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わたしと憧れのお姉ちゃん  作者: 小林弘二
22/22

21.わたしの進む道 【最終話】

 家に帰ってお姉ちゃんに「どうだった?」と訊ねられた。


「とても楽しかったよ」

「お客さん、みんなあなたの演奏の技術に驚いてたわよ。あなたの技術は自分が思っている以上に高いのよ」


 演奏しながらちらっとお客さんの様子を見たが、驚いた様子でこちらを見ていた。


「難しい曲も弾いてたけど、最後まで弾けるようにならないとね」


 お姉ちゃんはちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。そんなお姉ちゃんに、わたしは頬を膨らませた。


「メドレーでもいいって言ったのはお姉ちゃんだよ」

「あぁ、そうだったわね」


 と、わざとらしくしらばっくれる。


 そんなお姉ちゃんがしっかりとわたしの顔を見て、真顔でこんなことを言った。


「中学の時、天才姉妹って言われていたの覚えてる?」


 三年前、吹奏楽部の応援に行った時に言われたセリフだ。


「わたし、嬉しかったのよ。あなたのことを天才だと分かってくれている人がいたことに」

「わたしが天才だなんて。わたしはお姉ちゃんに比べたら凡人だよ」


 そう言うとお姉ちゃんは眉根を寄せて困ったような顔をした。


「あなた、あれだけの難曲メドレーを弾いておきながら、まだそんなこと言っているの? あのメドレーを弾ける高校生は数えるほどしかいないわよ。わたしだって弾けないわ」

「えっ!? お姉ちゃん弾けないの?」


 思いもしないカミングアウトに、わたしは目を丸くしてお姉ちゃんを見た。そのお姉ちゃんは何とも当然といわんばかりの顔をしている。


「あの中で弾けるのは『英雄』ぐらいよ」

「本当なの?」

「わたしは一つの曲を通しで弾けるようになるまで覚えてるの。あなたのようにおいしいところをつまみ食いするような覚え方はしないわ」


 それ、褒めてないよね?


「それに、中学の時はヴァイオリンとオーボエの練習で、曲を覚えている時間なんてなかったわ」

「わたしは中学の時、自分の好きな曲をピアノで弾いていたっけ」


 お姉ちゃんは「凡人ねぇ」と思い出したように呟き、


「黙っていてくれって言われたんだけど、話しておいた方がいいのかもね」


 そう前置きをしてから話してくれた。


「あなたの友達に滝沢君っているじゃない? 今年の春先にその滝沢君に声をかけられたのよ」

「わたしと間違えたんじゃなくて?」

「霜川先輩、お久しぶりです、って声をかけられたから、それはないわね」


 まぁ、滝沢君に限ってわたしとお姉ちゃんを間違えることはないか。


「でね、その彼がこう訊くのよ。

『小百合さんが凡人じゃないってことを、どうやったら伝えることが出来ますか』

 って」


 その話をわたしは眉根を寄せて聞いていた。滝沢君は前からわたしに音楽の道へ進んで欲しそうにしていた。お姉ちゃんにまで相談していたんだ。


 更に話を聞くと、滝沢君は自分のことを凡人だというわたしに、どうにか自分が天才だと伝えたいそうだ。


 滝沢君の話を聞いているうちに、何となく彼とわたしとの関係が、わたしとお姉ちゃんとの関係に似ていることに気づいたお姉ちゃんは、「あなたは自分のこと凡人だと思っているの?」と訊いたそうだ。


