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わたしと憧れのお姉ちゃん  作者: 小林弘二
9/22

9.吹奏楽部のサポート 最終話

 演奏会を三日後に控えた放課後、事件が起きた。


「ははは。突き指しちゃったよ」


 ファーストを担当する柿崎先輩が、左人差し指に包帯をして現れたのである。


「どうしたんですか!」


 驚いている我々ホルンメンバーに柿崎先輩は話してくれた。どうも体育の授業でバレーボールをやっていたところ、突き指したらしい。


「演奏会を控えている大事な時に、何やっているんですか!」


 とにかく怒鳴ってやった。先輩だろうななんだろうが、我々に迷惑をかけているのだ。怒られて当然である。


 怒られた柿崎先輩は両手で顔をかばって「ひゃあ、子猫ちゃんが怒ってる」と言っている。とても反省しているとは思えない。


「何をふざけたこと言っているんですか!」

「霜川さん、一応先輩だから」

「小百合ちゃん、それぐらいにしようっか」


 などと滝沢くんも神坂さんも、説教しているわたしを見て半分呆れていた。村上先輩は首を傾げて柿崎先輩に「演奏会までに治るんですか」と訊いた。


「治らなかったら困るね」


 もう、このパートリーダーは他人事のようにそんなことを言って。


「ファーストがいないパートなんて、他にないですよ。気合で治してもらいますよ」


 わたしの言葉に「無理に治すより、手っ取り早い方法があるんじゃないか?」と滝沢くんが言った。


 そんな滝沢くんを振り返ると、今度はその隣にいた神坂さんが開口した。


「ファーストパートなら小百合ちゃんもできるから、先輩さえ良ければ代わりに小百合ちゃんが出ればいいと思う」

「俺もそう思って、既にパーリー会議で小百合ちゃんがファーストを変わりにやることを伝えてあるんだ」


 そんな大事なことをこんなにあっさりと……。


 唖然としているわたしに、柿崎先輩は「うちの部はコンクールにも参加しない、緩いところだからね。何も問題ない」と付け加えた。


 わたしが柿崎先輩の代わりにファーストを担当する?


 呆然としているわたしに村上先輩が心配そうに訊いてきた。


「小百合ちゃんはファーストが重荷に感じるの? わたしたちは全然構わないんだけど」


 村上先輩に続き滝沢くんも神坂さんも、うんうんと頷いている。

 そんな三人を見回してから、わたしは柿崎先輩に顔を向けた。


「柿崎先輩はいいんですか? 三年生は今年が最後の年ですよ」

「もう去年も一昨年も参加したし、今年だってまだ十月の文化祭のコンサートだってあるし、三月の定期演奏会だってあるし」


 こうして、わたしは演奏会に柿崎先輩の代わりにファーストとして参加することとなった。


 柿崎先輩には申し訳ないけど、頑張っている滝沢くんの活躍できる場を奪うこともなく、何よりお姉ちゃんと一緒に演奏会に出れることが嬉しかった。


 その日の夜、お姉ちゃんにそのことを報告すると喜んでくれた。


「一緒に合わせてみない?」


 お姉ちゃんにそう言われ、二人で防音室に入りオーボエとホルンで合わせた。お姉ちゃんとこうして合わせるの、いつぶりだろうか。お姉ちゃんが中学に上がった頃から一緒に防音室に籠もる事もしなくなった気がする。


 もしかするとこんな機会は最後になるかもしれないから、当日は思い切り楽しもう。


 そして演奏会当日になった。この演奏会、正確には中学校連合演奏会と呼ばれるもので、わたしたちの中学校だけでなく区内の十校ほどの中学校が集まり、区のホールで開かれる演奏会だ。


 わたしたち部員たちはステージ裏で順番を次に迎えていた。部員たち全員に言えることだが、やはり初めての一年生はどこか緊張している。わたしはと言うと、何ていうか神経が図太いのか肝が座っているせいか妙に落ち着いていた。


「小百合ちゃん、緊張しないの?」


 と緊張したような怯えたような、プルプルしている神坂さんがわたしにそう言った。


「心臓に毛が生えているみたいだから大丈夫よ。それより、神坂さんはお母さんなんだから、どっしりと構えてないと」


 そこへ村上先輩が声をかけてきた。


「小百合ちゃんは応援で来てくれたから、もしかすると最初で最後かもしれないけど、一緒に頑張ろう」


 その言葉に、わたしは「はい」と大きくうなずくと、村上先輩と神坂さんの間に立っていた滝沢くんが声をかけてきた。


「俺、ファーストのサポートができるように精一杯やるから、霜川さんも思い通りに演奏してくれ」


 頼もしく成長した滝沢くんの言葉に、わたしは頷いた。そこへ柿崎先輩が「ファーストのサポートじゃなくて小百合ちゃんのサポートの間違いだろ」と言ったことに、滝沢くんは困った顔で「ファーストで間違いないでしょ」と言った。


