54話:旅立ち!
「これで準備OKですね」
王様との謁見から半月が経過しました。ようやくパッセロに戻ってきましたが、すぐに任地であるサイハテ村に向かわなければなりません。動きやすいように久しぶりに元の世界から持って来たワンピースを着て、髪は動きやすいように三つ編みにまとめます。いそいで荷造りをしてギルドにも顔を出し、皆さんにお別れの挨拶をします。
「慌ただしくてごめんなさい。短い間でしたが皆さんには大変お世話になりました!」
急な事でしたがギルドの酒場にはこれまでお世話になった方たちが勢ぞろいしてくれました。
「残念だけどしょうがないわよ。領主様になるんですものね、頑張ってね!」
「ありがとうございますマルティナさん!」
そう言って受付嬢のマルティナさんに抱きつきます。暖かくて柔らかくてとてもいい匂いがします。お別れするのが残念でなりません。
「ムッカさんにもお世話になりました」
「すずめちゃん、元気でね・・・」
ギュッと抱きついてきたムッカさんは牛人族のせいなのか、なんだかミルクの甘い香りがします。その豊満なお胸にうずもれると窒息しそうですが、密かにわたしの目標なのです。
「「すずめちゃん!」」
「ファビーラさん、ララカさん。あまりお話しできなかったですけど楽しかったです」
「あたいはすずめちゃんのこと妹みたいに思ってたんだよ!」
「ありがとうお姉ちゃん」
膝をついてわたしに抱きつくファビーラさんの頭をやさしく撫でます。ピンと立っているウサギの耳が力なく垂れていきました。
「わたしも、お姉ちゃんとして色々教えてあげたかったな~男のこととか?」
ファビーラさんを抱きしめている後ろからララカさんも抱きついてきました。大きなお胸がわたしの背なかでつぶれているのがわかります。
「あはは、それはもうちょっと大きくなってから、かな?」
二人から解放されるとリッカルドさんとディエゴさんがわたしの前に立ちました。
「チュンチュ・・・すずめちゃんは本当にすごい子だったんだな」
「ふふふ、チュンチュンでいいですよ。かわいいあだ名をありがとうございます!」
「ああ・・・身体に気をつけてなチュンチュン」
「はい!」
リッカルドさんが右手を出して来たのでその手を握りました。記憶にあるお父さんの手よりも大きく感じました。
「何か困ったことがあればいつでも呼んでくれ。俺たち「テング」はチュンチュンの味方だからよ」
「ありがとうございます」
ディエゴさんも右手を出して来たので握手をしました。なんだか物足りないですね?男の人は照れてるのかな?
「一つ困ったことがあるのですが、お願いしていいですか?」
「「なんだ?」」
「お二人ともしゃがんでください」
リッカルドさんとディエゴさんはお互いに顔を見合して、「こうか?」と言ってしゃがんでくれました。いい高さですね。
「えいっ!」
「「おわっ!?」」
左右の腕で二人の首根っこに抱きつくと二人だけに聞こえる声でお礼を言いました。
『ありがとうお父さん』
「・・・くっくっく」
「俺はそんな歳じゃないんだがな・・・ふふ」
二人から離れるとリッカルドさんもディエゴさんも真っ赤になっていました。強面のおじさんでも照れてる顔はかわいいですね!