 滝沢君はその質問に頷くと、「それなら前例を作ったらどうかしら」と滝沢君にとって想像もしなかった言葉を口にした。


「前例って? 滝沢君はどうするつもりなの?」

「わたしと同じようにコンクールに出るつもりよ。凡人でもコンクールで入賞できれば、それは天才であるという証明になる、って言うことらしいわよ」

「滝沢君……」


 そこまでしてわたしに音楽の世界に行ってほしいんだ。


「あの子だけじゃなくて、わたしだってあなたのことを天才だと思っているわ」

「天才はお姉ちゃんだよ」

「あなたもよ。あなたなら、すぐにわたしに追いついて追い越すことだってできるわ。だって、本気を出したあなたほど手強い相手はいないと思っているから」


 お姉ちゃんのその言葉に、どういうわけか目頭が熱くなった。


「追い越すなんてヤダよ。お姉ちゃんはいつでもわたしの前を堂々と歩いていて、輝いていないといけないの。お姉ちゃんはわたしの憧れなの」


 そう言うわたしに、お姉ちゃんはニコリと微笑んだ。


「もちろん、わたしだって簡単に追い越されるつもりはないわ。だから早く追いつきなさい。いつでもあなたより一歩先にいて、待っているから」


 スポーツではお姉ちゃんの記録に追いつく気がしなかったけど、お姉ちゃんのその言葉にもしかしたら音楽だったら、という気にさせてくれる。


「わたしにできるかな?」

「あなたならできるわ。わたしが嘘を付いたことあった?」


 お姉ちゃんは隠し事はするけど、嘘を付いたことはない。きっと嘘を付いたらすぐにばれるに違いない。


 わたしは頭を左右に振った。


「ないけど、わたし……」


 お姉ちゃんの言葉を信じたいけど、わたしはお姉ちゃんに追いつく確実な自信が持てないでいる。


 そんなわたしの様子を見て、お姉ちゃんは顎に指を当て、「そうね」と口にしてから続けた。


「じゃあ、わたしが嘘を付かないって証明してあげるわ」

「証明?」

「わたし、今度のコンクールの本選で一位を取ってみせるわ」


 その自信に満ちたお姉ちゃんの顔を見て、わたしは思わず息をのんだ。コンクールで一位になるって、トンデモなく難しいことだ。お姉ちゃんなら可能かもしれないけど、確実性がない。


「一位になったら、わたしが嘘を付かないって証明になるでしょ?」

「つまり、わたしがお姉ちゃんに追いつけるって言う証明になるってこと?」

「そう。あなたは間違いなくわたしに追いつけるわ」


 いくらなんでも、それを証明する為にコンクールで一位って、博打すぎないだろうか。


 わたしは眉根を寄せて呆れ顔になってしまった。


「わたしの人生がかかっているのに、もうちょっと楽に達成できるのにしない?」

「覚えておきなさい。わたしが一位を取るぐらい、あなたがわたしに追いつくことは簡単じゃないことよ」

「それぐらい難しいのに、お姉ちゃんはわたしが追いつけるって思ってくれてるの?」

「そうよ。わたしたちは天才姉妹でしょ」


 わたしの質問に悪戯っぽくそう答え、続けて、


「それに、わたしは嘘を付かないの」


 そう笑みを浮かべて答えたのだった。



 数日後のコンクール本選で、お姉ちゃんは宣言通り一位を取った。


 お姉ちゃんは嘘は付かない。


 お姉ちゃんはコンクールで一位を取り証明してみせた。お姉ちゃんはわたしがお姉ちゃんに追いつくことができると信じている。


 今度はわたしが証明する番だ。嘘を付かないお姉ちゃんを嘘つきにしないためにも、わたしはお姉ちゃんに追いつかないといけない。


 お姉ちゃん。わたし、やれる気がするよ。きっとお姉ちゃんに追いついてみせるよ。だから、お姉ちゃん。わたしの歩く道を照らしてよね。


 これでわたしたち姉妹のお話は終わりだ。


 この後の話はいろんな所から聞いていると思うだろうから、簡単に済ませようと思う。


 十一月に入り、わたしたち姉妹に運命的出会いがあった。


 出会った場所は、パソコン通信だ。


 お姉ちゃんにパソコンは似合わないかもしれないけど、前々から樺菜さんから誘われていたようだ。樺菜さんがパソコンを新調し、そのお古をわたしが貰い、わたしのお古をお姉ちゃんにあげたという流れだ。


 パソコン通信で出会った彼だけど、わたしたちに大きな影響を与えてくれる、そんな印象を受けた。


 その印象は正しく、その彼にお姉ちゃんとお父さんの関係を解決して貰った。


 そして、高校生活最後となる披露演奏会に、ついに念願のお父さんを迎えることができたのである。


 お姉ちゃんは三年の間、お父さんに音楽の道を進むことを認めてほしいと願っていたのだ。この披露演奏会はお姉ちゃんにとって最高の一日になったに違いない。


「ずっと前からおまえのことを認めていたさ」


 お姉ちゃんを抱きしめながら、お父さんがそうはっきりと口にしたのを聞いて、お姉ちゃんは涙を流していた。それは三年間、困難な道を歩んでまで聞きたかった言葉だったのだ。


 お父さんに抱きしめられながら涙を流すその姿は、美しいとさえ思えた。


 お姉ちゃんはこれで心置きなく音楽の道を進めるようになったのである。


 一方、わたしはどんな道を進むことになったかというと、当然、お姉ちゃんに追いつくために本格的に音楽を始めた。


 滝沢君に音楽の道に進むことを報告すると、飛び跳ねて喜ばれた。


 もう、滝沢君って大げさなんだから。


 そんな滝沢君に、


「滝沢君はわたしのためにコンクールに出るんでしょ?」


 そう言ったら、滝沢君は「えっと」と顔を赤くして言葉を濁していたけど、そんな滝沢君に笑顔でお礼をした。


「わたしが音楽の道に進むからって、コンクールに出るのやめるとか言わないでよ」

「言わないよ」


 苦笑して言う滝沢君にわたしはこう口にした。


「わたしもコンクールに出ることにしたよ」


 そう、部門こそ違うけど、わたしもお姉ちゃんと同じコンクールに出場することに決めたのだ。


 来年の高校二年の時に開かれる日本音楽コンクールのピアノ部門を目標に、音楽教室に通うことにした。


 ちなみに滝沢君が参加するコンクールであるが、日本音楽コンクールのホルン部門は三年に一度しか開催されないので、開催年は二年後の高校三年の時になる。そのため、まず日本クラシック音楽コンクールに出場するつもりで、自分のホルンで音楽教室に通っている。


