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わたしと憧れのお姉ちゃん  作者: 小林弘二
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20.わたしの実力

 セッションの日にお姉ちゃんのバイト先を訪れた。


 いつもこのバイト先を訪れる時はお姉ちゃんの迷惑がかからないように、縁の太い伊達眼鏡とチェック柄のキャスケットのいつもの変装スタイルで訪れている。今日も例に漏れず同じ格好だ。


 既にお客さんがお姉ちゃんとケイタさんとともにセッションをしていたので、わたしはカウンター席に腰掛けた。


「今日はセッションするんだって?」


 そう訊いてくるマスターにわたしは頷いた。


「今日はよろしくお願いします」

「楽器は何にするの?」

「ピアノを弾こうと思います」

「じゃあ、飲物はカクテルでいいね」

「いつもありがとうございます」


 いつもお姉ちゃんのバイト先を訪れると、マスターがノンアルのカクテルを作ってくれる。口を使う楽器では飲物に気を付けないといけないので、気を使ってくれているようだ。


 しばらくしてお客さんのセッションが終わったらしく、辺りに拍手が鳴り響いた。お客さんが楽器の集まる舞台からテーブル席に帰っていくのに合わせて、バイト用の大人っぽいメイクをしたお姉ちゃんがこちらに歩み寄ってきた。


「あなた、今日は何の楽器を扱うの?」

「ピアノで行くよ」

「そうね。あなたのピアノは楽しい気分にさせてくれるからいいと思うわ」


 お姉ちゃんにとってわたしのピアノって、そんなイメージなんだ。そんな風に思っていたら、こんな思いもしなかったことを言ってきた。


「それなら、他の楽器はいらないわね」

「えぇ、お姉ちゃんたちも一緒にやらないの?」

「メドレーでいいから何曲かソロでやってから、最後にわたしも合わせて演奏するわ」


 お姉ちゃん、他人事だと思って無茶言って。仮にもここってクラシックバーでしょ。わたしが得意とするのはゲームやアニメの曲だよ。それでも、ここの雰囲気に合う曲を数曲選んできたけど。


