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82話:プリステラの犬。

【カージナル】


「馬房主はいるか?」

「はい、いらっしゃいませ。馬をお探しですか?」


 東の港町に着いてすぐに馬の調達を始めた。これで3軒目だ。どこにいっても年老いた馬しか扱っていない。


「若い牡馬はいるか?」

「すいません、あいにく若い馬は・・・」


 ここもか・・・。誰かが買い占めてでもいるのか?


「最近若い馬は根こそぎお貴族様に買い占められましてね。ウワサじゃ北で戦争が起こってるらしいですけど」

「戦争だと?一体どこで?」

「さあ、そこまでは・・・ただ、大量の難民がなだれ込んでるらしいですよ」


 昔はよく領土戦争もあったらしいが、ここ100年は人類対魔物の争いのため国同士の戦争はなかった。退魔液が開発されてどこの町も魔物の浸入を許さなくなり、防御の人員を反転攻勢に回せるようになった。パッセロの町でも北にある迷宮攻略に人員を回していたくらいだ。そのため、いべんとぅぼすの襲撃の際に冒険者頼りになってしまったが、他国に攻めるほどの余裕のある国はないはずだ。進軍途中に魔物の襲撃もあるし、短期間で落とせないと背後から魔物による挟撃の可能性もある。となると・・・どこかの国が魔物に堕とされたか!?退魔道具があるのに魔物に堕とされるような事態になるのは、人為的に退魔道具を止められたか、いべんとぅが発生したか・・・か。


「カージナルさん」

「プリステラか。そっちはどうだ?」

「ダメです。馬はいません。牛ならいるそうですが」

「そうか」


 馬の方が単体での移動にも便利なのだが、荷車を引くだけなら牛でも問題はない。むしろ力は馬より強い。乳牛なら普段の食事の補助にもなるだろう。


「仕方ない。馬は諦めて乳牛を調達しよう。それと鶏の確保だ」


 周辺の国で何が起きているのか分からないが、今のわたしはサイハテ村の領主、すずめ様の護衛隊長だ。すずめ様のために村の発展第一に働かなければならない。国の行く末は御前やサイアミーズたちに任せるとしよう。

 馬房を後にして人通りの多い露店を見て回り様々な野菜の種と苗を購入した。正直どの野菜がいいのかわからなかったので手あたり次第だ。すずめ様ならなんとかしてくれると思うので無駄にはならないだろう。そうしてしばらく露店を見て回ると鶏を売っている店を見つけた。肉や卵を主に扱っているようだが、生きている鶏が店の裏にいたので交渉してみると問題なく買うことが出来た。籠ごと馬車に積み込みながら、乳牛を扱っているところがないかと聞いてみると、街はずれの牧場で買えると教えてもらった。


「旦那、ついでにコイツも買っていっちゃくれませんかね?元牧羊犬ですが、牛を引き連れて移動するなら役に立つと思うんですが」


 鶏を購入した露店の店主が、隣で座っている犬の頭を撫でながら言った。


「ふむ。いくらだ?」

「銀貨30枚でどうでしょう?」

「高いな」


 牧羊犬なら確かに欲しいが、馬1頭と変わらない値段だ。足元を見ているなら無理に買う必要はない。立ち去ろうとすると店主が続けて言う。


「犬にしては高いでしょうが、牧羊犬が売りに出る事なんてほぼありませんぜ。コイツは親が牧羊犬で生まれた時から牧羊犬の訓練を受けてるんでさぁ。掘り出し物だと思うんですがねぇ?」


 男の横でお座りをしてこちらを見上げる牧羊犬と目が合う。腹側と足先だけが白い毛で、その他は真っ黒の犬だ。尻尾をブンブンと振っていて人懐っこそうだが、牧羊犬としてはどうなんだ?


「かわいいですね」

「おい、プリステラ」


 先日妻にしたばかりのプリステラがしゃがみこんで犬の顔をわしゃわしゃと撫でている。顔を舐められて楽しそうな笑顔を見せた。あまり笑わないプリステラだが珍しく楽しそうだ。


「欲しいのか?」


 試しに聞いてみると急に真面目な顔に戻り、「牛の運搬後は番犬として使えないかと」と言いながら犬の首根っこに抱きついている。建前が言えただけまだましなのだろうか?そう言えばすずめ様から8月分の給金を頂いていない。おそらく補佐のイチウ殿が管理すると思われるが、現在王都との往復の途上だ。イチウ殿が赴任したらコイツの代金は給金から天引きしてもらうとするか?


「わかった。買おう」

「ありがとうございます旦那。こいつはおまけです」


 店主が差し出したのは犬の首輪だ。不思議な文字が書いてあるが・・・読めない。漢字というやつだろうか?


