04話:薬草採集に出発です!
「これで必要な物は全部かな?」
「はい!付き添ってくれてありがとうございます!」
町の雑貨屋で冒険者に必要な物を買いそろえました。
裸足でしたので怪我をしないように皮の靴、採集した薬草を入れるための大きなかばんと採集用の皮手袋、上半身を守る皮のベストに、竹で出来た紐付きの水筒、そしてお金を入れるための小さな巾着袋です。
無一文のわたしでしたが、冒険者ギルドで皆さんが「初心者支援だ」と言って次から次へと募金をしてくださいました。あまりの支援の多さに申し訳なくて断ろうとしましたが、マルティナさんが「受け取っておきなさい」と言うので有難く頂戴しました。頑張って依頼をこなして皆さんにお礼をしなければいけませんね!
初めての買い物でどこに行けばいいのか分からず迷っていると、女性冒険者の一人が一緒について来てくれました。付き添ってくださったのは冒険者ギルドで話しかけてくれたパオラさんです。面倒見のいいお姉さんですね!
実はパオラさんの頭の上にも丸い小さな耳がついています。マルティナさんには羊の角があり、リッカルドさんには猫耳がありました。流行ってるんだろうなと思って「かわいい耳飾りですね」と言ったら一瞬驚いた後に笑われてしまいました。
「わたしは熊人族でこの耳は本物よ。ほら、触ってみる?」
「ほわああああ!本物だああああ!」
冒険者登録の時に書いてあった”しゅぞく”ってこういうことだったんですね!マルティナさんは羊人族でリッカルドさんは猫人族だそうです!このゲームの世界には人族以外の種族の人がたくさんいるそうです!なんて楽しい世界なのかしら!
「すずめちゃん、最後にコレね」
「これは、何ですか?」
興奮冷めやらぬわたしにパオラさんが小さな瓶を手渡しました。中に入っているのは緑色のちょっとどろっとしている液体です。
「それは回復ポーションっていって、飲むと骨折くらいなら治しちゃうお薬よ」
「すごい!・・・ですけど、コレを飲むんですか?」
「どうかしたの?」
「あ、あの・・・お薬苦手なので・・・」
ずっと入院していたので毎日お薬を飲んでいましたが、朝食後に飲む粉薬が苦手でした。飲みにくいし苦いし、お水で押し流しても舌にしばらく苦みが残りました。一番苦手なのは注射ですけど・・・。
「まあおいしくはないけどね。いざという時の命綱だから必ず一本は持っていてね」
「はぁい」
カウンターに買う物全てを持っていき店主のおじいさんにお金を払います。
「お願いします!」
「はいよ。お嬢ちゃんは冒険者になるのかな?あまり危ないことはしないようにね」
「はい!ありがとうございます!」
産まれて初めてのお買い物です!お金を払って物を買うというそれだけなのに妙に新鮮でうれしくなりました。カウンターの横の棚に色とりどりの紐が束になって売られています。何に使う物なのかよく分かりませんが、髪飾りに使ったらかわいいかもしれません。お金がたまったら今度はコレを買いにきましょう!
