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ワンドの1(嘘つきな火トカゲと頭の悪い女の子)

 昔々の大昔、この星のどこかに「楽園」と呼ばれる場所がありました。


 そこは今でいうジャングルみたいな所でした。南の島に生えるような植物が青々と生いしげっていました。


 そうしてそこには、一人の女の子がおりました。

 いや、正確には人間の女の子ではありません。一年中(さん)たまのような赤い実をつける大きな木……その木の精だったのです。


 木の精は周りの植物の精たちに、大変に可愛がられておりました。それこそジャングルのお姫様みたいに、ちやほやされていたのです。


 しかし、そんな日々も長くは続きませんでした。ある時、楽園にどこからか、一匹の火トカゲが迷い込んできたのです。


 火トカゲはその名の通り火を食らい、火を吐く赤いトカゲです。そのトカゲが赤い実の木の精に目をつけて、彼女にとんでもない嘘を吹き込み出したのです。


「ねえ君、気をつけなくちゃいけないよ。

 周りの植物たちはね、君にうまいこと取り入って、君の大事な赤い実を、全部食べちゃうつもりなんだ。


 君の赤い実は本当は、不老長寿のみょうやくなんだよ。だから周りの植物は、君の実を食べて不老長寿になったあげくに、その力でわさわさと君の周りに生い繁って、太陽の光を届かなくして、君を枯らしちゃうつもりなんだよ!」


 赤い実の女の子は、それを全部信じました。


 そうしてその白い肌にぴったりと赤いトカゲを張りつかせて抱きしめて、周りに敵意に満ちたまなざしを向けるようになったのです。


 さあ、こうなれば女の子は誰の言うことも聞きません。彼女が耳をかたむけるのはただ一匹ひとり、嘘つきな赤い火トカゲだけ。


 けれど火トカゲは、嘘つきなだけではなかったのです。彼は赤い実どころか、女の子そのものが食べたくて食べたくてしかたがなかったのです。


 不老長寿になりたいから? いいえ。彼は曲がりなりにも魔力を帯びた火トカゲですから、最初から不老長寿でした。


 火トカゲは初めて出逢った時から彼女のことが愛しくて愛しくて、文字通り食べちゃいたいくらい可愛かったのです。そうして周りの植物に邪魔されずに、思うさま彼女を食べたくて、彼女に嘘をついたのです。


 彼女はまんまとトカゲの嘘に引っかかり、見る間に巨大に変化した火トカゲに一口で食べられてしまいました。


 さあ、もう周りの植物は大憤慨だいふんがい! 今まで女の子本人ににらまれて動けなかった恨みも込めて、植物の精たちは寄ってたかってトカゲを散々にこらしめました。


 火トカゲは植物に攻められて、その魔法も使えぬままに、あっと言う間にざんに殺されてしまいました。……


* * *


「……それで、お話は終わりなの?」


 青年の話を聞いていた少女が、小首をかしげて問いかけた。青年はひょいと肩をすくめて、

「それで終わりさ」

と小馬鹿にしたような口調で答えた。


「ふうん……お馬鹿な女の子ねえ! 火トカゲの思惑に、全然気づけなかったなんて!」

「おもわく? 難しい言葉を知ってるねえ。そんなに賢い君だったら、火トカゲの嘘にも気づけたかもね?」

「もちろんよ!」


 自信満々に応える少女に、青年はまた肩をすくめて微笑わらってみせた。


「……さ、じゃあもう君のお家に帰ると良いよ。もう日が暮れて来たからね。

 あ、くれぐれも言っておくけど、僕の屋敷に毎日遊びに来てること、誰にも言っちゃあいけないよ?」

「うん! あなたは本当は良い人だけど、この辺じゃあ『危ないヒト』で通ってるもんね!」


 あっさり言い放つ女の子に、青年はかいそうにからから笑う。


「あはは! そうそう、『親の遺産を食い潰してる、おんぼろ屋敷に巣食う狂人』って! 『今はたまたま前歴のない変質者』って! 『犯罪がオモテに表れてない犯罪者』って!」

「本当にあんまりな言い方ね! あなたは『親が忙しくて、構ってもらえない』わたしのために、いつだって一緒に遊んでくれる良い人なのに!」


 青年はくくっとおかしそうにのど奥でわらい、


「さ、じゃあ誰にも見られないように、屋敷の裏口からお帰りよ」


と少女を優しくうながした。そうして内心でつぶやいた。


――まったく、馬鹿な女の子だ。

 たった今したお話は、僕と君のことなんだよ?


 僕は前世で火トカゲだった。君は赤い実をつける、可愛い木の精だったんだ。一回の生じゃ満足できずに、僕はいろんな意味で君をまるごと食べちゃうために、何十回も何百回も、転生しては君の前に現れるんだ。


 そうしてそのたび君は見事にだまされて、「良い人」を演じる僕にまるごと食べられちゃうんだよ。「頭の悪い女の子」って、まさに君のことなんだよ!


 そう心中で暴露して、青年はニタニタと笑みを浮かべた。

 粘つく笑みを浮かべる相手に、少女もにっこり笑い返した。笑いながら考えた。


――本当、お馬鹿な火トカゲさん!

 わたしが何も気づいていないと思っていて?


 わたしを食べたい火トカゲさん、わたしだって全部を思い出しているのよ。そもそもの最初はじめから、わたしはあなたを好きだったのよ。

 食べられたくて食べられたくてしかたがないわたしの気持ち、あなたは何度転生したら気づくのかしら?


 そうして愚かに恋する二人は、互いの気持ちを何も知らずに、ただただ笑い合っていた。


 さあ、本当に一体いつになったら、この歪んだカップルは互いの真実ほんとうに気づくのか。そうしていつか気づいたら、その時二人はどうするのか。


 屋敷の裏口からこっそり帰る少女の頭上に、赤い夕陽が照っている。


 その鮮やかな色彩は、不思議な赤い木の実の色を、また火トカゲの赤いうろこを思わせた。……

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