21話:ニンゲンって何でしょう?
真夜中に到着したのは町の共同墓地でした。こんな時間に来る所じゃないですね・・・。
それにしても、銀貨820枚で薬草を落札できるほどの資産を持ち、真夜中に町の門を開けさせることが出来る権力を持っている、そんな人のお孫さんがなぜ町の共同墓地に葬られているのでしょうか?こんな時間に来ることも不自然です。まるで誰にも見られない時間を選んでいるようですね。
馬車を降りると一人の中年の男性がわたしとトモエゴゼンさんを先導して墓地の中を進みます。どうやらアサヒナさんのお墓まで案内してくれるようです。明かりは緑色の月明りだけですが、所々樹木の影になっていて何も見えません。男性がしばらく歩くと一つの小さなお墓の前で止まり、一歩下がりました。
「ここが孫の墓のようだね」
『アサヒナ・□□□□□』
墓碑銘の家名の部分が削り取られています。3日前に亡くなって、埋葬されて、すでに墓碑銘が削られるって・・・何かやっかいな事に巻き込まれてませんかわたし?
「それではわたしは馬車の前でお待ちしています」
「ああ、すまなかったね」
男性はわたしにも一礼をすると少し先に見えている馬車に戻りました。
「遅くなっちまったねアサヒナ」
トモエゴゼンさんは墓前に『ヨミガエリ草』の入った桐箱を供えました。これが懺悔なのでしょうか?トモエゴゼンさんはしばらく手を合わせたのち立ち上がりました。
「つきあわせちまって悪かったね。いい宿をとっておいたから今夜はそこで休んで、明日パッセロに帰ろうかね」
トモエゴゼンさんは険が取れていいおばあちゃんになってしまいました。気のせいか足取りまでが年をとっておぼつかなくなってきています。このまま帰ればこの件はこれで終わりです。明日には町に戻って日常が戻ってくるのでしょう。
でも、なんだかモヤモヤが消えません。
「トモエゴゼンさん。これで終わりにしていいんですか?」
「・・・どういうことだい?」
「ここにあるのは『ヨミガエリ草』です。これがあれば救える命がいくつもあるんじゃないんですか?」
顔だけ振り返ったままトモエゴゼンさんは何も語りません。
「アサヒナさんに供えることが本当に懺悔になるんですか?」
「・・・それが欲しいならあんたにあげるよ」
「そういう事じゃないんです!」
本当にわかってないんでしょうか?
「トモエゴゼンさんは言いましたよね?特級回復ポーションがあればアサヒナさんを救えたって。あなたと同じ想いをする人をこれ以上作らないためにも、お薬を作るべきじゃないんですか?」
「・・・もういいんだよ」
「よくないです!」
なんだかイライラしてきました。この気持ちを説明できないことがもどかしいです!
「わたしは・・・今でこそ、こうして歩けていますが・・・つい先日までベットから立ち上がることもできませんでした」
説明できないなら、わたしのことを話すしかありません。
「物心ついた時から一歩も歩くことも出来ず、毎日毎日息をしているだけで、季節の移り変わりをただ見ているしかできませんでした」
「あんた・・・」
「お父さんとお母さんはわたしの治療費を稼ぐために必死に働いてくれて、そのせいで満足に会うこともできなかったんです」
トモエゴゼンさんは身体ごと振り返ってわたしの話を聞いています。
「ある日、わたしの容態が急変して死んで・・・死にそうになりました。まだやりたいこともあったのに、もうこれで終わりなんだと思いました。でも、その時奇跡が起こったんです」
「奇跡?」
「そうです。大切な人との別れと引き換えに、生まれ変わって歩けるようになったんです」
あの時の事を思い出すと、涙が溢れて次から次へと頬を伝って零れていきます。
「お父さんとお母さんには、もう二度と会うことは出来ません。悲しくて、寂しくて、疲れて気を失うまで泣き続けました」
夜空を見上げると、わたしを慰めてくれたパオラさんの姿が浮かびます。町に戻って早くパオラさんに会いたいな。
「わたしは歩けるようになりました。身体も健康になって冒険者になれました。そしてトモエゴゼンさんにお会いできたんです!」
視線をトモエゴゼンさんに戻し続けます。
「お父さんとお母さんに会えないことは悲しいですけど、わたしは奇跡を与えてくれた神様に感謝しています!だって、生きていればなんだって出来るんです!失敗したってやり直すことができるんです!」
アサヒナさんのお墓に供えられた桐箱を持ち上げてトモエゴゼンさんに差し出しました
「あなたには誰かに奇跡をさずけることができます!アサヒナさんだって、生きていればこう言うんじゃないですか?」
『おばあちゃん!悲しいからって目を逸らさないで!』
「・・・アサヒナ・・・」
「これは供えるものじゃありません。活かすものです!」
トモエゴゼンさんは震える手で桐箱を受け取ってくださいました。
「アサヒナは・・・おばあちゃん、なんて呼ばないさね。・・・おばあ様、だよ」
「さすがにそこまでの再現は無理ですね。脳内で変換しといてください」
「あんたはなぜ、アサヒナがそう言うと思ったんだい?」
なぜってそんなの決まってるじゃないですか。
「だって、同じニンゲンですから」
笑顔で答えるわたしにトモエゴゼンさんは眉をしかめました。
「・・・ニンゲン!?・・・あんたは『ニンゲン』なのかい?」
どうしたんでしょう?トモエゴゼンさんだって人族なんですから、同じニンゲンじゃないですか。あれ?何か違和感がありますね。なんでしょう?
【トモエ・ファルシータ・アリタイ】人族:90歳:メス
肉体総合力:6
精神総合力:47
魔法総合力:32
魔法適正:風
これがトモエゴゼンさんの情報ですよね?と言うか、本当の名前は【トモエ】さんなんですね。トモエ御前さんでした・・・。今更言い直すのも変ですしそのまま【トモエゴゼン】さんて呼びましょう。あれ?ミドルネームのファルシータってどこかで見たような?・・・おっと、とりあえず後回しです。そしてわたしの情報が・・・
「ステータスオープン」
【山田すずめ】ニンゲン:12歳:メス
レベル6:スキルポイント6
次のレベルまで経験値972or熟練度972
(表示機能:簡易)
肉体総合力:14+
精神総合力:7+
魔法総合力:0+
魔法適正:水:土
習得魔法:なし
・・・あれ?トモエゴゼンさんが『人族』でわたしが『ニンゲン』?これって同じじゃないんですか?
「世界の危機が訪れし時、世界はニンゲンの遊戯場となるだろう・・・」
「なんですか、それ?」
突然なんでしょう?トモエゴゼンさんが言うと何かの予言みたいに聞こえますね・・・。
「昔から伝わる言い伝えさね。意味はわからないがね」
「へ~そんな言い伝えがあるんですね。世界の危機が訪れし時?世界はニンゲンの遊戯場となるだろう?世界の危機はなんだか物騒ですね~その時世界はニンゲンの・・・ニンゲンの?・・・」
え?ニンゲンってわたしの事ですか!?
「ニンゲンという意味がわからないからずっと謎の言い伝えだったんだけどね。神のことなのか、悪魔のことなのか、昔から議論が絶えなかったんだけど・・・あんたが『ニンゲン』なのかい?」
冷や汗が流れます。
またしても、わたしのミスですね・・・。




