用事があったのではないのですか?」
「ああ、お前って宰相んとこの息子と仲良かったよな?」
「イチウのことですか?まあ、それなりには。それが何か?」
ベニヒ姉さんがイチウのことを聞いて来るなんて何かあったのだろうか?
「今どこの領地に赴任してるんだ?」
「南西の端にあるサイハテ村ですよ。新しく貴族になったすずめ君が治めている村ですね」
「すずめ君!?そいつが騎士爵になったっていうやつか?」
「よくご存じで」
ふむ。どうやら聞きたいのはすずめ君のことのようだね。名前もしらないのにイチウの赴任先にいる騎士爵だということは知っていた。宰相のブギョウさんから聞いたのか。魔法使いだということまでは知らないのかな?
「会ってみたいな・・・」
ポツリと呟いた声がベニヒ姉さんらしくないと感じる。昔の姉さんならお城を抜け出すなんてよくやっていたことだ。会いたいなら会いに行けばいいのに。俺がブラブラ出歩いているこの2年の間に色々あったのかな?
「姉さんも一緒に行くかい?俺が向かうのも実はすずめ君の所だし」
「え!?でも・・・」
自由奔放に見えて公の場ではしっかり王女様を演じ切るベニヒ姉さんのことだ。おそらく自分が出奔した後の事を気にしているのだろう。すずめ君と大差ない身長の姉さんがいつにも増して小さく見える。
「らしくないね。俺が王位継承権を放棄した時だって笑って慰めてくれた姉さんが、ちょっとしたお忍びくらいでビクビクするなんて」
「だ!誰がビクビクしてんだよ!ちょっと行事の日程を考えてただけだ!スッと行って帰ってくるくらいなんてことないさ!」
ガルルルルと歯をむき出しにして威嚇してくるが、なんとも可愛らしい生き物だ。俺に噛みついて来たすずめ君によく似てるな。俺はベニヒ姉さんの頭をポンポンと叩くと、「出発は明日だよ」とだけ告げた。