「小百合ちゃん、パーリーの仕事は俺がやってたけど、今のホルンパートのリーダーとして何か言ってくれないか」


 そういう柿崎先輩の後ろにお姉ちゃんの顔が見えた。力強く頷くその顔には「今はあなたがリーダーよ」と言っている気がした。


 わたしは自分の家族たちを見回した。セカンドのしっかりとサポートに回れる村上先輩。サードの人一倍努力家の滝沢くん、フォースの自信がないと言っているのに良い低音を響かせる神坂さん。それぞれ、長女、長男、お母さんとわたしが例えた家族だ。


 わたしはその家族の中の、柿崎先輩に代わってお父さんの立場になって、みんなに向かって言った。


「五月から一緒に練習に付き合ったりサポートに回ったりしましたが、ここまでの二か月ちょっとの短い期間でしたが、わたしにとってとても充実した日々でした。三年生の代わりにファーストをやるような生意気な一年生ですが、わたしについて来てください。お願いします」


 そう言い、わたしは深々と頭を下げた。


 そんなわたしに「当然ついていくさ」という滝沢くんの声や「ファーストのお父さんは、だまって俺について来い、というタイプだもんね」という神坂さん。「わたしたち家族を引っ張ってね」という村上先輩の声が聞こえた。


「じゃあ、頭を上げてくれ。みんながまとまったところで、そろそろ準備時間だ」


 柿崎先輩の声に頭を上げると、その柿崎先輩の後ろの方にいたお姉ちゃんと目があった。


「一緒に頑張ろう」


 と力強く声を掛けられた気がした。


「じゃあ、行きましょうか」


 様々なパートが自分の楽器を持って次々に緞帳の下りたステージに向かい、自分の座席で準備を始める。わたしたちもホルンの家族はお互いに頷き合い、わたしを先頭にステージに向かって歩み始めた。


 こうしてわたしが一緒に参加した吹奏楽部の活動は終わった。あの演奏会はみんな持てる力を出し切った。セカンドの村上先輩は音に厚みを作り、サードの滝沢くんはわたしを力強い高音でサポートし、フォースの神坂さんはわたしたちをどっしりとした低音でまとめてくれた。それぞれが活躍するおかげで、わたしは自分の思い通りの演奏ができた。


 わたしにとってとても良い思い出になった。もちろん、ホルンの家族がいたからという理由もあるが、やはり、お姉ちゃんと一緒に演奏ができたからというのが強いかもしれない。

 わたしの活力源はお姉ちゃんなのである。


 この演奏会が終わってからの話なのだが、信じられないことがあったので聞いてほしい。

 あの柿崎先輩の突き指は、何と嘘だったのである。


「せっかくあれだけ頑張っていたのに、出れないなんて可愛そうじゃないか」


 と言っていたが、それにしても他にやりようが合ったのではないだろうか。


 それでも「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えておいた。


 演奏会の翌日、滝沢くんに「このまま吹奏楽部をやる気はないのか」と訊かれたが、わたしはお姉ちゃんがいたから吹奏楽部の手伝いをしていたところもあるから、彼の誘いを断った。


「わたしは憧れている人を追いかけているの。だから、その人が輝いているのを近くで見ていたいんだ」


 そうやって輝いている人のいない吹奏楽部に居続ける理由がないことを告げると、滝沢くんはボソリと「俺には君が輝いて見えていたよ」と呟いた。


 ごめんね、滝沢くん。

 わたしはせめてお姉ちゃんがいるこの一年間はお姉ちゃんを見ていたいの。


 わたしの活躍した二か月ちょっとの話はこれでおしまい。


 あれから滝沢くんとは大した付き合いはない。たまに頼まれてホルンの練習に付き合ってあげると、そのお礼に学校帰りにマックで奢ってくれたりしてくれる。そんな関係だ。


 そう、彼は二年に進級してもホルンを続けた。「サックスに戻るんじゃないの?」と訊いてみると、「ホルンの面白さが分かった。それに合奏の時、折角の活躍できる場面で必ずサックスが邪魔するから腹が立つ」とサックスに対して文句を言っていた。


 あの時フォースを担当した神坂さんとは今でも仲良くしている。楽器についての相談だけでなく、たまに恋の相談なんかもされる。守ってあげたくなる神坂さんでも、それなりに恋には積極的らしい。


 この吹奏楽部をサポートした話がわたしが中学へ進学した直後の話で、まだわたしが活躍した話が幾つかあるのだが、それはまたの話である。


物語の終わりの、そろぞれのその後を語るのって楽しくないですか? それぞれのキャラクターに物語があって、中学、高校を卒業し、大学に出て社会人になる。それぞれどんな人生を歩んでいったのかとか考えると、話が膨らみますよね。

かと言って、ここで滝沢くんの将来を語るつもりはないですが。

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