32話:警護隊壊滅!?いえ、立て直します!
暖かくてすずらんのいい匂いがします。適度に身体が揺れているようで、お母さんにおんぶしてもらって病院の中庭を散歩した時のことを思い出します。
「はぁはぁ!」
お母さん、わたし重くなったのかな?物心ついたころからベット暮らしで歩いたこともなかったので、わたしはガリガリに痩せていました。特に足がひどく本当に骨と皮だけでした。3日に一度の入浴が嫌いだったくらいです。
「プリステラ先にいけ!」
「は、はい!」
ぷりすてら?ぷりすてらとは誰の事でしょうか?ゆりかごのようだった背中が激しく上下するようになりました。お母さん?何かあったの?
「意外にお嬢様は重いですね!」
「重くなんてないですよ!」
「お嬢様!?」
「あ、あれ?ここは?」
森の中の街道をプリステラさんにおんぶされて移動しています。走っているプリステラさんが地面に着地するたび下腹部に痛みがはしりました。
「プ、プリステラさん!ちょっとゆっくり!お、お腹が痛いです!」
「申し訳ありません!でも、少し我慢しててください!魔物が追ってきています!」
「え!?」
思い出しました。パオラさんの遺体を発見して、泣き腫らして気を失ってしまったのですね。
「パオラさん・・・」
悲しみで再び涙が込み上げてきましたが警護隊の人たちの苦痛のうめき声で我にかえります。後ろを振り返ると森の中にみなさんが孤立しているようで、一覧表示がバラバラに映っています。このままでは危ない!
「プリステラさん止まってください!」
「ダメです!なんとしてもお嬢様を安全な所に避難させなければ!」
その時とっさに頭の中にウソを思いつきました。
「それなら止まってください!この先に魔物の大群がいます!みなさんを助けて全員で戻らないと、わたしが死にます!」
「な!?・・・」
その言葉を聞いたプリステラさんが止まってくれました。その隙に背中からすべり降りると後ろの状況を確認します。バラバラになってはいますが、表示を見る限り死んでいる人はいません。馬車と馬を守る人一人をのこして9人の方が護衛をしてくれています。わたしの横にプリステラさん、そして目の前に8人の表示があります。危ないのは・・・
【プレコ】山羊族:26歳:オス
肉体総合力:16
精神総合力:38
プレコさんの肉体総合力が落ちています。ゴブリン3匹に囲まれています!
「プリステラさん左前10m、プレコさんを救出してください!ゴブリン3匹です!」
「は、はい!」
ザザザッっと茂みをかき分けてプリステラさんが進むと「グェッ!」とか「ゲギャッ!」という悲鳴が聞こえてきました。うまく背後から奇襲ができたようです。すぐにプレコさんに肩を貸したプリステラさんが戻ってきます。
「大丈夫ですか!?」
「すみませんお嬢様。ポーションを飲む暇もなくて・・・」
そう言いながら腰に括り付けたポーションを外してぐいっと煽ります。身体の至る所から煙が上がり肉体総合力の数値が上がっていきます。
【プレコ】山羊族:26歳:オス
肉体総合力:48
精神総合力:41
もう大丈夫ですね!次です!
「右前方15mと20m!魔物はリザードマン!ガラさんとテトラさんが危険です!プレコさんお願いします!」
「はっ!!」
今度は元気になったプレコさんが右の茂みに飛び込みます。
「プリステラさんは前方のサイアミーズさんを援護してください!」
「分かりました!お嬢様も少し前に!あまり離れないでください!」
「はいっ!」
走っていくプリステラさんから少し遅れてわたしも前に出ます。一覧表示には魔物の名前も表示されていますが、名前を見てもどんな魔物なのかよくわかりません。ごぶりんとかりざーどまんとかどんな魔物なのでしょうか?