 それから月日が過ぎ、わたしは今、青紫色のドレスを着て観衆の前でピアノを弾いている。


 出場しているのは披露演奏会だ。


 そう。コンクールの本選で一位にならないと出られない名誉ある演奏会だ。


 観客席ではお姉ちゃんと両親が並んで観ている。そこから少し離れたところに滝沢君と神坂さんがいる。その滝沢君は感慨無量の余り涙を流していた。滝沢君は本当に大げさなんだよね。


 でも、音楽の道に進むことを一番願っていた人だ。


「見たいんだよ。大観衆の視線を浴びて君が舞台の上で輝いている姿を」


 以前、滝沢君はそう言っていた。


 まさしく、滝沢君が見たかった光景が目の前に広がっていることになる。


 お姉ちゃんが満足そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。


「あなたなら、すぐにわたしに追いついて追い越すことだってできるわ」


 お姉ちゃんにそう言われ、その言葉を証明するために結果を出したのが、この演奏会だ。


 お姉ちゃんはこの言葉を証明するために、コンクールで一位を取ることを宣言し、結果を出した。


「わたしは嘘を付かないの」


 お姉ちゃんは嘘は付かない。


 お姉ちゃんのその言葉だけを信じて、ここまで登ってきた。


 今、わたしはあの時のように、お姉ちゃんと比べて自分が凡人だという気持ちはない。だって、コンクールで一位になったわたしは、やっとお姉ちゃんに追いついた気持ちがあるからだ。


 あの時、お姉ちゃんはこうも言っていた。


「簡単に追い越されるつもりはないわ。いつでもあなたより一歩先にいて、待っているから」


 その言葉通り、音大生となったお姉ちゃんは箔をつけるために海外のコンクールに参加して、ヴァイオリンのソリストとして知名度を上げている。


 お姉ちゃんは言葉通り、わたしより一歩先を歩いてわたしの歩く道を照らしてくれている。


 ある日、お姉ちゃんにこんなことを言われた。


「あなたにこれをあげるわ」


 そう言って持ってきたのは、お姉ちゃんの部屋に鎮座していたあの真鯉のぬいぐるみだった。


 お姉ちゃんが渚さんたちと行ったゲームセンターで手に入れた景品だ。UFOキャッチャーで数々のぬいぐるみを貰ってきてはわたしに押しつけるようにくれていたが、この初めて入手した真鯉のぬいぐるみだけ自分の部屋に飾っていたのだ。


 どうしたのか訊いたら、


「わたしにはもう必要ないものかと思ってね。わたしより、あなたが持っていた方がいいと思って」


 そう言った。


 既にヴァイオリンのソリストとして活躍しているおねえちゃんには、あの真鯉のぬいぐるみが竜に見えているのだろう。きっとあの鯉は激流を登りきり竜になったに違いない。


 お姉ちゃんからその真鯉のぬいぐるみを受け取り、自分の部屋に飾った。


 舞台の上でこうしてピアノを弾いている今、わたしの部屋で我が物顔で鎮座しているあの真鯉のぬいぐるみは竜に変化しているのかもしれない。


 演奏が終わり、わたしに向けて大きな拍手が鳴り響いた。観客席にいるお姉ちゃんも穏やかな笑みを浮かべて拍手をしている。


 この拍手の中で、わたしには今まで見えなかったものが見えていた。


 自分が何になりたかったのか分からなくて、未来の自分のビジョンがまったく見えなかったけど、今ならはっきりと見える。お姉ちゃんがヴァイオリンを弾く隣で、わたしがピアノで伴奏している未来だ。


 その未来に向けて、わたしはまだまだお姉ちゃんを追い続ける。


 約束するよ。近い将来、お姉ちゃんと肩を並べてみせる。


 わたしは嘘は付かないから。


 だからお姉ちゃん、わたしの歩く道を照らせるようにいつまでも輝いていてよね。


 だって、お姉ちゃんはわたしの憧れなんだから。


今回で「わたしと憧れのお姉ちゃん」の最終話となります。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


気まぐれで昔書いた小説を載せた勢いで、logシリーズを書いてしまいました。


この先、執筆する予定はないのですが、本編の「log」がスタート指定からおよそ1年間お付き合いしていただき、本当にありがとうございました。

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