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わたしと憧れのお姉ちゃん  作者: 小林弘二
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19.進むべき道を探して

 それから幾つか歌ってトイレに立った後、部屋に向かって廊下を歩いていたら、各部屋から聞こえてくる歌声に混じって、ホルンの音色が聞こえた。その音のする部屋へ歩み寄り、ドアの小窓からこっそり中を覗いてみると、何と滝沢君がホルンを吹いていた。


「あれ? 滝沢君、どうしてここにいるの?」


 中にいるのが滝沢君だと知ったわたしは、勢い良くドアを開けてそう声をかけると、


「うわ! びっくりした!」


 と、大げさにびっくりされた。


「どうして霜川さんがいるんだよ」

「それ、こっちのセリフだから。何なら神坂さんもいるから」

「神坂さんもいるのか」

「ほら、せっかくだからうちらの部屋においでよ」

「えぇ!?」


 ホルンを抱えた滝沢君の手を引いて自分たちの部屋に戻り、「滝沢君を捕まえてきた」と神坂さんに声をかけた。


「あれっ? 滝沢君のバイト先って、もしかしてここ?」


 そう言う神坂さんに、滝沢君は「そうなんだ」と答えた。滝沢君と同じ高校へ通っている神坂さんは、彼がカラオケ店でバイトしていることを聞かされていたようだ。


「なんだ。滝沢君、今バイト中だったんだ」


 部屋は遮音性が高いし、休憩中に空いている部屋で練習できるから、ここでバイトしているんだね。


「滝沢君、せっかくホルン持っているんだし、わたしたちが歌うから伴奏してよ」


 そう言うと、滝沢君は明らかに迷惑そうな顔をして「マジかよ」とつぶやいた。


「滝沢君、ごめんね。小百合ちゃんの無茶ぶりにつきあわせちゃって」

「そこは止めようよ」


 こうして、わたしたちが歌い、それに合わせて滝沢君がホルンで伴奏する時間がしばらく続いた。globeのDEPARTURES、華原朋美のI’m Proud、安室奈美恵のDon't wanna cryなどを歌っている隣で、滝沢君がホルンで見事に伴奏している。