「リッカルドよかったわね!」
「リーダー顔が真っ赤ですぜ!」
「「やかましい!!」」
あははは!なんだかほんの少し前のことなのにすでに懐かしく思えてきました。生まれて初めて歩いたのはこのギルドの中です。知り合いもいっぱいできました。できればもう少しここで暮らしたかったのですが、こんな所に「魔法使い」がいることを知られると反国王派に拉致されるかもしれないそうです。この町は反国王派の貴族が治める町だそうですし、ちょっと魔法を使いすぎたようです。
「ようやく全員揃ったことだし、改めてパオラの冥福を祈ろうと思う」
ディエゴさんがそう提案してきました。皆さんとお別れする前にすでにお別れした人がいるのです。わずか数日の付き合いでしたが、わたしの中でパオラさんの存在はすごく大きなものでした。一番不安だった最初に一緒にいてくれたからでしょうか。
「ヴァルホルへの先人よ。どうか次なる地でも健やかなることを」
ディエゴさんが胸に手を当て祈りの言葉を紡ぎました。みなさんは黙って胸に手を当て黙とうを捧げます。わたしも同じように胸に手を当て黙とうを捧げます。さようならパオラさん、ありがとうございました。
ギルドの外に出ると回復ポーションを運搬する時に買った幌馬車と、それに繋がれたキナコとミタラシが待っていました。トモエゴゼンさんのお客ではなく、わたしも最底辺ですが貴族になったので、公爵様の紋章のついた馬車は使えません。今度はこの馬車にわたしの紋章をつけなくてはいけませんね。どんな紋章がいいのでしょうか?
「すずめ様、そろそろ出発しますよ」
「お待たせしてすみません隊長さん」
御者をしてくれるのは元王室警護隊の隊長さんです。
「わたしはもう隊長ではありませんよ。カージナルとお呼びください」
「あら?でも『すずめ警護隊』の隊長じゃありませんか。ふふふ」
「ははは、拝命いたします」
謁見から三日後に昇爵の儀式を行い、わたしは騎士爵になりました。謁見の前からトモエゴゼンさんの姿を見かけなくなったので心配していたのですが、緊急の用事で東の国境の町に出かけたとか?また魔物の襲撃でもあったのかと心配になりましたが、隣国から流れてきた難民の受け入れのために出かけたそうです。元の世界でも難民問題のニュースを見たことがありますが、こちらの世界でも同じことがあるのですね。みなさんに暖かいご飯と、屋根のある寝床を見つけて上げられればいいのですが・・・。
そんなトモエゴゼンさんから昇爵の儀式のあとに一通の手紙と任命書が届きました。
『王室警護隊の中から二人選んで一緒に連れていきな。その者にあんたの護衛をさせるからね。任命書に名前を書いて本人に渡せばいいさね』
任命書の署名にはトモエゴゼンさんの名前が書かれていました。誰でもいいのでしょうか?
「すずめ様、お手を」
「ありがとうございます。プリステラさん」
わたしはその任命書に隊長さんとプリステラさんの名前を書きました。これでお二人はすずめ警護隊の隊員になったようです。残りの8人の警護隊の方と御者の方には昨日のうちにお別れを済ませました。みなさんはこれから王都に向かうそうです。トモエゴゼンさんの警護に戻るのでしょうか?
「それじゃみなさん、お世話になりました!」
「元気でねぇ!」
「いつでも・・・戻ってごいよ!」
「お手紙ちょうだいね!」
みなさん堪えきれなくなったのか涙声になっています。そんな姿見せられたらわたしの涙腺も緩んじゃうじゃないですか!わたしが泣くと鼻水まで出ちゃうから泣きたくないのに!
「あり、あり・・・ありがどうございまじだぁ!!」
「「「「「いってらっしゃい!!」」」」」
動き出した馬車の窓から身を乗り出して、みなさんの姿が見えなくなるまで手を振りました。わたしの鼻から伸びる鼻水が風にあおられて静かに揺れます。
「すずめ様、はい、チーンしてください」
馬車の中に座り直したわたしの鼻にプリステラさんがハンカチを当ててくれます。
ぶびぃっ!
鼻をかむとすごく恥ずかしい音が出ました。幌馬車なので御者をしている隊長さんと、もう一人の同行者の人にまで聞こえてしまっています。わたしは恥ずかしかったからなのか、寂しかったからなのか、どちらともなのかわかりませんが声を上げて泣きました。
「うわあああああああん!」
魔法なんて使えなければこんな思いをしなくても良かったのでしょうか・・・。




