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66話:薄幸の美少女と退魔液。

 先ほど北の空に翼竜が現れたと報告が届きました。隊長さんとラプトルさんが警戒していたそうですが、ある程度村に近寄ると突然海の方へ飛び去ったそうです。おそらく村の魔物避け結界に引っ掛かったようです。場所は北にしばらく進んだ丘の向こうらしく、距離にしておよそ250m、そこまでが結界の範囲のようですね。

 そうなると南の森も少し入ったくらいの所なら十分結界内だと思われます。海岸にも小型の水棲の魔物がいたそうですが、結界を発動させてからは姿を見なくなったそうですし。しかし、弱で翼竜が入ってこれないほどの結界なら、中と強は必要ないんじゃないでしょうか?それとも何かあるのですかね?もしかしたらイベントボスクラスへの効果なのかもしれません。いくら結界を張ろうと外からあの攻撃を喰らったら、この村なんてひとたまりもありません。


《お嬢、カージナル殿が戻って来たぞ。入れていいか?》

「あ、はい。お願いします」


 扉の外からラプトルさんが声を掛けてきました。わたしは上半身を起こすと身なりを整えます。


「すずめ様、ただいま戻りました」

「おかえりなさい。早かったですね、北側の様子はどうでしたか?」


 隊長さんに先ほどの翼竜が現れた地域の偵察をお願いしました。3匹もの翼竜が何度も地面に急降下する様子が確認されたので、誰か襲われていたのかもしれないからです。そしてその予想は当たっていました。


「え!?イチウ様の一行が!?そ、それでイチウ様はご無事なんでしょうか!?」

「ご安心ください。馬車が1台やられてしまったようですがみなさんご無事のようです。もうじき村に到着しますよ」

「そうですか。それは何よりです」


 これで退魔液の心配はなくなりました。残りあと5日分だったので冷や冷やしました。王様もイチウ様ではなくわたしに持たせてくれたらよかったですのに。


「イチウ様がいらっしゃるという事は住む家もなんとかしなければなりませんね。隊長さんたちにも不自由な目にあわせていますし」

「お気になさらずに。それでも村に空き家があるかもしれません。オイレボ殿に確認してみましょうか」

「そうですね。お願いできますか?」

「わかりました」


 隊長さんが小屋を出てオイレボさんの所へむかいました。わたしは特に出迎えの準備をすることはないですが、髪くらい整えておきましょうか。





【イチウ】


「坊ちゃん、サイハテ村に到着しましたよ」

「やっとか!」


 先ほどすずめの護衛の者が出迎えに来てくれた。翼竜の異常な行動を目にしたすずめがよこしてくれたそうだ。俺の事を心配してくれたんだな。すずめに俺の無事を報告すると言って先に戻ったが姿が見えないな。領主の屋敷はどこにあるんだ?馬車の幌の隙間から見たサイハテ村は予想通り小さな村だった。村の周囲に壁も掘りもなく柵の一つもない。対魔物防御的にはサイテーの部類だが、俺の持って来た退魔液があれば十分だろう。それにしても村人の出迎え一つないとは一体どういうことだ!?俺は侯爵であり宰相でもあり軍師でもある貴族の父の息子だぞ!村の中心部の泉の側で馬車が止まると、側にある小さな小屋の扉が開き一人の女が姿を現した。


「ようこそおいでくださいました。わたしはすずめ様の護衛をしているプリステラと申します。すずめ様は中でお待ちです。どうぞこちらに」


 軽く頭を下げた女はボロボロの小屋の入り口前で俺を待っている。ふざけているのか?いくら辺鄙な村とは言え、村民よりも粗末な小屋に住んでいる領主がいてたまるか!?先ほど迎えに来た男はどこにいるんだ!?すずめはどこに・・・?


「お久しぶりですイチウ様。王宮の控室でお会いして以来ですね。あの時のお怪我は大丈夫ですか?」


 ベットに上半身を起こしたすずめが俺に笑顔を見せる。本当にこんな粗末な小屋でくらしているのか!?壁は所々が壊れて外が見えている所さえある。病気でも患ったのか血色の良くないすずめは呼吸も荒く、少し辛そうに見える。左右で三つ編みにした髪を前に垂らした姿は病弱そのものに見える。以前あった時は元気そうだったが、あの時は無理をしていたのかもしれない。


「すずめ、お前の方こそ大丈夫なのか?その、かなり顔色が悪いが・・・」

「ええ、大丈夫です。ちょっと貧血をおこしたくらいですので」


 無理をしている。きっと俺に心配かけまいと健気に振舞っているんだ。なんてことだ、病をおして頑張っているすずめがこんな惨めな暮らしをしているなんて・・・すずめを馬鹿にして「領地経営に関しては期待していませんので、魔物退治だけお願いします」などと言っていたちょっと前の俺をぶっ飛ばしたい!俺が、すずめの分も頑張らないと!


「坊ちゃん、積み荷はここに降ろして問題ないですかね?」

「坊ちゃんって呼ぶな!そこで構わない!」


 壁が穴だらけなので外にいる兵士長が声をかけてきた。すずめが着物の袖で口元を隠して笑っている。


「イチウ様は坊ちゃんって呼ばれているんですね」

「うっ・・・」


 兵士長のせいで恥をかいてしまったが、すずめの可憐な笑顔が見れたのでよしとする。


「それで、イチウ様、退魔液は持ってきてくださったのでしょうか?」

「え、ああ勿論だ!瓶に入っている液体だからな、割れないように緩衝材で包んで、さらに念のためにすずめ用の衣装で周りを囲んで万全に・・・」

「わたし用の衣装?」


 壁の穴越しに壊れた箱が馬車から降ろされるのが見えた。あれはすずめ用の衣装が入っている箱だ・・・。


「うわ、冷て!箱から何か液体が垂れてるじゃないか!」

「ああ、翼竜が襲ってきた時に壊れた箱だろ?衣装用の箱みたいだし液体なんて入ってるはずないんだけどな」


 箱の下から液体が地面にポタポタと落ちて吸い込まれて行く。俺とすずめは同じ光景を見ながら無言になった。箱が地面に置かれた時小さくガシャっとガラスのこすれるような音が聞こえてくる。


「イチウ様・・・先ほどなんとおっしゃいましたっけ?わたし用の衣装で周りを囲んで・・・」


 俺はすずめの方を見ることが出来ない。すずめも俺を見ないで地面に置かれた箱を見ている。そして箱の周りの地面が濡れたように変色していく。


「箱の隙間から見えているあの服はどなたのものなのでしょう?男物にしてはずいぶんかわいらしいデザインですけど」

「すずめに似合いそうな衣装を、姉に頼んで見繕ってもらった・・・き、きっと似合うと思うぞ・・・」


 現実に向き合うのはそれからたっぷり3分後のことだった。

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