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わたしと憧れのお姉ちゃん  作者: 小林弘二
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8.吹奏楽部のサポート 第4話

 演奏会が二週間を切った頃、自宅のリビングでソファーに一緒に腰掛けているお姉ちゃんに訊いてみた。


「オーボエの様子はどう?」

「二人とも上達が早くて助かってるわ」

「それは教えている人が上手だからよ」


 そんな話から始まり、わたしは本題を切り出した。


「あのね、わたし演奏会には参加しないことにする」


 わたしのその言葉に、お姉ちゃんはこちらを振り返り「どうして?」と訊いてきた。


「だって、みんな上達したから。サードに入ってやってたけど、同じサードの滝沢くんはファーストの役に立とうと努力しているのに、そこに入ったら滝沢くんの仕事を取っちゃって、やる気が削げちゃうだろうし」


 わたしの言葉に、お姉ちゃんは納得いかない様子だったが、「あなたが決めたなら、それでいいと思うよ」と言ってくれた。それでも、「一緒に演奏会に出たかった」と残念そうに言った。


 お姉ちゃん、そんなこと言うと判断鈍るから。お姉ちゃんと一緒にやりたいけど、あの家族の中にわたしの居場所はないんだよ。


 その翌日、そのことをパートメンバーの四人に伝えると、殊の外残念そうな顔をされた。


「そんなあ。小百合ちゃんがいれば安心して吹けるのに」


 と言う神坂さんに「頑張っている滝沢くんに失礼だから」とたしなめた。


「俺は別に霜川さんがいてもらってもかまわないんだけど。霜川さんがいれば、安心してヘマできるし」


 そんな滝沢くんの言いようにわたしは呆れた。


「ダメだよ、ヘマしないように吹かないと」

「今回の演奏会なんて、どこかのコンクールと違ってアバウトだから、いつでも中に入ってきていいんだからね」


 村上先輩はそう言い、柿崎先輩は、「小百合ちゃんは助っ人だし、ステージに立てる機会なんて滅多にないよ」と、腕組みをしながら残念そうに言った。


 そんな二人に、「もう決めたんです」と笑顔で答えた。


 まぁ、みんなとステージに立てたらいい記念にはなるかな、とは思ったけどどのパートにもわたしの入るスペースはないよね。


 それでもわたしは、演奏会までは一緒になってサポートに回ることにした。


 演奏会まで一週間を切ったある日の朝、ホルンケースを肩に掛けながら校門を潜るとホルンの音色が聞こえてきた。このパートはサードだから滝沢くんだね。


 こんな朝から関心関心と思いながら音のする方へ行ってみると、案の定、滝沢くんがグラウンドに向かって一人でパート練習をしていた。たまにはわたしも朝練に付き合おうか。


「おはよ。朝練とは関心だね」


 そう言いながら後ろから歩み寄ると、滝沢くんはいささか驚いた様子でこちらを振り返り、「霜川さんか。おはよう」と返事をした。そんな滝沢くんの隣に立つと、ケースからホルンを取り出した。


「わたしも練習に付き合うよ。どのパートやればいい?」


 そう訊くと、驚いたままの様子で「じゃあ、ファースト」と答えた。


 わたしはホルンを抱えたまま、滝沢くんの右側に立ち、「今日は滝沢くんの音を聞かせてよ」とお願いしてみた。滝沢くんはいつもわたしの右側に立ち、わたしの音を聞いて自分と比較をして成長していった。今度はわたしが彼の右に立ち、彼の成長した音を聴きたかったのだ。


「でも、俺、音を外す所あるし……」

「ホルンを初めてまだ二か月なんだから、そんなものだよ。ほら、始めよ」


 わたしは彼の右側に立ち、野球部やサッカー部が練習をしているグラウンドに向かってパート合奏をした。


 わたしのファーストパートにサードパートの滝沢くんが合わせてくる。わたしの左から聞こえてくる彼の音色には努力が混じり合っていた。場所によっては音を外すところはあるが、ファーストの高音部では一緒に吹きサポートに回り、逆にファーストが休憩の時は代わりに音色や吹き方を似せてしっかりと拭き上げる。


 滝沢くんはわたしを追いかけてここまで吹けるようになったんだ。こんなに頑張っている滝沢くんを、わたしも一緒にサードをやっていたらこの努力はもったいないよね。わたしの選択は間違ってなかったよね。


 その時、ふとお姉ちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。そのお姉ちゃんの顔を思い浮かんだ瞬間、滝沢くんを自分と照らし合わせていた。わたしはお姉ちゃんを追いかけ、スポーツや楽器を学んだ。それは滝沢くんがわたしを追いかけるようにホルンを学んでいるのと同じだ。


 わたしは演奏会に参加するのをやめた。頑張っている滝沢くんに活躍できる場を与えようと思ったからだ。


 お姉ちゃんはわたしに、「吹奏楽部の手伝いする気ない?」と言って誘ってきた。それはわたしに吹奏楽部で活躍できる場を与えてくれたのだと思う。


「一緒に演奏会に出たかった」


 そう言ってくれたお姉ちゃんは、きっとわたしに演奏会までの道のりを作ってくれていたのだろう。


 そう思ったら目元に熱が帯び、自然と涙が溢れた。


 わたしはお姉ちゃんが与えてくれた活躍の場を無下にしたのだ。

 わたしに実力があると認めてくれた上で用意してくれた活躍の場ではあるが、わたしがその活躍の場に出たら、ここまで頑張っている滝沢くんが活躍できなくなってしまう。


 お姉ちゃん、わたしもお姉ちゃんと一緒に演奏会に出たかったよ。でも、お姉ちゃんを取るために、滝沢くんを切り捨てることできないよ。


 演奏が終わった時、隣から「お、おい。どうしたんだよ!」という滝沢くんの慌てた声が聞こえた。


「なんで泣いているんだよ」


 オロオロしている滝沢くんの横で、わたしは涙を拭った。

 どこからか「おい滝沢、なに女子泣かしているんだよ」と言う茶化した声が聞こえるが、その言葉に「ちげーよ」と滝沢くんが大声で返した。


「俺、どこかおかしかったか? おかしなところがあったら直すからさ」


 などと言っていたけど、これについては滝沢くんのせいじゃないよ。

 わたしにまだ未練が残っていたせいだよ。


吹奏楽編は次回で終わりです。

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