このゲームの中でなら目標を持って過ごすことが出来ます。欲しい物が出来て、それを買うために働く。毎日ベットで景色を眺めることしかできなかったわたしに、生きるための目標が出来た気がします。
お店で買った物をその場で装備しました。靴を履いてベストを着て、かばんと水筒をたすき掛けにして手袋をはめます。ワンピースについていたベルトに巾着袋を結び付けて完成です!かばんの外には指が3本入るくらいのポケットがたくさんついていて、そのうちのひとつに回復ポーションを挟み込みます。元々ポーション用に作られているみたいでぴったりですね。
「色々ありがとうございましたパオラさん!それでは薬草採集に行ってきますね!」
「町の周辺とは言っても安全ってわけじゃないから気を付けてね。魔物は町の近くまではこないだろうけど野生の獣だっているから、危ないと思ったらかばんを捨てて町まで走るのよ!」
「はい!走るの楽しそうなのでがんばります!」
「あはは、楽しまれても困るけどね。そう言う状態にならないように」
買い物をする時に護身用のナイフを買うように言われましたが、ナイフが重いのと生き物に刃物を向けるのが怖いのでそれだけは断りました。ちょっと困った顔をされましたが、使えない武器で重くなるより走って逃げた方がましと話したらなんとか納得してくれました。
「ついて行ってあげたいけど、依頼を受けてるからこれから出かけないといけないの。ごめんね」
「とんでもありません!ここまで色々してくださって本当に助かりました!ありがとうございます!」
「うん。それじゃ無理しないように頑張ってね。依頼を達成することより、命を大切にね!」
「はい!」
お店の前で手を振ってパオラさんと別れました。いよいよ薬草採集に出発です!
時計がないのではっきりとした時間はわかりませんが、初夏にさしかかった季節で太陽がまだ低い位置なので朝の8時くらいでしょうか?
雑貨屋さんから太陽を背にしてしばらく歩くと先ほどの冒険者ギルドが見えてきました。その前を通り過ぎてさらに進むと大きな壁が見えてきます。道はその壁に向かって伸びていて、道と壁が交わる所だけがぽっかりと穴が開いています。これがパオラさんの言っていた「西門」ですね。
西門は見上げる程高い石造りのアーチになっていて左右に扉がついています。夜になったら閉まってしまうのでそれまでに戻らないといけません。視線を下に戻すと門の手前に鎧を着た門番さんがいました。
「こんにちわ!」
「え、ああ、こんにちわ。お嬢ちゃん一人かい?」
「はい!冒険者になったので薬草採集に行ってきます!」
「そうか、町の外は危険なこともあるからあまり無理しないようにな」
「はい!行ってきます!」
門番さんに手を振って町の外に出ました。目の前には大草原が広がっていてピクニックをするのにちょうどよさそうです!小さな丘がたくさんあって道が丘の向こうに消えてはその先に道が現れます。道は少しづつ曲がりくねってはいますが、その先の森に向かって伸びているようです。あそこが薬草採集の目的地ですね!
暖かい日差しの下、一歩一歩森に向かって歩きます。初めて歩いてからまだ1時間も経ってはいませんが、歩き方はもう完璧にマスターしました!いよいよあれを試してみる頃合いです。
「よぉし、ダッシュです!」
大きく腕を振って走り始めます。ほとんど何も入ってないかばんですが上下に揺れて走るのが難しいです。必死に走っているのにあまり速くないのはなぜでしょう?身体が後ろに引っ張られる感じがしますし、もっと前に体重を移動したほうがいいのかな?意識的に上半身を前に倒すと急に地面が視界いっぱいに広がりました。
「え!?あ、きゃあ!」
体重を前にかけすぎて転んでしまいました。勢いのまま一回転して地面に大の字になります。びっくりして眼を閉じていましたが、ゆっくりと片目を開けてみると視界一杯に映るのは、澄みきった青い空に綿あめのような白い雲だけ。
「歩けるって楽しいな」
ゲームの中だけだけど、生まれて初めて誰の手も借りず、どこでも行くことができる。それだけのことなのに心が満たされて胸がいっぱいになります。
それなのに、急に涙がこみ上げてきました。
うれしさと、悲しさと、真反対の感情が胸の中で渦巻いて嗚咽がもれてきます。
「このまま、この世界で暮らしたいな・・・」
そんなことは出来ないと分かっているけど、草原の緑の匂いが、擦りむいた膝小僧の痛みが、こっちが現実なんじゃないかと思わせてきます。
感情が揺れ動きすぎたせいでしょうか。わたしは道の真ん中で大の字になって寝ころんだまま、わんわんと泣き出してしまいました。
雲の上に神様がいたら、心配そうにわたしに向かって集まって来る人々の姿がみえたことでしょう。