22話:着物って綺麗ですけど・・・。
「んん~・・・朝ですか・・・」
チュンチュン
窓辺にいるすずめの鳴き声が、まるでわたしを呼んでいるみたいですね。同じすずめだけに・・・。
でもこっちは同じニンゲン・・・ではなかったんですね。
『まあいいさね。あんたが人族だろうが、ニンゲンだろうが、あたしの恩人なのに代わりないさ。あやうくアサヒナにどやされるとこだったよ』
失敗です・・・。ヨミガエリ草の事といい、ニンゲンの事といい、トモエゴゼンさんの前では口を滑らしてばかりですね。
『あんたがニンゲンということは墓まで持っていくから安心おし』
どうやら黙っていてくれるそうですが、あの言い伝えが気になりますね。
この世界はあのゲームの世界ですよね?実際魔法も目にしましたし、レベルアップも経験しました。そうなると『ニンゲン』とはゲームのプレイヤーのことなのでしょうか?
コンコン
「あ、はい!」
「起きてるかい?朝食だよ」
「分かりました!着替えてすぐいきます!」
トモエゴゼンさんがわざわざ知らせに来てくださいました。結構身分の高い方だと思うんですけど・・・。
室内に備え付けてあった寝巻から貸していただいていた着物に着替えます。・・・着替えようと思ったのですが着方がわかりません・・・。
えええええええええええっ!!
お待たせするわけにはいかないので急いで着替えないといけないのに、着物ってどの順番に着たらいいんでしょうか!?お屋敷では女中さんに着せていただいたので何もおぼえていませんよ!
コンコン
「・・・はいるよ。・・・何やってんだい・・・」
「す、すみません・・・」
着物の帯と格闘しているうちにこんがらがってしまいました。とても殿方に見せられた姿じゃないですね・・・。そこでなぜかあの無表情男のことを思い出しましたが、頭を振って消し去ります。
「こんなことじゃないかと思ったよ。ほら立ちな」
トモエゴゼンさんは慣れた手つきで着物を元に戻していきます。ぐちゃぐちゃにしてしまってすみません・・・。あれ?ちょっと!?
「なんで肌着までとっちゃうんですか!?」
「なんでって着る順番があるんだよ。まずこの足袋を履きな」
パンツ一枚の姿で足袋を渡されました。片手で胸を押さえながらだと履けませんよ・・・。
「たいして膨らんでもない胸を隠してどうすんだい!さっさと履きな!」
グサッ・・・確かにほとんどないですけど、成長期はこれからなんですよ!グスン・・・。
足袋を履いて肌着をつけます。靴下なんて最後に履くものだと思っていましたが、着物だと足袋を履くために前かがみになると型崩れを起こしてしまうそうで最初に履くのだそうです。なるほどですね。
「補正用に腰に布を当てるんだけど・・・必要なさそうだね」
ずん胴っていいましたよ!ずん胴って!!
「次はこいつだ」
「また肌着ですか?」
「こいつは長襦袢だよ」
ながじゅばん?聞いたことのない名前ですね?薄い黄色の長襦袢をとりあえず言われた通りに着ると、トモエゴゼンさんは前から後ろからと丁寧に形を整えて細い帯でとめていきます。
「次に着物だ。着たらじっとしてな。お端折を整えるから」
薄いピンクの着物は足元の方から斜めに紫陽花っぽい花柄が入っていてとっても綺麗です!振袖というのでしょうか?
「はぁ~い。やっと帯ですか!」
「こいつは伊達締めだよ。本当に何も知らないんだね。初めて会った時の作法はどこでおぼえたんだか」
時代劇です!水戸黄門の助さんがカッコイイですよね!
「ほれ、これでいいだろう」
最後の帯は細かい赤色の花柄模様で、引っ張ったり結んだり後ろで色々やっていましたが、わたしから見えないのでどうなってるのかよくわかりません。
「よし、あんたの名前からふくら雀結びにしといたよ」
「へ~ありがとうございます!」
それじゃ髪は自分でやりましょうか。部屋に備えてあった櫛を使ってサッと髪を整えます。次に三つ編みを二つ作り、後ろ髪でささっとお団子を作ると三つ編みをお団子に巻いて簪でとめました。
「うん!これでよしっと!」
「へ~着物はからっきしだけど、髪をまとめるのはうまいもんだね」
「ずっとベットから起きれませんでしたからね!髪をいじるのは趣味です!」
あ、不自由だった頃のお話しはあまりしない方がいいですかね?
「ふふふ、そうかい」
大丈夫そうですね。
その後、食堂でトモエゴゼンさんと一緒に朝食をいただき、今後の事を色々お話ししました。
わたしはここに来た時の馬車でパッセロの町に戻り、トモエゴゼンさんは別の馬車で王都に向かい、特級回復ポーションの製作をするそうです。
朝食の時に聞いて初めて知りましたが、回復ポーションは怪我は治せますが病気は治せないそうです。一方特級回復ポーションは怪我も病気も治せるそうで、死んだ直後なら蘇生まで出来るとか?おそらくですけど死んだ直後の蘇生というのは、脳死してなければ生き返るということなのでしょうね。
「お見送りありがとうございます」
「今回は世話になったね」
トモエゴゼンさんの口調が最初の頃と比べて随分柔らかくなった気がします。アサヒナさんのお墓参りができて少しは気持ちが楽になれたのでしょうか?
「この着物、本当にいただいていいんですか?」
「ああ、そのほうがアサヒナも喜ぶだろうからそれはかまわないんだけどね。着付けはちゃんと覚えるんだよ」
「はぁい」
アサヒナさんのために仕立てた着物だったんですね。大切に着させていただきます。それはさておき、ギロッとわたしを睨む視線には最初の頃と変わらぬ気迫のようなものを感じます。口調が柔らかくなったと思ったのは気のせいだったみたいですね・・・。
「護衛の者は手練れを揃えておいたからね。心配せずにお帰り」
「はい!あの、依頼は終わりましたけど・・・」
「ん?なんだい?」
「また遊びに行ってもいいですか?」
トモエゴゼンさんは鳩が豆鉄砲を食ったようなまん丸な目をしていました。
「あっはっはっは!いつでもおいで」
「はい!それではまたです!おばあ様!」
馬車の窓から身を乗り出して、トモエゴゼンさんの姿が見えなくなるまで手を振りました。
護衛の方たちはわたしが窓から落ちるんじゃないかとオロオロしていましたけど。




