60話:オイレボさん。
東の空が白み始めた頃、小屋の壁を背にした人影が4つありました。
「すずめ様の、魔法が、なかったら、ヤバかった、ですね・・・」
「ちょっと・・・ぜぇぜぇ・・・数が、多すぎましたね・・・」
隊長さんでさえ息も絶え絶えで、プリステラさんもラプトルさんも動くこともできません。疲れました・・・。
「なんで・・・わたしたちばかり、襲われたの、でしょうか?」
プリステラさんは背中を預けている小屋に目をやりながら呟きました。小屋は所々が壊れ、壁に突っ込んで息絶えている魔物もいます。それなのに見渡す限り他の村民の家は無事のようです。
「何か、魔物を、引き寄せるものが、あるのでしょうか?・・・」
《灯りだ。焚火の灯りに誘われてきたんだよ》
「焚火が!?」
そういえば他の家は日が暮れても明かり一つつけていませんでした。明かりが魔物をおびき寄せると知っていたのですね。
「むぅ・・・」
知っていたのなら教えてくれればいいのに、ちょっとひどくないですか!?赴任の挨拶もまだですのに、村を守る為に徹夜で魔物退治しても、村人は誰一人手伝ってもくれません。魔物が怖いのはわかりますがちょっと悲しくなりますね。
「とりあえず、少し休んだら朝食にしましょう。その後に隊長さんとプリステラさんは休んでください。一睡もしてませんしね」
「いえ、一晩くらいの徹夜など問題ないです。それより昼間のうちに魔物対策をしませんと」
隊長さんが重い腰を上げて近くに転がる魔物の死体に近寄っていきます。抜き身の剣を逆手に構えて、念のためにトドメを差していきます。ラプトルさんも立ち上がって、同じく槍で魔物を突いては魔物を一か所に集めます。さすがに昆虫型の魔物を食べる気はしませんけど・・・食べませんよね?
プリステラさんがお湯を沸かし簡単なスープを作り始めます。具材は翼竜のジャーキーとネギか何かの干し野菜です。隊長さんとラプトルさんも魔物の片付けが終わって戻って来たのでみんなで朝食にしました。その時ようやく気付いたのですが、各家から食事の水煙が上がっています。全部で9か10軒くらいですかね?わたしも食事をして少し落ち着いたので、村人への苦言はおさえて冷静に挨拶をすることにしましょう。
「は、はじめますて!・・・まして・・・」
食事を終えてしばらくすると各家からぞろぞろと村人が出て来て、村の中心の広場に集まってきました。一応新しい領主が赴任することの連絡はいっていたようです。それにしても全員表情は暗く覇気がありません。まるで何もかも諦めてしまっているように見えます。ここは元気よく挨拶してみなさんのやる気をだしてあげませんと!そして・・・噛みました・・・。
「えっと、あ、新しくこちらの村長兼領主になる、山田すずめです!よろしくお願いします!」
無表情でたちすくむ村人、約30人の前で挨拶したのですが・・・緊張します!!だってこんな大勢の人に挨拶するなんてわたしの人生で初めてのことなのです!それなのに無反応で、この後何を言ったらいいのかわかりません!!
「すずめ様はまだ若いが魔物討伐で手柄を上げ騎士爵を賜った。その折、国王様直々の命を受けサイハテ村の領主となられた。昨夜も到着早々、村に侵入した魔物の討伐をなされたというのに・・・礼も言えないとはどういうことだ!!」
隊長さんが怒っています!?いつも温厚な隊長さんのこんな姿は初めて見ます。わたしが怒られてるわけでもないのに足が震えてガクガクします。イベントボスと戦うより隊長さんの怒声の方が怖いです!ど、どどどどうしたらいいのでしょう!?村人を見るとみんな隊長さんの怒声に怯えてしまい前列にいる方から順番に平伏し始めました。小さな子供は訳が分からずぼーっと立っていますけど。
「も、申し訳ございません!私どもは逆らう気など毛頭ありません!ただ・・・」
昨日の夜隊長さんが連れてきた村長代理の・・・オイボレさん、でしたっけ?が、平伏したまま言葉を紡ぎます。隊長さんの一喝が効いたのか本当に逆らう気もないようですが、ただ、なんでしょう?
