10 困惑
「…………と、いうわけで、だ」
思い出すだけでも自己嫌悪が加速するし、存在しない胃が痛むような心境だが……そうのんびりしているわけにも行かないだろう。
彼女たち『魔法少女』相手に大見得を切った以上、情けない姿を見せるわけにはいかない。
しかしながら……強大な戦闘力を誇る虎の子の『大鎧』は、諸般の事情により使用不可能。
背面装甲の交換は直ぐにでも完了するだろうし、別に『動かせない』というわけでは無いのだが……アレを出すとなれば、魔法少女達に捕まる可能性は極めて高いだろう。
それはさすがに面倒なので。
「あの『大鎧』以外に……何か無いか? 戦力増強できそうな何か」
『確認。艦長ニグより敵性非生物、分類『魔物』駆除の効率を向上させる施策が要求されたものと判断致します』
「それで合ってる。……お前も状況は理解してるだろう? 魔法少女連中のヘイトを買いにくいような、要するに『人間の敵』って見た目じゃないヤツで何か」
『回答。現状の戦力差に鑑みると、艦長ニグ同等の『惑星地球原生知的生物型地表探査機』の増産が妥当であると判断致します』
「あー…………成程な。この身体でも例の魔物相手取るには充分か」
『追述。製造に際し、艦長ニグ現機体製造時の各種数値を流用、工期の短縮が可能です』
「一度造ったノウハウが活かせる、ってことか。……良いね、それで行こう。直ぐに始めてくれ」
『了解。母艦ファクトリーへ主機動力を遷移、生産設備の稼働を開始致します』
さて、僚機の製造はスーに任せるとして……今私が注力すべきは、こちらだろう。
現在位置から3万メートル下方、先程【神兵】と【星蠍】の魔法少女と邂逅を果たしてしまった地点から、西へおよそ400キロメートル。
揚星艇外の高感度視覚素子が捉えたそこには、既に戦闘中と思しき魔法少女の姿。
戦闘そのものは優位に運んでいるようで、今更獲物を横取りしに行く必要は無いだろうが。
その周囲四方から……それこそ援軍のように押し寄せる、幾体かの『魔物』の影を、我々の目は捕捉している。
「……まぁ……別にアレらも捌けるようなら、それはそれで構わないか。……私は出てくる。ソッチは頼んだ」
『了解。ご期待に沿うことを御約束致します』
揚星艇の転送装置と意識を繫ぎ、転送先地表の三次元座標を入力。階差次元格納庫から愛用の長槍を取り出し握り締め、身体が解けていくに身を任せる。
国の組織が勝手に名付けた【イノセント・アルファ】の銘に拘りは無いが……その名が示すものを欲している人々が居るということも、また事実なのだろう。
せいぜい騙り、しかし意は汲まず、奴らを振り回してやろうじゃないか。
………………………………………
……などと偉そうなことを、つい先程まで考えていた私だったが。
いやはや、正直に述べよう。私はあの魔法少女の実力と……そして何より探知能力を、少々甘く見ていたようだ。
「もしかしてあなたって! あの、みんなが噂してる…………そう! 【アルファ】ちゃん!? そうでしょ!?」
「すっご! ホンモノ!? あたし初めて見た! ねぇねぇ【跳兎】ちゃん、これってすごくない? あたしたちが『おはなし』一番乗りじゃない!?」
「えっ、ホント!? わぁすごい! すごい! えっと、あれ! あれだよあの…………そう! 初体験だよ! 初体験! やったね【導犬】ちゃん!」
前衛と周辺警戒を務める【レポリス・ダンデライアン】と、純粋な後衛火力要員の【マイリア・オーキッド】の二人組。
確かにバランスの良い編成ではあるが、もし手こずるようなら介入しようかな……などと高みの見物を決め込んでいた私の目の前で、次から次へと魔物を片付けあっさりと完勝してみせ。
その後……私が潜むビルの屋上へとひとっ跳びで乗り込み、いとも容易く私を捕捉、そこからずっとハイテンションでまくし立てている状況である。
二振りの短剣を操る【跳兎】と、バズーカのような長杖を担ぐ【導犬】、両者の仲は非常に良好であるらしく。
二人が二人とも非常にテンションが高く、私こと【イノセント・アルファ】と遭遇したことを、さも嬉しそうにはしゃぎ回っている。
……この調子だと、恐らく【神兵】達に持たせたメッセージは、まだ届いていないのだろう。