「なんと書いてある?」

「さあ、あっしも分かりませんがなんでも由緒正しい名前だそうですよ」


 由緒正しい名前か。よくわからないがすずめ様なら読めるだろうか?すずめ様は否定されていたが王族の可能性が高いお方だしな。おまけだと言うなら素直に貰っておくか。犬の首に首輪を嵌めてみるとあしらえたようにぴったりだった。


 その後、町はずれの牧場で乳牛を雄雌合わせて8頭購入した。鶏も先ほど雄雌合わせて20羽確保している。二人ではこれ以上の数は無理だろう。乳牛8頭は正直多すぎるが、そこは牧羊犬に頼るしかあるまい。鶏とそのエサはキナコたちが引く馬車に乗せ、牛車も一台調達してそちらには村に帰るまでの牛たちのエサとして牧草を積みこんだ。


「よし、これで任務完了だ。サイハテ村に戻るぞ」

「はい、カージナルさん」


 町はずれの牧場からそのままサイハテ村に向かって街道を進む。馬車の御者はプリステラが務め、その後ろから牛の鼻輪に結び付けた紐を持ってわたしが歩いて進む。牛の歩みは遅いが一定のペースで歩き続ける。


 わんわんわん!


 鶏と一緒に購入した牧羊犬が、牛の後ろや左右を行ったり来たりしながら牛をまとめる。正直牧羊犬としての能力はそれほどあてにしていなかったが、思った以上に役に立っている。

 東の港までは馬車で4日ほどだったが、歩いて牛を連れて帰るには最低10日はかかりそうだ。それから2日は何事もなく進んだが、3日目の夕方に魔物の襲撃を受けた。


「カージナルさん!前方の丘から魔物が6匹接近してきます!」

「判別はつくかっ!?」

「人型6!おそらくコボルトかと!」


 コボルトは犬の頭をした小柄な人型の魔物だ。武器は牙に爪、ごくまれに短剣を持っている個体もいる。たいして強くはない魔物だが、牛が傷つけられでもしたらこの先の進行速度に影響が出る。出来れば接近する前に叩いておきたい。


「俺がでる!プリステラは馬車と牛を守ってくれ!」

「了解しました!」


 牛の牽引用の紐をプリステラに渡すと、背中に括り付けていた槍を手に持ちコボルトに向かって突撃する。灰青色の毛色のコボルトが5匹に赤褐色の毛色のコボルトリーダーが1匹だ。リーダーがいる群れならそいつを潰せば逃げ去ってくれるかもしれない。狙うなら赤毛のリーダーだ!コボルトは人類と比較すれば低能だが犬科としての野生の本能も持ち合わせている。赤毛のリーダーが正面で牽制し、他のコボルトが半円形上に包囲してきた。前進して攻撃しようとすれば後退し、左右のコボルトが攻撃してくる。すぐさま左右のコボルトに狙いを切り替えると、正面のリーダーが低い姿勢から飛び込もうとして来たので、槍を回転させ構え直すと再び元の位置に戻る。うかつに槍の射程範囲には飛び込んでこない狡猾な奴らだ。

 膠着状態に陥った。コボルトも単体での力量差が分かるのか仕掛けてこないが、こちらもうかつに動けなくなった。何か一つきっかけがあれば一気に蹴散らしてやれるのだが、プリステラは馬車と牛の警護で身動きが取れない。さすがに二人でこれだけの物資の輸送には無理があったか・・・。そう思った時、突然コボルトの包囲に亀裂が走った!


 うぉん!!


 飛び込んで来た牧羊犬が左側にいたコボルトの首に噛みついたのだ!予想外の襲撃でコボルトの統制に乱れが出た。すぐさま右のコボルトに向かって踏み込み槍で心臓を一突きした。すばやく槍を引き抜くと軽く回転させ隣のコボルトをけん制し、全身のバネを使ってリーダーに向かって突進する。もはや邪魔を出来るコボルトはいない。リーダーも覚悟を決めたのか持っていた短剣を構えるが、槍とはリーチが違う。


「円元流槍術!螺旋槍!」


 槍に添えた左腕に力を入れ槍をブレさせると、右手を思いっきり前に突き出した。震えた槍の穂先が回転しながら短剣を弾き飛ばすと、そのままコボルトリーダーの胴体のど真ん中を貫いた。槍の半ばまで食い込んだリーダーの首元に足を掛けると、蹴飛ばしながら槍を引き抜く。無傷なコボルトが3匹いたが、それを見ると戦意を喪失して這う這うの体で逃げ去っていった。牧羊犬がかみついたコボルトもすでに息絶え、なんとか無事に魔物の襲撃を乗り越えたのだ


「よくやった犬!」


 プリステラは自らの元に戻ってきた牧羊犬に抱きついて、全身を撫でてやっている。まあ、頼もしい同行者ではあるか?それにしても「犬」はないだろう。プリステラも気に入ったのなら名前でもつけてやればいいのだ。しかし牧羊犬にしては随分戦いなれているように感じる。訓練された軍用犬でもあるまいに、頸動脈を噛み切りコボルトを一撃で倒していた。念のためとどめを刺そうと倒れたコボルトに近づいてみたがおかしなことに気づいた。


「噛み傷じゃ・・・ない?」


 確かに頸動脈を斬って倒しているが、切り傷があまりに綺麗すぎる。チラッと後ろを振り返るとプリステラに撫でられている牧羊犬がこちらをじっと見ていた。まるで俺の動きを監視するように。


「よし、出発しよう」


 何にも気づかなかったかのように牛の手綱を受け取ると移動を開始した。牧羊犬も何事もなかったかのように牛の誘導を始める。


 血を拭きとってみればはっきりしただろうが、あの傷は噛み傷ではない。まるで鋭利な刃物で斬られたかのような跡だ。


 あの犬は一体・・・。

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