ワンドの7(毎夜毎夜の甘い悪夢)
バシン、バシィン!
気の抜けたかぶと虫のような図柄の描かれた白い壁紙、一脚の椅子以外は調度品のない空間で、化け物が少女を苛んでいる。
化け物はまるで着ぐるみを着たように、顔面だけは肌色で、後は体色がほとんど赤い。残るは足先だけが顔とおんなじ肌色だ。
そして頭から生えた一対の角は、ぐりぐりとねじれて象牙のようにぼんやり白い。大きな瞳は肥大した満月のような黄金色、小さな口から飛び出てうごめく長い舌は、蛇のそれのようにぬめりと赤い。そのうえ尻からはにょろりと血染めのウナギのような細長いしっぽまで生えている。
そういう奇怪な化け物が、いたいけな水色のドレスの少女をさんざんに責め苛んでいる。出来損ないのホウキのような道具で激しくおしりを叩かれるたび、少女は泣きながら許しを乞うている。
「いたぁい! ごめんなさい! 許してください!」
「いいや、許さない。アマンダ、お前は本当に悪い子だ。パパとママに『弟か妹がほしい』とおねだりしておきながら、夜中に目を覚ましてパパとママの寝室に行って、お前の望みを叶えようと頑張っていた両親の邪魔をするなんて!
悪い子にはお仕置きだ! それ! これでもか! これでもか!!」
「いたぁい! いたぁい! ごめんなさい! ごめんなさいい!!」
* * *
……そんな、毎度の夢だった。
朝の陽ざしに目覚めたアマンダは、いつものように涙に腫れた目を拭った。それからベットサイドに置かれた、一体のぬいぐるみに目をやった。
ぬいぐるみは大きさこそ段違いに小さいが、夢の中に現れる化け物そのものの姿かたちだ。「感性が独特だね」と苦笑いで夫にいつも称される、アマンダのママが作った奇怪なぬいぐるみ。
アマンダは赤く腫れた目のまま、にっこりとぬいぐるみに笑いかけた。
「おはよう、カロータ!」
そうして物言わぬぬいぐるみのおちょぼ口にちゅっと可愛いキスをして、上機嫌でベットをおりて、朝のしたくを始めだした。今朝ものどかなスズメの声が、ちゅんちゅんとアマンダの上機嫌を彩っていた。
* * *
――そして、その晩の夢の中。
にこにこ顔のアマンダが、いつもの「ホウキの出来損ない」を両手に抱え、つくづく可愛くおねだりする。
「ねえカロータ! 今夜もいっぱい『お仕置き』して!」
カロータと呼ばれた化け物は、心底困りきった様子で「お手上げ」のポーズをしてみせた。
「……あのさあアマンダ? 神さまのみわざか、悪魔のしわざか分からんけどさあ? せっかくぬいぐるみのぼくと、ご主人の君、こうして毎晩夢の中で逢えるようになったんだからさ! もっと楽しいことしようよ!
……例えばさ、夜の君のパパとママみたいなこと、このぼくとしてみたくない?」
「あら? あたし毎晩あなたに『お仕置き』されるのが、楽しくて楽しくてしょうがないのよ!」
満面の笑顔で言い切る少女に、カロータは今度は本心から「お手上げ」のポーズをしてみせた。
いや、正直カロータが本当にしんどいのは、少女の異常な趣味ではない。
最初は本当に困っていただけの自分の感覚が、この頃いささかアマンダの趣味に寄って来ている……夜のたびに、夢で逢うたび、そう実感することなのだ。
(あーあ。これはやっぱり、ぼくが夢の中に生きられるようになったのは、悪魔のしわざかもしれないな)
そう想いながらも、カロータは思わず、そいつに感謝をしてしまった。
――そうして今夜も、夢の中では少女の悲鳴と、化け物のねっちりした責め声と、出来損ないのホウキでおしりを叩く音とが響く。
夜は、まだまだ終わらない。