届いていないのか、あえて届けていないのか。まぁ今回は先の現場と連続だったこともあるし、単純に届ける時間がなかったというだけか。……きっとそうだろう。
であれば、必要以上に敵愾心を煽るようなことはするまい。大前提として『魔法少女』達が戦うことそのものに反対であるとはいえ、彼女らと全面戦争をおっ始めたいわけでは無いのだ。
危なっかしい立ち回りで周囲をヒヤヒヤさせるならまだしも……彼女達の実力は、先程この眼で見せて貰った。嫌嫌戦わされているわけでも無いのであれば、あえて喧嘩を売るようなことはするまい。不干渉が妥当だろう。
……まぁ尤も、現状私の地雷と化している『保護』とやらを持ち出し踏み抜いたのなら、その限りでは無いが。
「今まではね、みんな『見たことはあるけどお話したことが無い』って言っててね、でも危ないとこを助けてもらった子はいっぱいいるし、わたしたちも『会ってみたいね〜』ってお話してたとこだったの!」
「そ、そう」
「そうそう! したらね、今日さっきのお仕事で、群れと戦い始めて、ちょっとしたときに【跳兎】ちゃんがね! ひとでも魔物でもない音がするって教えてくれてね!」
「あ、あぁ」
「【導犬】ちゃんも光の魔法で攻撃するし、アルファちゃんも光の魔法使っててすっごく強いから、勉強したいね、いっかい見てみたいねーって! ああでも、戦ってるとこ見れなかったけど、会えてうれしいです! 握手してください!」
「う、うん」
「やったー! ありがと! ……あっ、あとね、あのね、えっとね、…………その、一緒に、あの、……お写真」
「えっ?」
「……その、一枚だけ! 一回だけ! ……えっと、お守りの、ごりやくに……その…………だめ?」
「…………まぁ、一枚だけ……なら」
「「やったーー!!」」
……だが、予想外というべきだろうか。
彼女達二人は上部の指示があるのかないのか、私の『保護』に関する話題を、なかなか切り出して来ない。
矢継ぎ早にまくし立てられるまま、勢いと場の空気に流されるまま、仲良し二人に挟まれてスリーショットを撮られる結果となってしまった次第である。
兵士としての彼女達を肯定したくない気持ちは揺るがないが……上役からの指示に従順な先の二人よりも幼げで、純粋な好意と尊敬の眼差しを向けてくれる彼女らには、なかなかどうして強く出づらいのだ。
つい一時間そこら前には『二度と会いたくない』なんて言葉を吐いていた自分が、他ならぬ魔法少女の戦いをわざわざ出向いて覗き行為に及び……捕まるつもりは無かったとはいえ『お話』に付き合い、一緒に写真まで撮られ。
もしこの場に先の二人が居たのなら、先程の刺々対応との差を問い糾されてしまいそうだ。
……いや、本当に……何が目的なのだ、彼女達は。
くだんの『保護』を持ち掛ける訳では無いというのなら……この時間は、何だ。
私から情報を聞き出すわけでも、身柄を押さえるでも、任意同行を求めるでも無く……ただ単純に握手をし、写真を撮り、遭遇できたことを喜んでいるだけだと、本当にそれだけだとでも言うのだろうか。
「はー…………よしっ! ありがとねアルファちゃん!」
「い、いえ」
「よっしゃ、やる気出てきた! あたし明日からもっとがんばれるよ!」
「そ、そう」
「わたしだって今日からがんばれるし! ……じゃあ、そろそろ帰ろっか、【導犬】ちゃん」
「え、あっ」
「そうだね! 完了報告もまだだったし……じゃねアルファちゃん! 今日はありがとね!」
「は、はい」
最初から最後まで、機嫌良さそうなキラキラ笑顔を振りまきながら。
……結局、ただの一度も政治的干渉の気配を感じさせることなく、単純なるファンサービス(?)を享受するだけで、【跳兎】【導犬】両名はあっさりと引き上げていき。
「………………ぇえー……」
周辺被害も最小限に留められた市街地には……『保護を提示されたらキレるけれども、一切触れられないのもそれはそれで対処に困る』などという、冷静な第三者が居たのならば『面倒な奴』と評すること間違いなしな私こと【イノセント・アルファ】のみが残され。
今後の行動指針の抜本的な見直し……行きあたりばったりではなく、確固とした方針を定めなければなるまいなと、存在しないはずの胃の腑が痛む心境を味わうのだった。