10話:魔物の本能?
まさかとは思ったが、メスはまだ森の中にいた。
先ほどの場所に戻ると姿はなかったが、メスの匂いが森の奥に向かって続いていた。念のために距離を開けて追跡すると、大木の根元に座り込んでいるメスを見つけた。すでに森は暗くなり人族の目では何も見えないだろう。しばらく様子をうかがっていたが・・・何かおかしい・・・。
人族も当然火を使うことができる。獣とは違うのだ。それなのに焚火を起こすこともなく、ただ身体を丸めて小さくなっている。
これが本当にさっきのメスなのか!?重傷を負っていたとはいえ、この俺を目の前にして怯えを見せなかったメスが、ただの暗闇と寒さに身体を震わせている。何かのワナか?と思い近づくが、目の前まで来ても何もない。槍の穂先を首元に突きつけても何の反応もない。
死にたいのかこのクソガキ!!
はぁ・・・こんな人族のメスを助けてやる義理はない。もうないはずだ。薬の分は返した!
・・・いや、「俺を殺さなかった」分の礼がまだか・・・俺を生かしてくれたのだから、俺もこのメスを生かす手伝いをするのが義理か・・・。
ちっ!
まあいい、まずは火か。焚火を起こさないと獣に襲われるな。オオカミの遠吠えも聞こえている。
俺は焚火を起こすと周囲の安全を確認する。近くに脅威となる獣も魔物もいないな。安全を確認したので沼地に向かう。当然暗くなった沼には人族の冒険者たちはいない。浅瀬で手ごろな魚を取ると、メスの所に戻りながら木の実を採集する。
焚火の光に照らされているメスは・・・まだ寝ていた。なんて危機意識のないメスなんだ・・・。すでに怒りよりも呆れの方が強くなった。
俺は再びため息をつくと地面に座り込み、魚に串を差して焚火の側に突き立てた。
パチパチと生木が弾ける音がする。
まさかこの俺が人族のメスの子守りをすることになるとはな・・・。
俺は産まれてからの20年で幾人もの冒険者を屠って来た。ある者は食料を強奪するために、またある者は襲ってきたので返り討ちに、そしてまたある者はたまたま遭遇したがために。俺たち魔物に仲間意識などはないがただ一つの共有意識がある。
それは人類を殺せ、だ。
このメスは随分幼いようだが人族なのだろう。それならば殺さねばならない。俺の本能もそう言っている。しかし、それなのに、なぜだか「この者を殺してはならない」という天命のようなものを感じる。
このメスは一体何なんだ!?魔物を助けた人族の話など聞いたこともない!仲間にこの事を話しても誰も信じはしないだろう。
「U、Uu~N・・・」
気が付いたか?俺がここに居ては驚くだろうな。焚火も起こしてやったし、食料も用意してやった。これで恩は返し終えただろう。
俺は立ち上がると槍を手にしてその場を離れる。
二度と会うことはないだろうが、次に俺の前に現れたらお前を殺すかもしれない。俺は魔物でお前は人族だ。はるかな昔から戦うことを運命づけられている。誰が決めたのか知らないがな。
「さらばだ人族の子よ」
しばらくすると仲間の元へ戻る俺の耳に、人族のメスの遠吠えが聞こえた。
あの甘々のメスのことだ。どうせ感謝の言葉か何かなのだろう。
俺はこれからも人類を殺すだろう。正義のためでもなく仲間を守る為でもない。そこに存在しているから殺すのだ。ないとは思うが殺すことで不利益になると分かっていても躊躇はしないだろう。それが魔物としての本能だ。
ふと、不思議な気分になった。魔物の本能とはなんだ?
死にたくない。腹が減ったから食いたい。眠いから寝る。繁殖したいからメスを手に入れる。それはわかる。すべては種族として生き残るために必要なことだからだ。それじゃ「人類を殺せ」という本能はなんなんだ?俺のいた村では年に数回人類の領域に侵攻していた。それは本能がそうさせるからだ。人類が攻めて来たわけではない。恨みがあるわけでもない。それなのに本能に従って人類を殺して来た。何かおかしくはないか?・・・なぜ人類を殺すことが本能なんだ?
俺たち魔物は・・・もしかして、誰かに操られてはいないか?
いや、そんなことがあるはずがない!あるはずはないんだ!それではまるでこの世界の理が争い続けるように命令しているようではないか!?何のために!?誰のために!?
・・・そう言えば村にいた時、ボスの知恵袋と言われる古老のオスから聞いたことがある。魔物族に不思議な言い伝えがあると。
『世界の危機が訪れし時、世界はニンゲンの遊戯場となるだろう』
世界の危機とはなんだ?ニンゲンとはなんだ?遊戯場とは何かの比喩表現か?
我々魔物が人類を根絶やしにすることが危機なのか?そうなったらこの世界は『ニンゲン』の物に?・・・それでは我々魔物はピエロのようではないか!?『ニンゲン』が弄ぶ為に人類を間引きせよ!ということなのか!?俺たちは何のために生きているんだ!?
「はぁはぁ・・・おかしい。なぜ俺はこんな考えに辿り着いたのだ?・・・すべてはあのメスに出会ってからか?・・・何かの影響を受けた?・・・もしかしてあのメスが『ニンゲン』なのか?・・・」
まさかな・・・次に会った時には必ず殺す!絶対に殺す!それでいいじゃないか!
いずれあのメスとは思わぬ再会を果たすことになるのだが、それはどちらかの死を意味することになるだろう。




