70話:べっ甲の櫛とわらび餅。
今夜も無事に村の防衛を完遂しました。魔取り線香を停止して1週間が経過しましたが、夜の襲撃は日に日に減少しています。今夜の襲撃は迷ってきたようなクマの魔物2匹だけです。あらかたの魔物はすでに撃退され懲りたのでしょうか?
毎日朝食時に隊長さんたちとその日の報告を行っています。海にも魔物が現れますがわたしの水精霊を海中にも待機させたら、かなり大きな魔物も近づいてきませんでした。水の中で水精霊に敵う魔物はいないのでしょうね。正に水を得た水精霊と言ったところでしょうか。海岸に現れる魔物もいますがこちらは隊長さんたちが毎日退治しているらしく、そちらも日に日に数が減少しているそうです。
朝食をいただいた後海岸に降りる階段を使えるようにしたら、わたしの一日のお仕事は終わりです。夕方まで寝た後、漁の終わりを待って階段を封鎖して夜の警備を始めます。
「さて、そろそろ加工を始めましょうか」
《お嬢、何をしているんだ?》
「これは以前回収したタイマイの甲羅をはぎ取った物です。こうして煮込んで柔らかくして二枚の甲羅を張り合わせて・・・」
壁の上に土魔法でかまどを作り、べっ甲細工の材料を作っていきます。めっきり魔物の襲撃も減りましたし、水精霊の監視も完璧なのですごく暇なのです。
柔らかくなった甲羅を張り合わせて、その上に高さ5mの石柱を乗せます。壁も石柱も表面をツルツルにしているので、空気も水分も完全に押し出して2枚の甲羅が見事にくっつきました!
「うん、うまくいってますね!」
そのまま何枚も重ねていき厚みを持たせると、黄色と赤茶色の色が入り混じったべっ甲が完成しました!完成したべっ甲を小さく回転する水魔法で削って行き形を整えます。バレッタはバネがないので難しいですから、まずは櫛をつくりましょうかね?べっ甲を半月状に削り出すと、平らな方に等間隔で切れ込みを入れて行き櫛にしていきます。折れないように慎重に慎重に。本来なら紙やすりで磨いて鹿の皮でこすって滑らかにするのですが、微細な泡のような水魔法ならもっと細かく磨くことができます。わたしのイメージがしっかりしているせいか、目に見えないほどの小さな水精霊が、わたしの求めに応じて見事に仕上げてくれました。
「初のべっ甲櫛の完成です!」
月明りに透かして見るべっ甲は、宝石とはまた違った美しさを醸し出しています。べっ甲を通り抜ける明かりが柔らかい優しさを感じさせてくれます。
《ほう。見事な物だな。これがあの甲羅から出来たと言うのか・・・》
ラプトルさんが感心したように櫛を見つめます。髪のない蜥蜴人族には縁のない物ですけど・・・。
スッと髪に櫛を入れるとスルスルと髪が通り過ぎて流れを整えてくれます。引っ掛かりもなく綺麗に梳かすことができる櫛は使っていて気持ちがいいですね。髪を綺麗に梳かすと頭の上にお団子を作ります。そしてその上に櫛を差し込みました。結い上げた髪に刺せば飾りにもなるのです。
「どうですか?」
《ふむ。ニンゲンの感性はよくわからんが、似合っていると思うぞ》
「ふふ、ありがとうございます!」
朝になったら隊長さんたちにも見せてあげたいですね。漁師のみなさんには悪いですけど、またウミガメが網にかかりませんかね?
