6.吹奏楽部のサポート 第2話
翌日はお姉ちゃんとわたしはオーボエとホルンを家から持ち出し、放課後に吹奏楽部の様子を伺いに行った。その際、わたしは自分の髪をサイド結びにしてお姉ちゃんと見分けられるようにした。下手に間違えられると面倒でしょ。
渚さんがいたので声をかけると、「百合はあのオーボエの子のところに行って、小百合ちゃんはこっちね」と案内してくれた。
渚さんが案内してくれたのは四人で固まっているホルンの集団だった。
「この子が助っ人の霜川小百合ちゃん。一年生だけど、ホルンの理解もあってすごく上手だからわからないことがあったら相談して」
そんなとんでもない紹介をする渚さんにわたしは慌てた。
「ちょっと、わたしそこまでじゃないですから」
お姉ちゃん、渚さんにどんな説明したのよ。
さて、ここに来てホルンのパートについて説明になる。
ホルンは幅広い音域をカバーするため、四つのパートに分けられる。まず高音パートと低音パート。それぞれのパートを更に二つに分け、高音パート二つに低音パート二つの四パートだ。ここからがややこしくなるのだが、上吹きと呼ばれる高音パートはファーストとサードが担当し、下吹きと呼ばれる低音パートがセカンドとフォースが担当することになる。つまり、高音順に並べると、ファースト、サード、セカンド、フォースという並びになる。
ではここで、目の前に集まっている四人のメンバーである。
パートリーダーでファーストをやる三年生男子の柿崎先輩、セカンドの二年生女子の村上先輩、一年生でサードを担当する女子の神坂さん、同じく一年生のフォースを担当するのが滝沢くんだ。どうやらこの滝沢くんが問題の子のようだ。
軽く挨拶をすると、一年生男子の滝沢くんから「実力を見せてくれ」と言われてちょっとムッとしたけど、実力もないのに相談役にはなれないのももっともな話なので、ホルン吹きには有名な練習曲、ホルンのエチュード「コプラッシュ」の一番を吹いた。昨日の夜、防音室に寝るまでの数時間籠もったおかげで、問題なく音が出た。
この演奏に四人全員が驚いた表情だった。三年生でもここまで正確に音が出せることは難しいそうだ。意外とわたしってできる子?
これでわたしの実力に納得したようで、「次はこちらが合奏するね」と、三年生の柿崎先輩が場をまとめてくれた。
演奏会の為に練習している曲を合わせてくれた。スーザの「士官候補生」という一年生が初めての演奏にはちょうど良い難しさの曲で、この演奏を聴くかぎり三年生、二年生は忠実に吹けているが、やはり一年生二人どちらも音を出すのに集中し、明らかに音程が悪い。
演奏が終わったところで、一年生の二人それぞれに高音の上吹き、低音の下吹きをやらせてみた。
「やっぱり男子は高音も音量も出てるね」
そう言って、先ほど「実力を見せてくれ」なんて生意気を言った男子生徒の滝沢くんを、先輩から許可をもらってフォースからサードへ入れ替えた。
「低音の練習から高音の練習のしなおしかよ」
と、滝沢くんは文句を言ってたけど、低音フォースに変更することとなった同じ一年女子の神坂さんは「わたし、低音の方が出しやすいから、覚え直したほうが早いかも」そう言ってくれた。
わたしはと言うととりあえず、一年生のサポートということでサードに入ることにしつつも、四つのパート譜を受け取り、その日から練習を始めた。
お姉ちゃんは初めてのオーボエを扱う一年と二年の二人に吹き方のコツなどを教え、特に問題なくサポートに回れている。お姉ちゃん、今回はわたしのほうがきつい役回りだよ。
しばらく一年生の個人練習に付き合い、一週間後にホルンの四つのパートが集まり合わせてみることになった。
とりあえずわたし抜きでやってもらうと、思いの外音が出ている。滝沢くんも神坂さんも音が出ている。ただ、楽譜通りで周りを見てないのが気になる。
「じゃあ、わたしもサードに入って合わせてみるよ」
そう言うと、あの同じサードの滝沢くんが、「君の右で合わせてもいいかい」と言ってきた。その言葉にまたムッとしたけど「どうぞ」と答えて五人でパートを合わせた。
サードはファーストと一心同体の仕事をする。つまり、ファーストの仕事を助けるのがサードの役割である。
五人で合わせてすぐ、ファーストの三年の柿崎先輩は驚いたようにこちらに顔を向け、音量を更に上げる。隣に立つ同じサードの滝沢くんも驚いたようにこちらを見る。セカンドの二年の村上先輩とフォースの神坂さんもちらっとこちらに視線を向けると、村上先輩の音量も上がった。
演奏が終わると三年の柿崎先輩が感動したように言ってきた。
「小百合ちゃんのお陰ですごく楽に吹けるようになったよ」
高音で音量を上げるとどうしても疲れてくる。そこをファーストと同じ高い音を吹いてサポートするのがサードの仕事だ。柿崎先輩が「楽に吹けるようになった」というのはそういうことなのだ。
隣りにいる滝沢くんもサードの役割が分かったようで、「譜面通りじゃ、だめなんだな」と言っていた。
「右で合わせるって言うから、ヘマを期待しているのかと思ったら、研究しているんだね」
そう言ったら「一年間任されたんだから、しっかりやるつもりだ」と言ってむくれていた。
ホルンを構えると、音の出口であるベルが右側になる。その為、右側に上手な人を立たせたくないのがホルン吹きの本音である。わたしが「右で合わせる」と言われてムッとした理由はそれである。
「嫌々やってたんじゃないの?」
と言ってやりたかったけど、折角やる気になったので野暮なことを言うのはやめた。
サードの役割を理解した滝沢くんは、ファーストの三年生の柿崎先輩に積極的に話しかけて、どうすればファーストの手助けになるのか訊いている。
うん、滝沢くんも目標が出来てやる気になったようで良かったよ。
ホルンの高音順に1st 3rd 2nd 4thという並びは、必ずこうなるというわけではないのも理解していただきたい。