「さぁ、そろそろいきましょ」


 お姉ちゃんに手を引かれて、わたしはピアノが鎮座している奥の舞台に向かった。その際、周りから拍手で迎えられた。


 お姉ちゃんに案内されるようにわたしはピアノの前に座ると、お姉ちゃんはわたしの顔をのぞき込むように腰を下げ、語りかけるように言った。


「自信を持って弾きなさい。あなたの演奏は誇れるものよ」

「お姉ちゃん……」

「いろんな楽器を上手に扱うあなたは、わたしの自慢の妹よ」


 わたしの顔に向かってお姉ちゃんの両手が伸び、


「今この時ぐらいわたしのことは気にしなくていいわ」


 そう言って、わたしの伊達眼鏡を外し、続けて被っていたキャスケットを取って自分の頭に乗せた。


 周りから「百合ちゃんに似てるな」「妹か?」とささやく声が聞こえる。


「あなたが防音室に籠もっていたのは知っているわ。あなたの実力、見せつけてやりなさい」


 確信に満ちた笑みを浮かべ、わたしから離れていった。


 お姉ちゃんはわたしの力量を理解し、確信に似た信頼をしているのだ。わたしはそのお姉ちゃんの信頼を裏切るわけにはいかない。


 わたしはピアノの鍵盤に両手を乗せた。


 わたしの実力、見せつけてやろうじゃない。


 大きく息を吸い込むと、両手の指が鍵盤の上を滑るように激しく踊り出す。


 ベートーベンの情熱的な激しいリズムの月光第三楽章だ。


 出だしからインパクトのある激しいリズムの曲に、周りはどよめき驚いたような視線がわたしに集まる。まさかこんな若い子が弾けるとは思っていなかったのであろう。


 この曲は超絶技巧曲とも呼ばれる難易度の高い曲だ。その理由はアルペジオと呼ばれる分散和音があり、それが難易度を跳ね上げる。


 七分近い曲だが、クラシックは専門外のわたしは印象的なサビ部分しか覚えていないので、この月光第三楽章をスタートにしたクラシックメドレーだ。


 続いて落ち着いたショパンのノクターン二番をちょっと挟んで、リスト編曲のシューベルト『魔王』に繋げる。


 この魔王は出だしから高速連打が印象的な曲だ。


 この高速連打は駆ける馬の蹄の音と、吹き荒れる風の音を描写していて、とても緊張感のある曲になっている。


 月光に魔王に、性格の問題だろうか、わたしはインパクトのある曲が好きだ。


 超絶技巧曲と呼ばれる月光第三楽章、英雄ポロネーズ、ラ・カンパネラは良く聴き、出だしだけでも弾けるようになればと昔からチャレンジしていた。譜面を見るのが苦手なわたしの曲の覚え方は、まず耳コピから始まる。その次に譜面を見てその差を埋めていくスタイルだ。


 印象的なクラシック曲を何曲か繋げ、シメは得意の幻想即興曲。激しい出だしに比べてしっとりとした中盤は強弱をしっかりと付け仕上げる。


 この生で聴くことが滅多にない難曲メドレーに、観客たちは興味深そうな驚いたような顔でこちらを見ている。


「若い子なのに月光の三楽章や幻想即興曲を弾けるなんて凄いな」


 そう小声で囁く声に混じって、「百合ちゃんも凄いけど、妹さんの方も凄いな」そう誉める声が聞こえた。


 このメドレーが終わると盛大な拍手で包まれた。


 インパクトの強いクラシックばかりが続いたので、最後にクラシックから離れて『戦場のメリークリスマス』をしっとりと弾く。


 その一音一音、しっかりと弾かれるメロディーに観客はうっとりと耳を傾けている。気持ちを乗せたいところには抑揚を付け、時にはわたしなりのアレンジを加える。


 曲の最後をしっかりと丁寧に仕上げると、拍手が響きわたった。その拍手の中で、サックスを持ったお姉ちゃんがやってきた。


「最後に一緒に合わせましょ」


 そんなお姉ちゃんに、何の曲をやるのと言わんばかりの顔を向けると、お姉ちゃんは早速サックスを吹き始めた。


 この出だしはルパン三世だ。それを聞いた瞬間に、わたしの指が自然と動いた。


 誰でも聴いたことのあるアニメの名曲『ルパン三世のテーマ』を、ジャズアレンジして二人して披露する。


 このルパン三世のテーマは元々オシャレな曲だけに、ジャズとの相性が非常に良い曲だ。過去にコンサートでジャズアレンジされCDにもなっているものだから当然購入したし、姉妹で共有もした。


 そんなわたしたちの息ぴったりの演奏に、観客はノリノリで聴いている。


 ソロでピアノを弾いているのも楽しいけど、お姉ちゃんとこうして合わせるのはそれ以上に楽しく感じる。やっぱり、音楽をするならお姉ちゃんと一緒にやりたい。


 曲が終わると拍手喝采がわたしたちを包んだ。わたしたちはお互いに笑顔で顔を見合わせ、どちらともなくハイタッチをした。


 こうしてわたしのジャズバーでのセッションは終わった。


 このセッションが終わった後、マスターに「戦場のメリークリスマスを弾いた時、百合ちゃんとの出会いを思い出したよ」と、そう言われた。


 曲の抑揚やアレンジの仕方などが、その当時そっくりだったそうだ。


 アレンジはわたしアレンジのつもりだったけど、特にアレンジCDとかあるわけじゃないのに同じアレンジするなんてやっぱり姉妹だね。


クラシックの曲ばかりの中に突如現れる「ルパン三世のテーマ」。

一度ジャズアレンジを聴いてもらえればわかりますが、非常にジャズとの相性がいい曲です。

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