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16・塔(と「この国で一番偉い」女王様)

『高い所に住む者ほど偉い』

 これがこの国の鉄則だ。


 え? 「何て馬鹿らしい掟なんだ」って?


 そりゃあそうだ、ここは夢の中だもの! 生き物が見る夢ばかり集まって出来ている「げん世界」、夢の中の世界だもの!


 そうしてここは夢幻世界の「まやかしこく」、おかしな国ばかり集まって出来た世界の中でも、とびきりおかしな国なんだもの!


 ……ははあ、どうやら君、この世界に来たばかりだね?


 銀ぶちがねにTシャツ短パン……絵に描いたような少年の君は、転生したばかりかい?

 まあ大丈夫、どこの世界から転生してきても、この国の奇妙さにもすぐに慣れるさ。


 君、一つ覚えておくと良い。

 この国で「自分が一番偉い」と思っているのが、この国で一番高い塔に住んでいらっしゃる女王様なんだ。


 そうそう、本当はね、『高い所に住む者ほど偉い』って掟を大昔にこしらえたのが、その女王様本人さ。あの女王様はね、生まれつき塔と一体なんだ。塔のてっぺんから上半身が生えていて、下半身はないんだよ。


 え? そう、本当にないんだよ! 女王様は上半身っきり、塔のてっぺんから生えているだけの存在なんだ。言いかえればまあ、「女王様の下半身は塔そのもの」っていうことさ。


 そうしてまあこの女王様ときたら、傲慢ごうまんを絵に描いたような性格でね。


 こないだも塔の下からようやっと登ってきた白アリの王子に求婚されて、鼻で笑ってこう言ったんだ。


ね、ろう

 お前のようなせんな存在、たとえ王子と言えどもわらわに到底つり合うものか。とっととわらわの塔から降りて、地の下にもぐって木の根でもかじっているが良い!」


 そう言い放って、さも気持ち良さそうにころころ笑ってみせたのさ。


 でも女王様も馬鹿だねえ、この世界の白アリの恐ろしさを知らないんだ。

 夢幻世界の白アリってったら、「群れると恐ろしい生き物第一位」なんだって、女王は少しも知らないんだ!


 今ぼくの話を聞いてくれてる、君もよく覚えておくと良い。


 この世界の白アリは、木はおろか土も銀も黄金おうごんさえも食い荒らす、ある意味一番手に負えない生き物だって!


 そうしてあんなにじょくされた白アリの王子、もちろんただで済ます訳はない。


 今この「まやかし国」で一番高い塔の根元には、無数の白アリがたかっているんだ。そう、王子の命を受けて集まった、精鋭せいえいの食いしん坊たちさ。今この時も、白アリたちは塔の根元をすごい勢いで食い荒らしている。


 可哀そうな女王様は、何もご存じないんだよ。自分の下半身が足元から食い荒らされているっていうのに、痛みも感じずに「この世の春」をおうしている。


 もうじきだよ、もうじき塔は根元から折れて倒れるよ。その時の女王の顔が見ものだなあ!


 ああ、じゃあぼくもそろそろ行かないと。いくら精鋭の食いしん坊たちだって、部下に任せて王子のぼくがひとかじりもしないのはあんまりだからね!


 じゃあそこで見てると良いよ、頭の良さそうな少年君!

 塔と女王の権力が、根元からぽっきり折れて崩れるさまをね!


