72話:恋愛シミュレーションゲーム?
イチウ様!ありがとうございます!まさかイチウ様が持ってきてくださった荷物の中に、お米の苗があるとは思いもしませんでした!これで稲作が始められます。
退魔液が台無しになった責任を感じたイチウ様が王都まで取りに行ってくださいましたが、こんないいお土産を持ってきてくれてたなんて・・・。次にお会いした時にお礼を言わなければなりませんね。それにわたし用にと持ってきてくださったワンピースが10着もあります。正直着物は動きにくいので、元の世界から持って来たワンピースばかり着ていましたが、これで着替えが出来るようになります。毎日こっそり洗って干す手間がはぶけました。箱の一番下にあったワンピースは・・・緑色の退魔液でぐっしょり濡れて緑色に染まってしまいましたが、これはこれでいい色ですよね。
「すずめ様、漁師たちが戻ってきましたので階段の封鎖をお願いします」
「も~カージナルさん。すずめ様は禁止だと言ったじゃないですか」
「いやしかし・・・村長であり、領主であり、騎士爵でもあるすずめ様を、チュンチュン・・・などとは・・・」
わたしも今まで「隊長さん」と呼んでいましたが今日からお名前で呼ぶことにしました。わたしの護衛隊長であることには変わりありませんが、いつまでも隊長さんでは他人行儀ですしね。
「チュンチュン、明日の田植えの件なのですが・・・どうしたんですかカージナルさん」
「プリステラ!すずめ様に対して馴れ馴れしすぎないか!?」
わたしの呼び方にすぐに馴染んだのはプリステラさん改めリステさんです。プリステラさんって結構長くて呼びにくいですからね。
「いいじゃないですか。確かにわたしが領主ではありますが、わたしはまだ12歳なんです。大人の人に頭を下げさせてばかりじゃ、いい気になって碌な大人になりませんよ?」
「いえ、すずめ様に限ってそんなことは・・・」
ただでさえわたしだけがニンゲンなんです。『世界の危機が訪れし時、世界はニンゲンの遊戯場となるだろう』の一節にもあるように、わたしが成すことすべてが『遊び』なのかもしれません。シミュレーションゲームと言うのでしょうか?この世界の人たちにとっては人生であるこの時間が、わたしにとっては遊びかもしれないことに、えも言われれぬ恐怖のような物を感じます。これがゲームの中だとしたら、終わりはあるのでしょうか?何かの条件をクリア、もしくはゴールをしたらどうなってしまうんでしょう?
もしかしたらわたしは死なないんじゃないでしょうか?・・・
試してみる気にはなりませんが、そんな予感さえします。いくら魔法が使えるからと言って普通こんな子供を領主にしますか?うまくだまくらかして利用しようとするのが関の山じゃないでしょうか?それなのにはたから見たら碌に苦労もせずにポンポンと出世しています。わたしが成り上がる為にこの世界はあるのでしょうか・・・?パオラさんの死さえも、わたしが成り上がる為のただのイベントだったとしたら・・・。
「すずめ様?どうかなさいましたか?」
「あ!いえ!何でもないです!ちょっと考え事を・・・あ、あれ?」
ポロポロと涙が溢れてきました。拭っても拭っても涙が止まりません。情緒が不安定になっています。
「あ、あれ~?おっかしいなぁ・・・なんで涙が止まらないんだろう・・・あれ~?あれ~?・・・」
「すずめ様・・・」
まずいです。こんな、いきなり泣き出したりしたら変な子だと思われてしまいます。早く泣き止まないと、早く・・・早く・・・。
「ひっく・・・ひっく・・・なんで涙とまらないのぉ・・・」
「すずめ!」
あ・・・カージナルさんがわたしの頭を抱えて抱きしめてくださいました。なんでしょう、この感覚は久しぶりすぎて忘れそうになっていましたが、力強く抱きしめてくれるこの感触は・・・。
「お父さん・・・お父さん!うわああああぁん!」
ああ、そうか。まるでお母さんみたいだったパオラさんの死を思い出して不安になったんですね。頼れる大人の人はたくさんいましたが、怖くて眠れなかった夜、抱きしめて安心させてくれたお父さんのような人がいませんでした。カージナルさんに、無意識にお父さんを求めていたんですかね?
