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わたしと憧れのお姉ちゃん  作者: 小林弘二
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7.吹奏楽部のサポート 第3話

 それからしばらく各自個人練習をしていると、同じ一年生でフォースを担当する神坂さんから「小百合ちゃん、ちょっと話を聞いてほしいんだけど」と相談を受けた。


「小百合ちゃんはわたしにフォースに移らせたけど、それってわたしが下手だから?」


 と、そんな事を訊いてきた。


 話を聞いてみると、どうもフルートやクラリネットでは、下手な人がサードなどの最後のパートへ追いやられるそうだ。どうも、それを聞いた神坂さんは自分もそういう意味で、フォースへ追いやられたのじゃないかと思ったそうだ。


 そんな神坂さんにわたしは笑った。


「そんな筈ないじゃない。神坂さんも自分で言ったでしょ、低音が出しやすいって。だから低音パートであるフォースをやってもらっただけだよ」


 それでもまだ納得してないようなので、フォースの役割を説明することにした。


「四つあるパートのうち、フォースが一番低音の地味なパートかもしれないけど、フォースが安定して低音が響いていれば、他の三パートは自分の役割に没頭できるんだよ。ようは、フォースはお母さんみたいなもんだよ」

「お母さん?」

「そう。ファーストからサードまでを圧倒的な低音で包み込むお母さんだよ」


 そう言うと、神坂さんはクスクスと笑った。


「一年生がみんなのお母さんなんて、何か頼りないね」

「わたしに言わせてもらえば、フォースは実力のある人がやるべきパートだと思うの」


 その言葉を聞いて、神坂さんは不安そうな顔をした。無理もない、自分には実力がないと思っているのだ。


 そんな彼女に、わたしは続けて言った。


「他の楽器と違ってホルンは高音から低音まで幅広い音域を扱う楽器だから、高音パートと低音パートの二つに分け、さらにそれを二つに分けるでしょ。つまり、高音パートと低音パートにそれぞれリーダーがいるべきなんだよ」

「つまり、最も低音なフォースが第二のリーダーってこと?」

「そう。低音の大音量で他のパートを包み込む力ある人がなるべきパートなの」

「じゃあ、ますますわたしじゃなくて、同じ低音パートであるセカンドの村上先輩に代わってもらった方がいいんじゃ」


 その質問に、わたしは笑顔で答えた。


「その必要はないよ。神坂さんもしっかりと低音が出てるから、あとはどれだけ音が出るか頑張ればいいと思うよ。それがフォースの仕事なんだから」


 わたしのここまでの話を聞いて納得したのか、彼女はホルンを胸に抱えて笑みを作った。


「わたし、落ちこぼれだからどうでもいいパートのフォースになったと思ったけど、フォースはみんなを支える大事なパートだって分かったよ」

「そうだよ、お母さん」


 そう言って笑うと、彼女も笑って「やめてよ」とわたしの腕を叩いた。



 演奏会を三週間後に控えた辺りから、金管楽器同士が集まったセクション練習や全体合奏をするようになった。当然わたしもお姉ちゃんもそれに参加してたら、他のパートの人たちにもわたしたちの顔を覚えてくれるようになった。一部では「天才姉妹」として囁かれているのを知っている。お姉ちゃんは天才かもしれないけど、わたしは人より扱っている年数が多いだけの凡人だよ。


 合奏やセクション練習が増えたけど、当然個人練習やパート練習の時間はそれ以上にあり、一人でタンギング練習していると滝沢くんがやってきて「練習に付き合ってもらっていいか」と言ってきた。


 何をするか訊いてみると、一緒に合わせてほしいとのこと。相変わらずわたしの右隣に椅子を持ってきて腰掛け、ホルンを構えた。


 研究熱心な人だと関心しながら一緒に同じサードパートを二人で合わせた。滝沢くんはだいぶ音が出るようになったが、音を外すことも良くある。でも、ある部分から極端に上手になる箇所がある。五人が集まって合わせていると分かるのだが、ファーストの柿崎先輩のサポートに回れるように、ここだけは完璧に吹けるようにと努力しているのが分かる。


「だいぶ音が出るようになったよね。上のドもファも出てるみたいだし、高音の練習もしっかりやっているみたいだね」

「それでもたまにスカスカしちゃうけどさ」


 そう言って苦笑いをしている。


「唇の形とか口の中の広がりとか気をつけてみるべきかな。口の両端はこんな感じに」


 そう言いながら唇の両端を引き、そして笑うイメージて軽く上へ上げる。そんな唇の形を説明している間、真剣にわたしの唇を見る滝沢くん。熱心なことだ。


「まぁ、これこそ練習して少しずつ音域を広げていくしかないね」

「一つ音階開拓するのに数日かかることがあるよ」


 そう言う彼の右手を見て、彼の言葉に嘘はないなと思った。


「その右手が証拠だね」


 わたしの言葉に、彼は自分の右手を見た。その手は全体に緑色になっている。ホルンはベルに右手を差し込んで演奏する。その為、ベルの中のサビで右手が緑色になってしまうのである。


