78話:イチウ様、サイハテ村に赴任。
魔法で岩を移動して堀の中に沈めます。岩の分水が押し出され前後左右に溢れた水が押し寄せました。
「わあ~!すげえ!」
「波が押し寄せてきた~!」
「掘りに落ちないように。近づいてはダメよ」
「「「はぁい!」」」
子供たちに釘を刺して村の外にいるイチウ様の元に急ぎます。護衛をしていたみなさんはその場で片膝をつき、イチウ様は退魔液を持ったままゆっくりと頭をさげました。
「イチウ様、よくご無事で!」
「すずめ様、遅くなって申し訳ありません。ご迷惑をおかけしましたが退魔液を持って参りました」
そう言って頭を下げたまま退魔液を差し出します。わたしはそれを両手で受け取ると胸に抱きしめました。これで村のみんなが安全に暮らせるようになります。
「ありがとうございますイチウ様。どうか顔を上げてください。みなさんも」
「「「「はっ!」」」」
怪我をした方もいますしとりあえずわたしの家にお連れしましょう。回復ポーションの余裕はあまりないですが、必要な分の数は足りそうです。イチウ様の一行を村の中に招き入れると驚きの声があがりました。
「すずめ様!これは一体・・・?」
「イチウ様が持ってきて下さった稲の苗を植えました。おかげで今年はお米で年貢を納められそうです」
「こんな短期間で!?・・・しかもこの村壁に、掘りまで備えているなんて・・・」
イチウ様だけでなく護衛のみなさんも口をあんぐりと開けて呆然としています。ひと月前は粟の畑があるだけで、田んぼはおろか壁もお堀りもありませんでした。驚くのも無理はないです。我ながらよく考えると短期間で出来ることではないですね。
怪我をした人をわたしの家に収容して回復ポーションを使用しました。かなりの大怪我を負った方が3人いましたが一瞬で全快です。一応念のためにしばらく寝ておくように伝えると、集まった村の女性たちに食事の用意を頼みました。食事ができるまで各自休憩をしていただくと、イチウ様と護衛隊長の方のお二人に詳しくお話をお聞きすることにします。
ここから王都に戻るまでは何事もなく、3つの村と2つの町を経由して11日で到着したそうです。北のパッセロ経由では大回りになるそうで、斜めに王都に抜ける道があるそうです。年貢の運搬もその道を通れば、少しは時間の短縮ができそうですね。無事に王都に戻ったイチウ様ですが、退魔液の受け取りに難航したそうです。退魔液の製法は極秘扱いらしく、しかも製造に時間がかかるとか。1年分の退魔液を作るには材料も相当必要なそうで、すぐには用意できないと言われましたが、宰相様の領地の分を半分分けてもらい持ち返ったそうです。そのため半年後にもう一度受け取りにいかなければなりません。多少手間がかかりますが贅沢は言っていられません。イチウ様のお父様である宰相様にも感謝しなければなりませんね。そしてこの村に向かう途上の火山近くでサラマンダーの襲撃を受けたそうです。幸い死者はでなかったものの、サラマンダーを討伐することは出来ず逃げ切ったそうです。その道を通って年貢を持っていくなら、サラマンダーを討伐する必要がありますね。
「サラマンダーとはそんなに強いんですか?」
「すずめ様はご存知ないかもしれませんが、サラマンダーは火山周辺を縄張りにするエリアボスという存在なんですよ。たった一匹でも軍隊が出動しないと討伐は不可能です」
護衛隊長さんがサラマンダーの強さを熱弁してくださいました。エリアボスですか、どこかで聞いた気がしますね?どこでしたっけ?
《もう忘れたのか?森で倒したジャイアントと同じだ》
あ~サバイバルオーガでしたか。確かあれもエリアボスでしたっけ?それならサラマンダーもわたしなら倒せますかね?幸いサラマンダーが苦手っぽい水の魔法が使えます。護衛の人たちは明日には宰相様の所に戻ると言うので、魔取り線香を起動したら村も安全になりますし、わたしがついて行って討伐しましょうか?