* * *


 そう言い残し、人型に化けていた白アリの王子は背中を向けて去っていく。


 その背を見送った少年は、つまらなそうに腕を組み、事のなりゆきを眺めている。


 やがて王子の後ろ姿は遠ざかって見えなくなり、ほどなく「この国で一番高い塔」は根元からぽっきり折れて、ものの見事に崩れ落ちた。


 少年が「ふん」とつぶやいて銀ぶちのメガネにちょいと触れる。と、メガネはいきなり望遠鏡になったみたいに、塔のてっぺんで泣きべそをかく女王の姿を映し出した。


 ふん、さすがに夢の世界だ、便利なもんだ。


 そう思いながら少年がなおも見ていると、横倒しになった女王のそばに、例の白アリの王子もいた。王子は勝ち誇ったように、腰に手をあてて笑っている。

 立っていた塔の根元からは相当な距離があるはずだが、そこは夢なので、瞬間移動もお手のものと言う訳か。


 そうして便利な夢の世界、少年には二人のやりとりもはっきり聴こえた。


「お、お願い! わたしが悪かったわ、白アリの王子様! 今までの非礼を許してちょうだい!」

「ふうん? 本当に悪いと思うんだったら、以前にお前がでっち上げた『鉄則』を改めてもらおうか。

『高い所に住む者ほど偉い』って馬鹿な決まりを改めて、『白アリの王子が一番偉い』って掟にね!」


 女王の泣きべそが明らかな怒りにさっと赤らむ。それを気づいた様子でいながら、王子は意地悪く笑っている。


「な、なにを……」

「嫌なの? あっそう。じゃあ良いよ、ぼくはこのままお前をうち捨てて城に帰って、お前が雨ざらし野ざらしになって、土だらけしわだらけに廃墟になっていくのを、遠くから楽しみに見ているさ……」

「い、言います! 改めます!」


 あわてて引きつった笑顔を浮かべた塔の女王が、どこからか大きなスピーカーを取り出して横倒しのまま宣言した。


「『まやかし国』の全国民に告ぐ! 今までの『高い所に住む者ほど偉い』との鉄則を改める!

 本日この時より、このまやかし国で一番偉いのは地を這い、木や土、銀から黄金までを召し上がる白アリの方々である! 中でもその方々をべる白アリの王子こそ、一番偉いお方である!!」


 宣言を聞いていた王子は「くっ」と小さく声を洩らし、腕を天に突き上げて綺麗な声のたけびを上げた。あやまたぬ勝利の叫びだった。


「ようし! それじゃあ女王、よく言えたごほうびにぼくのお城に引き取ってやろう。お前の上半身を塔からすっぱり切り離して、お城のてっぺんに飾るんだ。せいぜいありがたく思うが良い」

「あ、ありがたき幸せ……!」


 一連の出来事を眺めていた少年は、あきれかえって息を吐いた。


「――なんてこったい! 現実も夢の中も、これじゃあたいして違いはないや!」


 いやいや、実際少しの違いもない!


「理不尽な権力」を倒し、倒したものがまたも「理不尽な権力」と化す。腐りきったこのループ、現実とまるきり一緒じゃないか!


 そうしてほとんど無意識に、少年は自分の舌を探した。舌を噛み切って死んでやろうと思ったのだ。


 しかし、そう思って口内を探っても、舌はどこにも見当たらない。

 現実の世界のくだらなさに絶望して舌を噛み切って死んだ時に、舌をなくしたままだったらしい。


そしてさすがは夢の世界、「舌がないとしゃべれない」なんて常識も通用しないから、今まで舌の不在にも全然気づけなかったのだ。


「ああ、もう! 何てめちゃくちゃな世界だ! 夢の世界が素晴らしいなんて、どこの馬鹿が言ったんだ!」


 少年はやけになって「ダン!」と足を踏み鳴らした。

 そのとたん、きゅっと言って足の下で一匹ミミズが潰れた。すると何ということだろう、潰れたミミズは見る間にふくれて元どおりになり、けらけらわらい出したのだ。


――ああ、やれやれ! 今度の世界じゃ、好きに死ぬことも出来ないのか!


 少年は現実の世界で味わったより、深くふかく絶望して、でももうどうしようもないから、やけっぱちで笑みを浮かべた。


 その笑顔を見て、何を勘違いしたのだろう、足元のミミズが「ヒエッ」と叫んで必死になって逃げ出した。


 メガネ越しの視界の中で、横倒しになったままの元女王の王冠が、がねの光をどろりとにぶく放っていた。……

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