「お前のは綺麗でいいよな」

「丁寧に扱ってるからね」


 そんな話をしているところに、同じ一年の神坂さんがホルンを抱えてやってきた。


「滝沢くん、小百合ちゃんの右で良くパート練習できるね」

「研究熱心なんでしょ」


 そう言うと、神坂さんは身を震わせた。


「自分のパートの理想が隣から聞こえるんだよ。だったらまだ自分の右にいてもらった方が良いよ」


 神坂さんみたいな考え方の人もいるんだね。わたしは自分が下手であっても、どちらにいて貰ってもかまわないんだけど。


「俺は、自分が下手だから右に立たせたくないという理由じゃなくて、霜川さんの実力は認めてるから、同じパートの伸びしろを確かめたいんだ」


 わたしの実力か。わたしがお姉ちゃんの実力を認めていて、それを追いかけている感覚に似ているのかな。


 そんな事考えていると、滝沢くんは続けて神坂さんに言った。


「霜川さんがフォースパートが吹けたら神坂さんもやってもらえばいいよ」

「小百合ちゃんがサードで良かったよ」


 なんて会話をしているものだから、わたしは言った。


「フォースならできるよ。やろうか?」


 そう言うと、二人とも驚いた様子でこちらを見た。


「マジか」

「何でできるの?」

「一応、念のために練習していたんだけど。どうする、やる?」


 そう神坂さんに訊くと、神坂さんはブルブルと頭を左右に振った。


「やだよ。ただでさえ自信がないのに、上手な小百合ちゃんのフォースパートなんて聴いたらどうなるか」


 そんなものかね。


「じゃあ、折角だからわたしがファーストをやるから合わせてみない?」


 そう提案すると、二人は目を丸くして再び驚いた。


「ファーストもできるのか?」

「何ならセカンドもできるけど」

「そんなことしたら、自分がどのパートを演奏しているのか分からなくならない?」

「譜面見れば分かるでしょ」

「規格外だな」


 そう滝沢くんがつぶやくように言った。

 そんなものかね。


 それから三人でパート練習をしていると、二年制の村上先輩がやってきた。


「あれ、ファーストパートが聞こえるから柿崎先輩が来ていると思ったら、小百合ちゃんがやってたんだ」

「村上先輩も一緒にパート練習しませんか?」

「小百合ちゃん、ファーストパートもできるなんて、本当に万能な子だね」


 こうして村上先輩を含めてパート練習をした。柿崎先輩はパートリーダー会議、略してパーリー会議であとから来るようだ。

 練習中、わたしが神坂さんを『お母さん』と冗談めかして言ったのを聞いて、村上先輩は小首を傾げた。


「何で神坂さんをお母さんと呼んでいるの?」


 そう訊いてきたのだ。

 その理由をフォースの役割を説明し、フォースとはすべてを包み込んでくれるお母さんのような存在だという例えを話した。


 それを聞いた滝沢くんは「ならサードは何なんだ」と聞いてきた。


「そうだね。ファーストが大変な時に助けてくれる、頼りになる長男かな」


 わたしの言葉に「俺は長男なのか」とちょっと納得したようにつぶやいた。


「なら、わたしのセカンドはどうなの?」


 そう村上先輩が訊いてきたのでセカンドの役割を説明することにした。パート内を上手くコントロールするのがセカンドの役割である。ファーストが疲れている時は低音をしっかり鳴らせてサポートする役割もある。


「例えるなら賢い長女かな」

「わたし、実際には賢くないんだけどね」


 と村上先輩はポリポリと頭をかいた。


「じゃあ、ファーストは?」


 と後ろから男の声が聞こえ、振り返るとそこにはパーリー会議から戻ってきた柿崎先輩が顔をのぞかせていた。


「先輩、お疲れ様です」


 わたしたちそれぞれが挨拶すると、柿崎先輩は「俺は何なの?」って興味津々といった顔で催促してきた。


「そうですね。ファーストは『何も言わずに俺について来い』っていうタイプのお父さんかな」

「ファーストがお父さんで、セカンドが長女、サードが長男、そしてフォースがお母さんか」

「わたしたちって一つの家族なんだね」


 と三上先輩はニコニコして言った。

 その村上先輩の答えに、滝沢くんと神坂さんは顔を見合わせていた。


「霜川さんも家族なんだろ?」

「百合ちゃんはサードだから、長男?」


 二人のその疑問に柿崎先輩は腕組みをして、「二人目のサードだから、次女?」とわたしの方を見て訊いた。


「サード以外でもサポートに回ってるから、家政婦、的な?」


 わたしのその答えに、「家族じゃないじゃん」と神坂さんが顔を歪めた。


「なら、ペットの猫ちゃんとか?」


 そう言いながら両手で猫の手の形を作った。


「小百合ちゃんは可愛いから、みんなに癒やしを与えてくれる子猫ちゃんだね」


 村上先輩にそう言われ、わたしはつい照れてしまった。


「可愛いなんて、やめてくださいよ」

「可愛いよね、滝沢くん」


 と、村上先輩は滝沢くんに話題を振っている。


「俺に振らないでくださいよ」


 まぁ、こんな感じで和気あいあいとパート練習をしていた。初めて四人と顔を合わせた時に比べてすごくまとまっていると思う。滝沢くんはパートの役割を知り、やる気が出てきたし、神坂さんはフォースのお母さん的な役割を知り、役に立とうと努力するようになった。


 うん、この調子なら大丈夫だと思う。

 子猫はお留守番で大丈夫だよね。


区切り場所が難しく、少し長くなってしまいました。

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