「この村に必要そうな物を色々見繕って持って来たのだが、いくつかはサラマンダーの襲撃でダメになってしまった。退魔液を守ることが最重要だったからな」
瓶に入れて密封していては退魔液の効果もでないのですね。蓋を開けて移動すれば安全なのでしょうが蒸発してしまうのかもしれませんね。
イチウ様が持って来たのは小麦と大麦の種もみと乾燥に強い野菜の苗でした!カージナルさんたちにも野菜の種や苗の購入をお願いしましたが、手に入るかわからないのでイチウ様が持ってきて下さって助かります!それから農作業用の鍬や鎌、村人たちのために麻の服も大量に持ち込んでくれました。以前カージナルさんがおっしゃっていました、民衆のことを考えてくれる貴族などほとんどいないと。でも、イチウ様はちゃんと考えてくださる方です!出会いは最悪でしたが、イチウ様の評価がわたしの中でうなぎのぼりです!
食事の用意が整い、イチウ様の歓迎会が開かれました。
わたしの補佐をしてくれる方です、と紹介すると村人から歓迎の声があがりました。
「これでチュンチュンの眉間のしわが減るかな~?」
「チュンチュンひまになるの?それじゃ一緒に遊べるね!」
なんでしょう・・・みなさん大爆笑ですけど、わたしからは苦笑いしか出ないのですが、そんなに眉間にしわがよってますかね?眉の間を指でごしごしこすります。
昼食事後にイチウ様と一緒に祠の中の魔取り線香に退魔液を注ぎ、スイッチを入れました。ブォンっと小さな音が響き魔力が拡散するのを感じます。
【魔取り線香】
魔力残量:98
退魔液残量:362(181日分)
範囲:弱○・中・強
威力:弱○・中・強
これで半年間は安泰ですね!やっと魔物の襲撃に悩まなくてすみます。
午後からは旅の疲れもありますからお休みしていただこうと思っていたのですが、村の視察がしたいという事なのでわたしが案内することになりました。
「こちらが先ほどご覧になった田んぼですね。25aの田んぼが3つあります。収穫は11月中頃を予定しています」
「これをすずめ様の魔法で・・・?」
「土魔法で耕して水魔法で田んぼにしただけですよ。イチウ様が苗を持ってきて下さって助かりました」
それから刈り取り終わった元粟畑を見て、海岸の漁場も見て回ります。王宮の入り口を模した階段には絶句なさっていましたが。
「小さな村なのでご案内できるのはこんなものですが、特産品の計画も立ててますので工房も作りたいですね」
「どんなものをお考えで?」
わたしは髪留めにしていたべっ甲細工の櫛を取るとイチウ様に手渡しました。
「櫛?・・・変わった模様ですね?宝石ではないようですが透けている・・・。材料はなんですか?」
「先ほど海岸で見かけたウミガメの甲羅です」
「ウミガメ!?」
「はい。お湯の中に入れて柔らかくなった甲羅をはがして、何層にも重ねて圧着して製作します。そしてそれを加工したものがこのべっ甲細工です」
イチウ様はべっ甲を光にかざしたり撫でてみたりと興味津々です。宰相様の息子さんであるイチウ様でもべっ甲細工を見たことはないでしょう。驚きを隠せていません。でもこれだけではないのです。べっ甲細工はお金持ちの方用ですが、ゴムは一般庶民にも行渡らせます!
「ゴム?ですか・・・」
ゴムに関しては試作品もないので、とりあえず元の世界から持ち込んだ髪留めをはずしてお見せします。
「これは!?」
髪留めのゴムを引っ張ったり縮めたりして、伸びる紐に驚愕しています。口元を手で隠し目が見開いています。ちょっと怖いですね・・・。まあ、それだけ驚いているようですけど。
「森の入り口付近に生えている木から白い樹液を採取して、蟻酸を混ぜると伸びる紐ができます。縮むようにするためには硫黄を混ぜて高温で圧縮する必要がありますが、幸い火山がすぐ近くにありますので「すずめ様!」・・・えっと、はい。何か?」
突然イチウ様が大声を上げてわたしの説明を遮りました。何か気に障る事でもありましたかね?
「その知識・・・どこで身に着けたものなのですか?・・・」
「あ~・・・えっと・・・」
額に汗を浮かべたイチウ様が怖い顔をしてわたしを見ています。ゴムの作り方は長期入院の暇つぶしで覚えた物で実際に作ったことはありません。べっ甲細工はやったことがありますが、べっ甲自体を作ったのはこちらの世界で初めてです。どちらも元の世界の知識ですが、イチウ様はそれに気づいたみたいです・・・。
これはもしかして、・・・しくじりましたかね?