ガラさんとテトラさんもプレコさんが救出しわたしの側に戻ってきました。
「お嬢様ご無事で!」
「はい!みなさんもご無事で何よりです」
ガラさんとテトラさんがそのままわたしの護衛に付き、プレコさんが前方の隊長さんの援護に向かいます。隊長さんは肉体総合力は落ちてはいませんが、かなり強い魔物のようです。表示に出ている数字を見る限りは互角ですね。
「隊長!援護します!」
「プレコか!?お嬢様はどうした!」
「ご無事です!ガラとテトラが護衛についています」
ちらっと振り返った隊長さんと目が合いました。隊長さんはニヤリとすると正面を向いて魔物に集中します。相手の魔物は・・・
【リザードマン】魔物族:18歳:オス
肉体総合力:74
精神総合力:52
つ、強いですね!肉体総合力が飛びぬけています。でも数字では隊長さんも負けていません!プレコさんの援護が入れば・・・あ、あれ?あの人は!?
「隊長さん待ってください!!」
「は!?」
キシャ?
わたしは隊長さんの方へ走っていくと、その横をすり抜けてトカゲ人(仮)の人の方へ駆け寄っていきます。その瞬間隊長さんに腕をつかまれガクンとつんのめます。
「お嬢様!危険です!さがってください!」
「この人は命の恩人なのです!悪い人じゃないんです!」
片手を掴まれた状態でトカゲ人(仮)の人に向かって姿勢を正して頭を下げました。
「あの時は助けていただいてありがとうございます。それと木の実とお魚もあなたですよね?ありがとうございました」
槍を構えていたトカゲ人(仮)の人は気が抜けたのか身体から力が抜けました。どうやらわたしのことを覚えているようです。
「それにいただいたあの白い花ですが・・・」
ビュッ!
「お嬢様危ない!!」
「え?」
わたしの目の前を槍の穂先が通り過ぎていきました。その槍をクルクル回してトカゲ人(仮)の人が槍を構え直し腰を落としました。
「下がってください!コイツは魔物です!」
「魔物!?いえ、違うんです!この方もトカゲ型の人類で・・・」
「リザードマンです!」
あらためて一覧表示を見ます。
【リザードマン】魔物族:18歳:オス
肉体総合力:74
精神総合力:49
魔物族・・・。トカゲタイプの獣人さんではなかったのですか?・・・。
プリステラさんが走って来て隊長さんからわたしを引き受けました。救出されたサイアミーズさんとプレコさんも剣を構えて隊長さんの横に並んでいます。わたしの護衛だったガラさんとテトラさんも残りのお二人の援護に向かいました。残りの魔物は3匹だけです。
形勢は逆転しました。
「・・・お願いです。引いてください。あなたにもう勝ち目はありません・・・」
わたしはうつむいたままトカゲ人(仮)の人に頭を下げます。真っ暗闇の中、寒くて怖くて心細かったわたしに救いの手を差し伸べてくれたのはこの人です。木の実のささやかな甘さ、魚の香ばしい香り。あの焚火の暖かさは忘れられません。
「お嬢様何を言って・・・」
「魔物は殺せるときにころしておかない・・・」
「お願いです!!」
警護隊の方々が武器を構えたまま動きを止めました。みなさんがいう事はわかります。この人は魔物なのでしょう。ここで見逃せば他の誰かが殺されるのかもしれません。
沈黙したままのトカゲ人(仮)の人も槍を構えて身じろぎもしません。この人も敗北が確定しないと引くに引けないのでしょう。
それならば!
わたしは右手を真上に上げると静かに詠唱を始めます。
「大気に満ちたる 母なる 水よ・・・」
「お嬢様!?・・・」
「すずめの 求めに応じて その姿を現し 敵を 撃て・・・」
天に向けて掲げたわたしの手の平にバレーボール大の水の玉が現れました。
キシャ!?
「これは一体!?」
ごめんなさい・・・
「水球!!」
ドン!
一瞬で飛んで行った水の玉は、避ける間も与えずリザードマンの顔に命中し後ろに吹っ飛ばしました。




