68話:村から砦に。
「え!?イチウ様が!?」
わたしは魔力欠乏と貧血で3日も眠り込んでいました。おかげで生理も峠を越えて魔力も回復しつつあります。そして退魔液を取りに行く問題ですが、イチウ様が連れてきた護衛の兵士と再度王都へ戻ることになったそうです。ここまでやってこれたわけですから戻ることも可能という事で、わたしが眠っている間に出発したそうです。やっと赴任してきたというのにとんぼ返りですね。まあ、イチウ様の責任ではありますけど・・・。
「おかげで我々も残れますが厳しい現状には変わりありません。最低でも3週間、サイハテ村を守りぬきませんと・・・」
確かにそうですね。3日も眠っていたとなると残りの退魔液は2日分。明後日の夜には魔物の襲撃があるかもしれません。それまでに少しでも防御を強化しませんと!
「わたしに考えがあります!魔力も戻ったことですし躊躇はしていられません!皆さんも手伝ってください!」
「「はっ!」」
《わかった》
この森にどれだけの魔物が、どれだけいるのかが問題ですね・・・。隊長さんとプリステラさんには森のどのあたりまで魔物の姿がないか調査してもらう事にしました。そしてその間わたしはラプトルさんと村の周囲の強化に向かいます。
「この辺りでいいですかね?」
《何をする気なんだお嬢》
「まあ見ててください」
村から北に100mほど離れた荒れ地で土魔法を使用します。
イベントボスと対峙した時に初めて土魔法を使いました。水魔法は大気から水分を集めて凝縮しますが、土魔法は地面の土を利用します。ボスの攻撃を相殺するために土魔法を使った時、町壁の一部がごっそりなくなり土の塊を作り出してレーザー攻撃を防ぎました。戦いが終わった後に現場を見た時はレーザーで町壁が抉られたのかと思いましたが、実はわたしの魔法の材料にされていたのです。言い換えれば土を移動できる魔法でもあるのです。
「すずめの求めに応じて 攻撃を防ぐ 盾となれ 土壁!」
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
《な、なんだ!?》
地面がごっそりと抉られ幅5m、奥行き5m、深さ5m程の正方形の穴があきました。そして上空に作られた同じサイズの塊が穴の手前にゆっくりと降りてきます。
ズズゥーン・・・
一回の魔法で5m四方ですか。村の中心から3方向に100mの幅を取って掘りと壁を作ろうとすると・・・ざっと80回くらいですね。魔力は1しか減ってませんから問題ありません!
《なんてことだ・・・俺はこんな魔法使いに挑もうとしていたのか・・・》
「あはは、済んだことは忘れましょう!今はわたしの味方なのでしょう?」
ちょっといたずらっぽく上目遣いで聞いてみると、冷や汗を流しているラプトルさんは目をつぶって口角を上げました。
《ちがいない》
「さあ、次々行きますよ!」
外に掘り、内側に壁と二重の防備を備えた村が完成するのはそれから6時間後のことでした。なんとか日が暮れる前に完成したので何よりですね。これで大型の魔物でも出ない限りは地面の魔物は近寄ってこれません。あとは空を飛ぶ魔物ですがこちらの警戒は試してみるまで分かりませんね。うまくいくといいのですけど。
【カージナル】
「プリステラそろそろ陽が暮れる、村に戻るぞ」
「はい隊長」
森の中を探索してみたが数十m入ったくらいでは小型の魔物一つ見つけられなかった。これ以上奥まで行くにはそれなりの準備をしないと迷子になりかねない。小型の小動物や鹿の類はいくつか見かけたので、魔取り線香というのが本当に魔物だけを遠ざけているのか、たまたまいなかったのかは判断できない。少なくとも動物には効果がなさそうだ。森の出口に戻って来ると変わった木に結び付けていたキナコとミタラシが出迎えてくれた。二頭を結び付けている木はひょろっとした細めの木だが、獣に傷つけられたと思われるところからドロッとした白い樹液が垂れている。触ってみるとベトベトしており少し変な匂いもする。辺り一面同じ木が生えているがこんな樹液を出す木は見たことがない。とても食用にはなりそうもないが、これも一応すずめ様に報告しておくか?村までたいした距離はないが何かあった時のために連れてきた二頭だが、周囲の草が根こそぎ食べ尽くされている。いいおやつになったようだ。