 わたしの無茶ぶりをこなしている滝沢君に、神坂さんはひどく驚いていた。


「滝沢君、凄いね。暗譜で弾けるんだ」

「曲さえ知っていれば暗譜で弾けるようになったよ」

「滝沢君だったらできると思ったよ」


 別に無茶ぶりでも何でもないのだ。毎日ホルンの練習を頑張っている彼なら、そろそろ暗譜で伴奏できる頃だと思ったのだ。


 一段落してソファーに腰掛けた滝沢君に、手を付けてない水の入ったグラスを差し出した。


「ほんと、上手になったよね」


 そう言って褒めると、滝沢君は頭をポリポリと掻いて、「照れるからやめてくれよ」と恥ずかしそうにそう言った。


「そう言えば、バイトを始めて何か欲しいものでもあるの?」

「自分のホルンが欲しくてバイトしているんだ」


 凄いなぁ。ホルンって五〇万ぐらいするのに、それを自分の稼ぎで買おうとするなんて。何だかそんな滝沢君が羨ましく思えてきた。


「そこまで熱が入るものがあって、羨ましいなあ」

「どうしたんだ、急に?」

「将来何になりたいか分からないんだって」


 それを聞いた滝沢君はちょっと眉根を寄せてこちらに顔を向けた。その顔はいろいろと言いたげだ。


「そんなことで悩んでいるんだ」

「そんなことって何よ」


 そう言ってからドリンクを一口含んで喉を潤す。


「だって、俺から見たら霜川さんは楽器を扱うセンスの塊だし、音楽の道へ進むのが一番だと思うからさ」

「わたしもそう言ったんだよ」


 やっぱり滝沢君も神坂さんと同じ意見のようだ。音楽以外で何か熱狂するものが見つかればいいんだけど、なかなか見つからないのよね。


「そう言う滝沢君は音楽の道へ進むの?」

「そうだな、進めるといいな」


 なんだ、滝沢君もはっきりとしてないんじゃん。


 わたしは笑みを作って滝沢君に向かって言った。


「熱心な滝沢君なら、きっとホルンを極めることができるよ」

「それはわたしもそう思う」


 神坂さんも頷いてみせると、滝沢君は満足そうな顔をして「そう言ってくれると、何だかその気になるよ」と言った。続けて、こんなことを言った。


「俺、コンクールに出ようか迷ってたんだ」

「コンクール?」

「霜川さんがそう言ってくれると、チャレンジしてもいいかなって思えてくるよ」


 滝沢君、お姉ちゃんと同じことをするんだ。


 何だか、一つのことに熱心になっている彼を見ると、お姉ちゃんだけでなく滝沢君ですら遠い存在になってしまう、そんな気がした。


「いけね!」


 滝沢君は腕時計を見て慌てて立ち上がった。


「休みの時間が過ぎてる!」

「ごめんね、滝沢君。わたしたちに付き合わせちゃって」


 神坂さんは申し訳なさそうな顔をして滝沢君を見送るべく立ち上がった。


 扉の前で立ち止まり、滝沢君はわたしを振り返った。


「将来について悩んでいるんだったら、俺たちより霜川さんの姉ちゃんに相談するといいよ」


 それだけを言うと、「またな」と言って仕事に戻っていった。


 お姉ちゃんから将来どうするか訊かれたのに、そのお姉ちゃんに将来のことを相談するって、堂々巡りじゃない。



 そう思いながらもその日の夜、リビングでくつろいでいるお姉ちゃんに相談してみることにした。


「あなたは楽器を扱うのが上手だから、音楽の道に進むといいんじゃないかしら」


 お姉ちゃんまでもわたしに音楽の道を薦めてくる。


「わたし、そんなに上手じゃないと思うんだけど」


 そんなわたしに、お姉ちゃんは口元に笑みを浮かべつつ、呆れたような顔をして、「あなたは自分のことを過小評価しているのよ」と言った。


「そんなに過小評価している?」

「そうよ。わたしばかり見ているからいけないのよ。周りにあなたより上手に楽器を扱う人がいた?」


 小さな頃からお姉ちゃんばかり見て、自分と比較してきた。お姉ちゃんと比べたら自分は月とスッポン。でも、周りと比べたらどうだろう。周りで上手い人と言えば滝沢君をいち早く思い浮かべたけど、ホルンに関してはやっと肩を並べるようになった印象だ。


「あなたは自分が思っている以上に上手なのよ」


 お姉ちゃんがわたしの実力を理解しているってことだよね。でも、たとえわたしがお姉ちゃんのように演奏して観客を楽しませることができたとしても、わたしが楽しめないことには音楽の道に進もうとは思わない。


「お姉ちゃんは音楽をしていて楽しい?」


 わたしのその質問に、お姉ちゃんはきょとんとした様子でこちらを見た。


「当然楽しいと思っているけど、あなたは楽しくないの?」

「楽しい時もあるよ。あるけど、持続しないのよね」


 そう言うわたしに、お姉ちゃんは顎に手を当てて「うーん」と唸った。


「あなた、次の水曜日にわたしのバイト先に来なさい」

「お姉ちゃんのバイト先に?」

「マスターに言ってセッションの予約取っておくから、あなた好きな楽器で演奏してみなさい」

「うわ。命令だ」


 思わず引き気味になったけど、お姉ちゃんは冗談でもなく本気で言っているようだ。


「きっと音楽が好きになるきっかけがあるはずよ」


 そう言ってお姉ちゃんはニコリと微笑んで見せた。


 こうしてお姉ちゃんのバイト先でセッションをすることになった。


 何の楽器で演奏するか考えたけど、数ある楽器の中で一番得意としているのはピアノだ。他の楽器だと大変な使用後の手入れもほぼなく、気軽に弾けるピアノは物ぐさなわたしにピッタリの楽器だ。そんなこともあり、ピアノは他の楽器に比べて圧倒的に付き合いが長い。それに、ピアノなら曲さえ知っていれば暗譜で弾ける。


 よし、セッションは得意なピアノでいこう。


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