「申し上げにくいのですが、すずめ様のようなお子様が領主になられるとお聞きして・・・わたしたちはもう国から見捨てられたのかと思いまして・・・」
あ~・・・ま~・・・そ~ですね・・・。そう思われても仕方がありません。まだ12歳の人生経験もろくすっぽない小娘ですし。領主のお仕事はおろか、村長が何をするのかも知りません。これではわたしを信じて頼って欲しいなど、口が裂けても言えませんね。わたしが出来ることなんて「魔法」だけです。隊長さんの怒りと衆人の前に出る緊張、村人さんたちの落胆を目の当たりにしてわたしの精神がガリガリと削られていきます。涙がこぼれそうになりました。ここで泣いたらそれこそただの子供です・・・。もっと精神的に強くならないと・・・。そういえば魔法ばかりを上げていましたけど、ステータスには精神総合力って項目もありましたね。
精神耐性:2
あ~・・・この数値を上げたら少しはましになるでしょうか?昨夜というか先ほど倒した魔物でレベルが上がってましたし、精神耐性にスキルポイントを全部つぎこんでしまいましょう。
「すぅ~・・・はぁ・・・」
精神総合力を上げた途端妙に落ち着いてきました。張りつめた空気を解消した方が良さそうですね。これでなんとかなるとは思えませんけど、少しでも希望が見えてくれたら・・・。そう思って一歩前に出ると、早朝の空に向かって右手を強く突き出しました。
「大気に満ちたる 母なる 水よ 我 すずめが命ずる その姿を現し 舞い踊れ 水精霊!」
わたしの魔法が完成し、大気の中の水分が渦を巻いて集まり、いくつもの水球が現れました。その水球はゆっくりと形を変え美しい半透明の女性になると、空中を舞い踊りながら水しぶきをまき散らしていきます。わたしの頭の中にあるインドの踊りのイメージが、より洗練された形で再現され、朝日に照らされたその光景は幻想的で、背後に現れた七色のカーテンがその美しさに拍車をかけます。わたしの記憶より綺麗な踊りなので、魔法を使ったわたしが驚きました。ゲームのシステムが勝手に情報を補正でもしているのでしょうか?
「「「「おおおおおぉぉ・・・!」」」」
「すごいや!女の人が踊ってる!」
「ママ見て!綺麗な虹よ!」
村人から上がった感嘆の声や子供たちの喜びはしゃぐ声が、暗く沈んだ静かな村に彩をもたらしました。無表情だった大人たちの頬も緩み笑顔が見え隠れしています。いいタイミングでしょうか。
「みなさん!確かにわたしはまだ未熟な子供です!領主としても村長としても頼りないと思います!ですが、わたしにはこの「魔法」で皆さんを守ることができます!守ってみせます!なので・・・」
みなさんがじっとわたしを見ています。わたしの言葉に耳を傾けてくれています。イベントボスの襲撃では多数の死傷者がでました。パオラさんをはじめ、冒険者や兵士のみなさん、あの人たちはこのゲームのイベントで亡くなったのです。言い換えればゲームが下手くそなわたしのせいで犠牲になったとも言えます。わたしがもっとうまくやれていれば、100点の行動をとれていれば、防げたかもしれなかったのです。苦い思い出です。あんな思いは二度としたくありません。今度こそ村人を守り抜いてみせます!
「わたしに力を貸してください!わたしを助けてください!みなさんで協力してこのサイハテ村を豊かにしていきましょう!」
村人の間に沈黙の時間が訪れました。わたしの言葉がみなさんの心に浸透していくのに必要な時間です。この世界で初めてかもしれない、やわらかい雨が明るい日差しの中降り注ぎます。地面に落ちた雨がゆっくりと荒れた大地に吸い込まれ、カサカサだった地面に潤いを与えていきます。
「これは、まさか魔法使い様なのか・・・ごく一部の王族のみが使えるという・・・」
「こんな最果ての村に、そんな希少な魔法使い様がお越しくださった・・・」
膝をついたままの村人たちは上半身を起こし、天を仰いで降り注ぐ雨に身体を濡らしていきます。顔を流れる雨がまるで涙のように見えます。本当に泣いているのかもしれません。
「ああああああああ!!」
「おおおおおおぉぉ・・・」
所々から嗚咽が漏れ聞こえ始め、やがて村人全員の叫びに変わりました。ビリビリと大気が震え肌が泡立っていきます。喜んでいるんですよね?緊張でわたしの膝がガクガクし始めました。
「「「「すずめ様ぁっ!!」」」」
「ひゃっ!・・・」
わたしの名を呼ぶ大音響にびっくりして目を閉じ、膝から力が抜け尻もちをついてしまいました。昨日痛めたお尻を再び打ち付けて涙が出てきます。恐る恐る目を開けると土下座する村人たちの姿が見えました。
「わたしどもの村にお越し下さり、ありがとうございます!どうかわたしたちをお導きください!」
顔だけ起こした村長代理のオイボレさんが本当に涙を流しながらわたしに懇願しました。
わたしはゆっくりと立ち上がってオイボレさんの側まで近寄ると、その手を取って立ち上がらせます。
「皆さんも立ってください!村人全員で幸せになりましょう!」
「「「「すずめ様ぁっ!!」」」」
さあ、これから忙しくなりますよ!
まずやらなければならないことが出来ました。
わたしは後ろを見せずにそのまま後ずさると、歓声を上げるみなさんに手を振りながら小屋の影に隠れます。
真っ白のワンピースには、くっきりと泥に汚れたお尻の形が浮き出ていました。