「隊長、先ほどのすずめ様とのやりとりですが・・・」
「ああ・・・」
「わたしも隊長のお考えと同じでした。この村よりすずめ様を、と・・・」
正直この考えは今でも変わっていない。すずめ様にはああ言ったが最優先がすずめ様であることに変わりはない。すずめ様と村とどちらかを選ばなければならない時が来たら、迷わずすずめ様を選ぶだろう。それでも・・・。
「それを選択するのは本当に最後の最後だ。あの村が滅ぶ寸前まではすずめ様の村はなんとしても守り抜く。・・・もうすずめ様に叱責されるのは勘弁してほしいからな」
「はい。あまりの迫力に少しちびってしまいました・・・」
思わずプリステラを振り返ると恥じらっているのか少しもじもじしている。マジか!?・・・聞かなかったことにしよう・・・。それからキナコたちにまたがって村に向かって進むと異様な景色に気づいた。来るときにはなかった壁が出来ていたのだ。
「隊長、これは一体・・・」
「ははは・・・すずめ様以外にあるまい。こんな深い掘りにこんな立派な村壁を作り上げるなんて・・・。規格外にもほどがある。もしかしたら本気でラプトル殿と二人だけで、村を守り切るつもりでいたのかもしれないな・・・。呆然と壁を見つめていると海側の方にぽっかりと一か所だけ壁も掘りもない所があった。あそこが入り口か。キナコたちをそちらに向かって歩かせていると、壁の上に立つすずめ様とラプトル殿の姿が見えた。
「隊長さ~ん!プリステラさ~ん!お帰りなさい!」
ブンブンと大きく手を振りながら笑顔を見せてくれるすずめ様は、年相応な可憐なかよわそうな少女に見える。それなのにこれだけの壁を作り、掘りまで作る魔法の才能に畏敬の念を覚える。怒らせるとあんなに恐ろしいとは思いもしなかったが・・・。心はしっかり領主しているのだな。
わたしとプリステラも手を振りながら村に入って行った。そしてそれを確認したすずめ様は最後の堀りと壁を作り、水魔法で掘りを埋め尽くした。海側の階段も途中の踊り場がすっぽり抜けて階段の一番上に移動した。これで四方は完全に出入りが出来なくなった。魔物はおろか人でさえも。
3日振りに目覚めたすずめ様は食欲旺盛で、次から次へと魚介類を食べ尽くしていく。あの小さな身体のどこにはいっているのか・・・。今夜は村人全員広場に集まって食事をしている。食事の後にすずめ様のお言葉があるからだ。村人には少し緊張が見て取れるが子供たちはおおはしゃぎだ。
「ふぅ~もうお腹いっぱいですね~」
すずめ様の食事が終わると村人たちは自然とすずめ様の周りに集まり座り込んだ。
「みなさん。ご存知のように村の周囲に掘りと壁を作りました。黙っていてもいずれ知られることですから言ってしまいますが、退魔液があと2日分しかありません。今、わたしの補佐をする者が王都まで退魔液を調達しに向かっていますが、とても2日で戻ってこれる距離ではありません。3週間は退魔液なしで村を守り切らなければならないのです」
そこで言葉を切ったすずめ様が周囲を見回します。村人たちは緊張はしているが狼狽えているような者は一人もいない。
「ですが安心してください。わたしが、この村を守り抜いてみせます!わたしの魔法で魔物は一匹たりともこの村には入れさせません!」
すずめ様のお言葉を聞いた村人たちはみな両手を地面についてすずめ様に頭を下げた。村を代表したオイレボ殿が一度頭を上げると「すずめ様を信じます」と言って再び頭を下げた。掘りや壁など、これだけの防御を備えた村などそうそうあるものではない。これでは村ではなく砦だ。パッセロの町でさえ壁だけで掘りはなかったのだ。すずめ様はすっかり村人の信頼を勝ち取っていたのですね。
「すずめ様、出入り口を作らなかったということはもしかして?・・・」
すずめ様がわたしに顔を向けニコッと笑顔を見せる。人の出入りさえできない防御を作ったのだ。その狙いはきっと。
「はい。今夜結界を作る魔取り線香の使用を停止します」




