20話:パオラさん!
暗い夜道をランプで照らしながら馬車は進みます。オークション会場を後にしてすでに1時間は経っています。一体どこに向かっているのでしょうか?
わたしが転生したのはパッセロの町の北西のはずれで、西にはわたしが行った森があり、北には魔物が蔓延る迷宮もあるそうです。町自体はそれほど大きなものではなく、馬車で1時間も走れるほどの大きさはないはずです。
つまりは・・・。
すでに町を出ているということに・・・。夜は門を閉じられると聞いていたのにどうやって外に出たのでしょうか?考えるまでもありません。お金の力ですね・・・。
馬車には窓もついていますが、分厚いカーテンが閉められ外を見ることは出来ません。カーテンを開けても真っ暗闇でしょうけど。天井につるされたランプが柔らかい光で室内を照らしています。不思議な事に火は灯っておらず不思議な光の玉が浮いています。もしかしてこれは魔法で光っているのでしょうか?初めて見た魔法の光から目が離せません。
「魔法を見るのは初めてかい?」
馬車に乗ってからじっと桐箱を見つめて動かなかったトモエゴゼンさんが、サングラスを外してぼそっと呟きました。
空気が張りつめたような威厳を醸し出していた若々しいトモエゴゼンさんが、今は年相応な老人に見えます。
「これが魔法なんですね?」
わたしは魔法総合力は0ですが魔力を持っていることは知っています。残っているスキルポイントを使えば魔法を使えるようになるのでしょうか?
「何も聞かないんだねぇ」
「聞いたら教えてくれるんですか?」
トモエゴゼンさんは「ふふふ」と苦笑いをしています。本当にそろそろ教えてくださいよ!もう銅貨50枚分のお仕事はしたと思うんですけど?
「あんたは不思議な子だね。何もかも話してしまいたくなるよ」
はぁとため息をついたトモエゴゼンさんは、魔法のランプを見つめてぽつぽつと語り始めました。
「そもそも今回のオークションには参加する気なんかなかったんだよ」
「参加されたのは『ヨミガエリ草』が出品されたからですか?」
「まあ、そうだね」
少しの間が空きます。わたしは話を促すことはしないでじっと続きを待ちます。
「わたしには孫がいたんだよ。入場許可証で気づいてるだろうけどね」
孫が・・・いた?
「今朝連絡が着てね、3日前に死んでしまったそうだよ」
所々言い回しがおかしいですね?伝聞形式になってますけど一緒に暮らしていたわけではないんですね?なのに入場許可証にはお名前がありました。
「随分長い間病に苦しんでいてね、ずっとオークションに参加したいと言っていたんだ」
それで許可証に名前があったんですね。病気が治った時にいつでも参加できるようにと。
「特級回復ポーションがあれば治してあげられたんだけど・・・。会場で言ったように、前回世の中に出回ったのは7年も前でね、王宮にすら在庫がなかったのさ」
王宮!?トモエゴゼンさんは口を滑らせたようですが、気づいていないみたいです。王宮って王様がいる所ですよね?トモエゴゼンさんって王室関係者なんですか?・・・何も聞かなかったことにしましょう。
「もう少し早くこれがあれば・・・」
3日前と言うと、わたしが『ヨミガエリ草』を持ち帰った日ですね。桐箱を握るトモエゴゼンさんの手が震えています。そんなことがあったなんて知る由もありませんが、もし知っていたとしても間に合ったとは思えません。
「それならなぜコレを落札したんですか?」
「・・・ただの婆馬鹿の懺悔さね。わたしが側についてあげられていれば、もう少し延命させてあげられたのに・・・」
トモエゴゼンさんがお孫さんの側にいれば、延命は出来たのかもしれませんが、『ヨミガエリ草』を手に入れることは出来なかったでしょう。
「それじゃ今向かっているのは?」
「孫の、アサヒナの墓だよ」
それからしばらくしてどこかの町の門の前に到着しました。門の左右には篝火がたかれていますが、当然のように門は固く閉じられています。カーテンをずらして外の様子を伺って見ると、馬に乗った戦士っぽい人がたくさんいました。真っ暗できづきませんでしたが護衛の方ですかね?
少しすると重い地響きを立てて門が左右に開いていきます。門の中から武装した兵士の方たちが10人ほど外に走り出て来て、馬車を守る様に周りを囲むと馬車と一緒に町の中に入りました。背後でゆっくりと閉まる門を尻目に、馬車は真っ暗な町の中に消えていきます。
その頃パッセロの町の西門にはパオラさんの姿がありました。
服や革の鎧はあちこちが切り裂かれ、全身傷だらけで満身創痍です。
「お願い!門を開けて!!」
篝火に照らされたわずかな空間にはパオラさんの姿しかありません。その灯りの中で門を激しく叩きますが町は沈黙したままです。
「お願い!助けて!大変なことが起こってるの!!」
ザッ
光の中に黒い獣の足が現れました。
「く、来るな!!」
パオラさんが剣を抜いて正眼に構えますが、切っ先が上下左右に揺れています。歯はガチガチと鳴り顔は蒼白、汗が滝のように流れます。
キンッ!
「え!?・・・」
黒い獣が腕を一振りするとパオラさんの剣が根本から折れ飛びました。柄だけになった剣を握る手がブルブルと震え、その場にへたり込みます。
「お願い・・・殺さないで・・・」
パオラさんのズボンの裾に獣の爪が引っ掛かり、ズルズルと闇に引きづっていきます。
「いやっ!いやっ!死にたくない!死にたくない!誰か助けて!」
【パオラ】
ガツガツガツ・・・
わたしの身体の下半身が消失する音が聞こえてくる・・・
「ムッカ・・・たすけ・・・て・・・」
なんでこんな事になったんだろう・・・
ああ、もう何も考えられない・・・
『ありがとうございますパオラさん』
すずめちゃんの笑顔が見える。最期にこんな後悔をするなんて・・・。すずめちゃんを裏切ったまま死ぬなんて・・・。
最後の力を振り絞ると、髪を留めていたバレッタを人目に付きやすい所に放り投げました。
この魔物のことを、こんな強大な魔物が町の目の前に来ていることを知らせないと・・・。
「ごべんね・・・すずめ・・・ちゃ・・・」
すずめちゃん、死なないでね・・・