「ひっく・・・ひっく・・・いい、ですね。カージナルさんに、すずめって呼び捨てにされた時、お父さんのことを思い出しました・・・」
「すずめさ・・・」
カージナルさんの唇に指を押し当てて言葉を止めます。なんだかカージナルさんに「様」付けで呼ばれたくなくなりました。
「すずめって呼んでください。お願いします」
「・・・わかりました。いや、わかったよ、すずめ」
「はい!」
カージナルさんの素の笑顔を初めて見た気がします。決してイケメンではありませんが(笑)、武骨な笑顔がとても素敵です!わたしはカージナルさんの首根っこに抱きついてぶら下がりました。今だけは、ほんの少しの時間でいいので、子供に戻らせてください。
「カージナルさんがお父さんなら、わたしがお母さん、ですかね?」
え~・・・リステはあまりお母さんって雰囲気ではありません。なんといいますか、抱擁感がないとゆーか、デリカシーがないとゆーか・・・。わたしのお母さんは強く、弱く、ひたすら優しいだけの人でした。わたしのためにひたすら頑張ってお仕事をして、わたしが寝ていると「丈夫に生んであげられなくてごめんね・・・」と言って涙を流している人でした。申し訳ないですが、リステにはお母さん要素が何も見当たりません。
「カージナルさん。わたしと結婚してくれませんか?」
「は!?」
う~ん・・・。リステとカージナルさんですか・・・。確かにカージナルさんはお父さんっぽいですが、リステがお相手なのがいまいち・・・?
「え?・・・今なんておっしゃいましたか?プリステラさん・・・?」
思わず元の呼び名に戻ってしまいました。いま、何か衝撃的な言葉を聞いた気がするのですが?・・・。
首根っこにぶら下がったままだったわたしが地面に足をつけてゆっくりと手を離します。真上を見上げるとボー然としたカージナルさんの顔が見え、その視線はぐるっと後ろを向いた所に立つリステに向かっています。
「わたしと結婚してください」
リステは真っすぐカージナルさんを見つめたまま、はっきりとそう口にしました。
「ええええええええええ!?」
いつの間にそう言う関係になってたんですか!?わたしの知らない間に二人は親密になって・・・?
反対側を見ると未だボー然としたままのカージナルさんの顔があります。違います!これは突然のことみたいです!カージナルさんがフリーズしちゃってます!青天の霹靂です!
「お前・・・いつから?・・・」
やっとカージナルさんが再起動しましたが、やはり思い当たる節がなかったようです。確かにお二人はまだ独身ですが歳の差が・・・リステが24歳でカージナルさんは42歳ですよ!
「ついさっきです」
「は?・・・」
リステは恋する乙女というには随分と落ち着いていて、まるで業務連絡のように告げます。ついさっきって、今まで恋をしていたわけではないのでしょうか?
「チュンチュンのお父さんの顔になったカージナルさんを見て、ハートをズキュンッ!と撃ち抜かれました。わたしと結婚してください」
ズキュンって随分表現が古めかしいですけど、わたし・・・お邪魔ですかね?ずいっと前に出てカージナルさんの両手を取ったリステとカージナルさんが見つめ合っています。その間にいるわたしは身動きができません・・・。このままお二人が抱き合ったらわたしは押しつぶされてしまいます。わたしが呼び方を変えるように言ったために急展開です!確かに歳の差はありますが、お二人が幸せになるのでしたらもちろん応援します!わたしだって女の子です。恋愛にはすっごく興味ありますし、目の前で繰り広げられるこの光景を扉の隙間から見ていたいくらいです!決して二人の間で見たいわけではありませんが・・・。
「少し・・・考えさせてくれ・・・」
たっぷり時間をかけたカージナルさんは、絞り出すようにそうおっしゃいました。