魔物を5匹ほど撃退した次の朝、隊長さんたちに櫛を見せようと思ったのですが、その前に村の女性陣に囲まれてしまいました。
「すずめ様キレイ!」
「なんですかその櫛は!?見たことない櫛ですね!」
「透き通っていて宝石みたいです!」
「ありがとうございます。これは例のタイマイの甲羅から作った物で、べっ甲細工といいます」
「「「「「あのウミガメの甲羅ですって!?」」」」」
みなさんもとても気に入ったみたいで欲しがりましたが、材料がないとどうしようもありません。また捕れたら作りますねと言った時、通りすがった漁師の方が「海岸に捨てたタイマイの死骸ならいっぱいあるけど」と言ったのでさあ大変!女性陣が我先にと争って海岸に行き、気に入ったタイマイの甲羅の争奪戦になりました。幸い女性の人数以上の甲羅があったので醜い争いにまではなりませんでしたが、今度は作ってもらう順番でくじ引きが始まりました。
「女性が美を求めるのはどの世界でも同じなんですね・・・」
そしてその夜からはそれぞれの希望で色々なべっ甲細工を作る事になりました。ヘアアクセサリー作りは昔からの趣味だったので、みなさんが喜んでくれるならいいんですけどね。それにしてもこの人気です。特産品候補にしていましたが、すでに候補でなく決定ですね!いずれ王都に売り込む特産品にしましょう!
次の日の朝、隊長さんたちにべっ甲細工の特産品のお話しをしました。普段はあまりこういうものに興味を示さないプリステラさんですが、べっ甲の櫛は気に入ったみたいで、わたしが端切れで作った櫛をプレゼントすると、喜んで受け取ってくださいました。
「プリステラですらこの反応です。おそらく売れますね」
「どういう意味ですか隊長・・・わたしだって女なんですけど?」
普段のがさつさ・・・ケホン、ケホン、お、男勝りな雰囲気が隊長さんにこう言わせたのでしょう。ですがみなさんの反応を見る限り間違いなさそうです。出来上がった櫛を緩衝材を詰めた桐箱か何かに入れて、高級感をさらに出せば高値で売れることは間違いなしです!
「どなたかに送ってみて様子を見ましょうか?わたしの知り合いで、高位貴族の女性で、和風な櫛の似合う人と言えば・・・トモエゴゼンさんしかいませんね・・・」
そもそも貴族の女性の知り合いって他にいませんし・・・。ふっとヨシヒデ殿下のお姉さんのベニヒさんのことを思い出しました。名前だけしかしりませんがベニヒ様も魔法が使えるそうですし。これも何かの縁です!ヨシヒデ殿下を通してベニヒ様にもプレゼントしてみましょうか・・・。ですが仮にも王族でお姫様です。知らない子から贈られた物を受け取っていただけますかね・・・?
朝食後海岸に向かう隊長とプリステラさんを見送ると、寝る前に次の作業を始めます。村の端から壁の内側までは相当な広さの荒れ地が広がっています。そろそろ魔物の襲撃も落ち着いてきたことですし、田んぼをつくりたいと思います!
まずは土魔法で荒れ地を50cmほどの深さに耕します。幅50m、奥行きも50mほど耕すと、空中に生み出した直径5mほどの水球をゆっくりと地面に降ろします。
ザッパァ~ン!
耕した土に水が一気に吸い込まれて行きました。もうちょっとですかね?もう一回水球を落とすとなみなみと水をたたえた水田が出来上がりました。魔取り線香を動かしていたころに森から腐葉土を集めて頂いてました。粟畑はもちろん、水田の肥料にもするためです。村はずれで山になっていた肥料を土魔法で移動しようと思いましたが、うんともすんともいいません。あれ?腐葉土って土扱いじゃないんですかね?水田までまだ距離があるしどうしようかと思っていたら、いつの間にか懐かれたスライム水精霊さんがピョンピョンと腐葉土の所まで行き、バクバクと腐葉土を食べ始めました。食べるたびに透明だったスライムさんの身体が茶色くなっていき、どんどん大きくなっていきます。そして腐葉土と一体になったスライムさんがコロコロと転がって水田にダイブしました。水田の中を泳ぎながら体内でさらに細かくした肥料を、すこしづつたんぼに吐き出していきます。そして透明で元のサイズに戻ったスライムさんが、わたしの頭の上に飛び乗ってきました。
「ふふふ、ありがとうスライムさん」
頭の上で身じろぎする気配がします。きっとドヤ顔というのをしているのでしょうね。この子にも名前をつけてあげることにしましょうか。迷うこともないですね。すでに決まってしまいました。
「あなたの名前は今日からわらび餅です!」
わたしはどうやら和風スイーツシリーズで名付けてしまうようですね。




