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わたしと憧れのお姉ちゃん  作者: 小林弘二
13/22

13.バイト先を突き止めろ

 さて、ここに来て疑問がある。


 レッスンの帰り道、お姉ちゃんを付けてきた人物は誰なのかということだ。あの彼ではない。わたしもそこまで彼を敵対視していない。わたしは大人なのである。


 では、いったいお姉ちゃんを付けた人物は誰なのか。


 このことについて樺菜さんに相談してみると、「それっていつの話だ?」そう訊いてくるので、お姉ちゃんが付けられた日を伝えると、樺菜さんの口から「あー」と間延びした声が漏れた。


「それ、わたしだ」


 何と付けていたのは自分だと白状したのである。


「いったいどうして?」


 そう訊いてみると、樺菜さんはその理由を話してくれた。どうも、樺菜さんの家に出入りしている神田さんという方が、駅前でお姉ちゃんを見かけたそうだ。それがなんと観衆の前で何人かの奏者とともにジャズを演奏し、お姉ちゃんはそこでピアノを引いていたそうだ。


「その後、その楽器を持った連中とともに夜の街へ消えていったんだよ」

「そんな事あったんだ」


 お姉ちゃん、そういう事あったのなら教えてくれたら良いのに。


「その話を聞いた翌日に、百合にそのことを訊いたら、バイトを始めたって言うんだよ」

「バイト?」


 そういえば、お姉ちゃんはちょっと前にバイトを始めたと言っていた。何のバイトを始めたか訊いたら、「うーん」としばらく悩んだ後に「曲を奏でる仕事?」と疑問符を浮かべながら答えた。


 樺菜さんは続けて話してくれた。


「そのバイトのことを詳しく教えてくれなかったから、百合のヴァイオリンのレッスンの後に付けていったんだ」

「それで逃げられちゃったんだ」


 お姉ちゃん、駅まで走ったって言ったから、樺菜さんをまいたんだね。


「あいつは勘の鋭いやつだからな。完璧な尾行だと思ったのに走って逃げられたのを見て、追いつくのは無理だと諦めたよ」


 お姉ちゃんの走りに追いつける人はまずいないよね。


「じゃあ、わたしがお姉ちゃんのバイト先を突き止めるよ」

「まぁ、百合がバイト先を教えてくれなかったのにはワケがあるだろうから、もし突き止めて百合が口止めするようならわたしに話さなくていいよ」


 さすが樺菜さん。お姉ちゃんのことをよく知ってらっしゃる。


 その翌日からお姉ちゃんのバイト先を突き止める活動を始めた。


 お姉ちゃんのバイトは夜から始まる。教室でのレッスンがない日は七時頃からバイトへ向かう。自宅から尾行するには見つかる可能性は高いので、お姉ちゃんが教室でのレッスンがある日を狙って、駅前で待ち伏せすることにした。


 お姉ちゃんからわたしとバレないように、縁の太い伊達メガネにキャスケットをかぶり変装した。


 ヴァイオリン教室の最寄り駅を降りて駅前広場に出ると、樺菜さんが言っていた背の高いアップライトピアノが置いてあった。樺菜さんの口から駅前でお姉ちゃんがピアノを引いていたと聞いて不思議に思ったが、実際に置いてあるピアノを見て、あの話は嘘じゃなかったんだなと思った。


 せっかく目の前にピアノがあるのなら何か曲を弾こうと思い、ピアノの前に置かれた椅子に腰掛け、とりあえずジブリメドレーでも弾こうかと、まずはラピュタの「君をのせて」から始まり、となりのトトロの「さんぽ」、そして紅の豚の「狂気」と繋げた。


 そうしているうちに周りに人が集まってきて、わたしの演奏に聞き入っていた。お姉ちゃんもこうしてピアノを引いていたんだね。


 ピアノを引き終えると、二〇人ぐらいの観衆が拍手をしてくれたので、立ち上がって彼らに向かって頭を下げた。


「霜川さん、何やってるんだ?」


 声をかけてくれた人物を見てみると、あの一年の時に演奏会で知り合った滝沢くんだった。


「滝沢くんこそ、こんな時間にどうしたの」

「友達の家に行った帰りだ」


 滝沢くんの家はこの駅の近くなのかな? 滝沢くんはわたしの顔をまじまじ見て頭を傾げた。


「それより、なんだその格好」


 わたしは縁の太い眼鏡を下にずらし、上目遣いで彼を見た。


「変装」

「なんだそれ」


 滝沢くんはポリポリと頭を掻き、


「良かったら。そこのマックでも行かないか?」


 と指さしながら誘ってきたのでその方を見てみると、ビルの一、二階に入っているマックがあった。うん、あそこからなら駅前の通りを見渡せるから、ちょうど良いかも。


「いいよ。行こうか」


 一階でそれぞれセットを買って、二階の窓に向かうカウンター席に腰掛け、お姉ちゃんを待ちながら二人で喋っていた。


「部長になったんだよね。最近部活はどうなの」

「相変わらずだよ。それに、霜川さんがいたら君が部長だったよ」


 そんなことを話したり、


「神坂さんとはどうなってるの? 付き合ってるの?」

「そんなんじゃないって」


 なんて会話をしていると、「あれ、お前の姉ちゃんじゃないか」と滝沢くんが視線で示した。その方を見てみると、ヴァイオリンケースを背負ってこのマックの真下の歩道を駅の方に向かって歩いている。


 このままじゃ見失っちゃう。


 わたしは慌てて数口しか食べていないハンバーガーを頬張るが、変なところに入ってしまい、「ごほっ、げほっ」とむせてしまった。


 むせ返っているわたしを呆れて見ている滝沢くんが、わたしのドリンクを持って、「慌てて食べるなよ」と言いながら勧めてきた。


 それを受け取り、ストローを咥えると満足するまで飲み続ける。


 このままじゃ、見失っちゃう。


 半分残ったドリンクをトレイにドンと置くと、これまた半分も食べていないセット一式をトレイごと滝沢くんに差し出した。


「これ、あげる!」

「えっ!?」


 差し出されたトレイを見て驚いている滝沢くんに、「お姉ちゃんを見失っちゃう」と説明するが、「でも、今回は奢ったわけじゃないし」とわたしを引き止める。


 あー、もう早く行きたいのに。


「じゃあ、今度奢ってよ」

「えっ、あ、あぁ」

「じゃあね」


 そう言って滝沢くんと別れ、わたしは慌ててお姉ちゃんを追いかけた。


 店から飛び出し駅の方へ向かい、駅の構内へ向かう人々の中にお姉ちゃんの姿を探すが、見えない。次に周りを見回し、駅前を通り抜けて奥の方へ歩いていくお姉ちゃんの後ろ姿が見えた。


「見つからないようにしないと」


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