45話:日常に。
「わたしの言葉がわかりますか?」
《・・・あの時の人族の娘か》
通じました!ステータスに現れた【言語読解LV1】スキルの効果のようです。薄目を開けたトカゲ人(仮)の人がわたしを一瞥し呟きました。わたしは大の字で転がるトカゲ人(仮)の人の隣に腰を降ろすと、回復ポーションを差し出してお願いします。
「このままでは死んでしまいます。どうか回復ポーションを飲んでくれませんか?」
《・・・なぜ殺さない。俺はお前に負けた。勝った者が負けた者を殺す。当たり前のことではないか》
魔物のルールなのでしょうか。負けたから死ななければならないなんて、誰が決めたのでしょう・・・。
「それはあなたのルールなのですか?それとも魔物全体のルールなのですか?わたしの世界には負けたから死ぬなんてルールはありません」
《この世の理だ。勝った者が全てを手に入れる。それだけのことだろう。いいから殺せ》
どうあってもわたしに殺させたいのですね。それなら・・・。回復ポーションを地面に置き、背筋をピンとさせて大きく息を吸い込みます!
「ふざけないでください!なんで勝者のわたしが敗者のあなたの言う事を聞かなければいけないのですか!?あなたは負けたのです!勝った者が全てを手に入れるなら、あなたはわたしの物です!わたしのために生きなさい!」
《・・・なんだそのルールは・・・。負けたこの俺に、生き恥を晒せと?》
「その通りです。わたしが勝者なのですから、わたしに従うのはこの世の理でしょう?」
トカゲ人(仮)の人は目を閉じしばらく沈黙しました。そして小さくため息をつくと目を開けわたしを見ます。
《俺の怪我を治せば、お前を殺すかもしれんぞ?》
「そんな勝利で満足できるのですか?あなたの魂が永遠の卑怯者になることを望むなら、わたしはそれでも構いませんよ」
《くっ・・・》
トカゲ人(仮)の人は何より正々堂々をmottoとしているようです。魔物にも知性があり、行動原理があるのです。それが弱肉強食に偏っているだけなのでしょう。初めてお話しできてそれがよく分かりました。
《一つだけ聞いてもよいか?》
「わたしに答えられることでしたら」
《お前は本当に「人族」なのか?》
「いいえ、わたしは・・・「ニンゲン」です」
ニンゲンの件だけは声を潜めてトカゲ人(仮)の人だけに聞こえるように言いました。
《ニンゲンだと!?》
「しーっ!声が大きいです」
ゴホッゴホッ・・・
わたしがニンゲンだと知るとトカゲ人(仮)の人が起き上がろうとして激しく咳き込みます。
「と、とりあえずコレを飲んでください!死んでしまいます!」
回復ポーションを近づけましたがそれを手の甲で押しやると、呼吸を整えて話を続けようとします。話の途中で死なないでくださいよ・・・。
《こんな一文を知っているか?・・・『世界の危機が訪れし時、世界はニンゲンの遊戯場となるだろう』》
「え!?・・・なぜあなたがそれを知っているんですか!?」
その一文はアサヒナさんの墓参りをした時にトモエゴゼンさんから聞かされたものと同じです。魔物であるトカゲ人(仮)の人が知っているはずがないのですが・・・。いえ・・・魔物の人まで知っているという事は、・・・そういうことなのですね。
《やはり知っていたか。・・・この一文にある「ニンゲン」とはお前の事か?》
現在分かっているだけで「ニンゲン」はわたしだけです。
おそらくそれが正解なのでしょう。
「そうですね。わたしのことだと思います・・・」
《・・・そうか》
『世界の危機が訪れし時、世界はニンゲンの遊戯場となるだろう』
傲慢な考え方かもしれません。はずれていてくれた方がどんなにいいことでしょう。
わたしがゲームを始めたせいで、世界が動き出した。パオラさんはわたしの物語を盛り上げるために、死んだのかもしれないのです・・・。
そしてこの方も、わたしのせいで運命が変わるのかもしれません。それがこの方にとって良いことなのか悪いことなのか・・・。
《それが、世界の理ならば、それに従うしかあるまい》
そう言ってトカゲ人(仮)の人はゆっくりとわたしに手を伸ばしました。わたしは地面に置いていた回復ポーションを手に持つと、トカゲ人(仮)の人に差し出します。
ゴク・・・ゴク・・・
回復ポーションを飲んだトカゲ人(仮)の人は、全身が一瞬だけ光ると大量の煙に覆われました。しばらくして煙がゆっくりと晴れていくと、怪我一つない濡れたように輝く鱗を持つ雄々しい足が見え、ゆらゆらと揺れる太い尻尾が見えてきます。
ジャリ
背後で身構える警護隊の皆さんの気配がします。
地面に正座しているわたしがゆっくりと顔を上げると、薄れゆく煙の中から悠然と立つリザードマンの姿が見えてきました。
2m近い身長のリザードマンが遥か下のわたしを見下ろします。ただでさえ小柄な上、座っているわたしは首が痛くなるくらい上を見上げないとリザードマンの顔を見ることも出来ません。
目が合ったまましばらく沈黙が続きます。警護隊の皆さんはいつでも割って入れるように緊張しているようです。
あまりに長く続く沈黙に警護隊の皆さんが暴発してもいけませんので、わたしからサイを投げることにしました。
「決心はつきましたか?」
《・・・いや、薬を受け取った時点で決心はついている。俺の本能も抑え込んだ》
「本能、ですか?」
《人類を殺せ、という本能だ》
ゲームシステムで定められた戦うための理由がそれですか。なんだか腹が立ってきますね。冒険をする理由を作るために、無理やり争い合うように本能に刻み付けるなんて・・・。抑え込んだと簡単にいいますが、睡眠欲や食欲を抑え込むなんて「死ね」ということに等しいことです。まさに死ぬほどの苦しみを味わうことになります。なんとかしてあげないと!
わたしは立ち上がると右手を空に突き上げて呪文を唱えます。
「魔法生成プロンプト!我の望みを 形作れ!」
この魔法には大量の魔力と大量のスキルポイントを消費します。水魔法には1しか使わない魔力は50も減り、スキルポイントも50消費します。魔力はともかくスキルポイントの残りは54。一回こっきりです!
「システム解放!」
【マルティナ】
「おはようございます!」
「え!?あ、お、おはよう、ございます」
先日すずめちゃん、すずめ様が、大量の回復ポーションを無償提供してくれたおかげで、冒険者ギルドも通常業務に戻ることが出来ました。そして昨日隣町のラッテから、救援部隊として正規軍の一部がパッセロにやってきました。魔物の襲撃を撃退した直後に訪れたラッテの冒険者と、ラッテの正規軍、それに怪我から回復したパッセロの冒険者の方々など、男手が増えたことで遅れていた外壁修理も本日から開始されます。
「わあ!Fランクの依頼もいっぱいですね~!どれにしようかなぁ~?」
すずめ様は明るく振舞っていますが目の下に隈の跡があります。パオラの件もあって、あまり眠れてはいないのでしょうね。ヨミガエリ草の落札金もあるのでもうしばらく休んだ方がいいと思いましたが、数日前に変装したすずめ様が、ギルドに銀貨500枚の寄付をしてくれました。町の防衛依頼で亡くなった多数の方々の慰労金で、ギルドの資金もひっ迫していたのでとても助かりましたが、回復ポーションの代金に銀貨500枚の寄付。ヨミガエリ草のお金は全て無くなってしまったのではないでしょうか。
それにしてもすずめ様の変装は無理がありすぎました。12歳の女の子がシルクハットにステッキを持って付け髭って・・・。お金持ちが気まぐれで寄付をした、という設定なのかもしれませんが、まだ着物姿の方がわからなかったですね。
「マルティナさん!この依頼をお願いします!」
すずめ様は不思議な子ですね。
うまれた子供が15歳の成人まで生き残れるのは3人のうち2人。貴族といえども例外ではなく、誰もが小さなころに友人の死を見てきています。そのせいで歪んでしまう子も少なくないと言うのに、すずめ様は真っすぐです。貴族のような歪みも庶民のような卑屈さもなく、とにかく真っすぐで清らかで。
まるでこことは違う世界で生きてきたような子です。
「大衆食堂のウエイトレス、ですか?」
「はい!わたし一度ウエイトレスってやってみたかったんです!エプロンドレスをつけていらっしゃいませ~って言ってみたいですね!」
クスッ
「すずめちゃん、今はラッテの町から冒険者や軍の人がいっぱい来ているから気を付けてね」
「大丈夫です!かわいさは・・・少したりないかもしれませんが、愛嬌たっぷりでがんばりますから!」
すずめちゃんは十分かわいいわよ。
~第一章冒険者すずめ編・完~




