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2・女教皇(と白銀の塔)

 ……ねえ、ねえ。


 聴こえる? そこの旅人さん。ここよここ、あなたの目の前の「アリづか」よ。白銀を食べて、白銀で巣を造る、「白銀しろがねアリ」のアリ塚よ。


 ふふ、びっくりした? 急に頭の中に響くような声が聴こえて、しゃべっているのが目の前の大きなアリ塚なんて!


 でも大丈夫、わたしは魔物でも化け物でもないわ。ちょうどあなたの目の前の白銀のアリ塚くらいの背丈の、ただの小さな女の子なの。


 ……いえ、女の子「だった」と言うべきかしら? たしかにわたしは女の子だった。自分で言うのもなんだけど、かなり可愛い女の子だった。


 でも予想もしていなかった、まさかわたしが王子に求婚されるなんて! しかも相手は人間じゃない、白銀アリの王子だなんて!


 いえね、わたしがこうなる数日前から、その姿は見ていたのよ。


 それは綺麗な男の子だった。真っ白な髪、真っ白な肌に水晶みたいな透き通る瞳、その男の子は何も言わずに、少し遠くのかげから、わたしが友だちと遊び回るのを見ていたのよ。


 友だちはわたしに耳打ちしたわ。


「ぺルラ、あれはきっと魔性のものだよ。あの男の子は綺麗すぎる」

「あの男の子、あなたばかりを見ているわ! きっとあなたに恋したのよ!」

「ぺルラ、あの子と口をきくなよ。変に仲良くなったら、きっとお前は気を良くした化け物にさらわれてお嫁にされちゃうよ!」


 ああ、友だちの言うこと、素直に聞いておけばね! 今頃は何も変わらずに、当たり前の顔をしてお家でママのあったかいスープが飲めたんだわ!


 でもわたし、その男の子がひとりで、何だか気の毒になっちゃって……つい友だちのいない間に、こちらから声をかけたのよ。


「あなた、どこの子? 白い髪に透ける瞳が、とっても綺麗な子なのね、あなた! 誰も知らない宝石みたいね!」


 そうしたら男の子は白い頬にぽっと血の色を赤くのぼせて、いきなりわたしの手を握ったの。

 そうして次の瞬間に、わたしは見たこともない場所にいた。


 吊り下がったシャンデリアの灯りをしんしんと反射する白い壁、ひと足歩くとコツンコツンと、金属の音がする不思議な空間……。


 そうしてさっきの男の子は、まだわたしの手を握ったままだった。でもその姿は、本当にどこかの王子様みたいなかっこうで、わたしより十歳くらいも年上のお兄さんになっていた。


 そうしてそのお兄さんは、わたしの手の平にそっと口づけしてこう言った。


「初めまして、ぺルラ。私は白銀アリの第七十アリ塚の王子だ。


 君は覚えていないだろうが、数日前に君はアリを一匹(たす)けたろう? 友だちの男の子がお遊びで白銀アリを踏み殺そうとしていたのを、『そんなことはするもんじゃないわ』って、きつく叱って止めさせたろう?


 実はあの時の白銀アリが、この私……アルジェ王子だったという訳だ。

 あの時以来、私は君に熱烈に恋してしまった。だからぺルラ、君には私のきさきになる資格と義務がある」


 わたし、言葉が出なかったわ。 いくら王子だったって、なんて身勝手でワガママなひとなのかしら! だからわたし、プロポーズを断ってお家に帰ろうとしたの。


 そしたら王子は、いったい何て言ったと思う?


「すまない、君はもう人間の元には帰れない。


 君の体はもう私と、わたしの眷属けんぞくが食い殺した後なんだ。そうして骨ばかりになった君の体をいしずえに、もう特大の第七十一個目のアリ塚が、建設されている最中なんだ。


 君の魂はその新しいアリ塚の中に、こうして王子の私のそばに、大事にだいじにしまわれている。どうかして塚が壊れぬ限り、君の魂はついえない。

 だから君には、この私の妃になる以外道はない」


 わたし、もうどうして良いか分からなくなって、叫んだわ。泣いてわめいて、王子の胸を力いっぱい叩いたわ。


 でも王子は全く動揺しないで、とろけそうに甘い声で「大丈夫、私はお前を愛している」って繰り返し、くり返し、耳もとでささやくばかりなの。


 そのうちにわたし、何だかおかしくなってきてね。こんなに愛されているんだから、もう人間じゃなくなっても良いかなあ……なんて。そう思えてきてしまったの。


 だからね、通りすがりの旅人さん。

 わたし何も、救けてなんて言ってないのよ。ただ誰か、わたしの声が聴こえるひとを一人見つけて、一言伝えてほしかったの。


 あのね、もしあなたがわたしのパパとママに逢ったらね、


「あなたがたの娘さんは、遠くの方でとても素敵なお婿むこさんと、とても幸せに暮らしています」


ってね、ただそれだけを伝えてちょうだい……。


 ……ああ、あなた! 大丈夫よ、わたしはどこにも行かないわ。

 だってわたしの魂の居場所は、あなたのそばだけなんですもの!


* * *


 それきり、旅人の脳内には声が響かなくなった。


 目の前には小さな女の子の背丈ほどもある、白銀で出来たアリ塚が、しんしんと目にみるほど陽の光を反射している。


 旅人はふうと大きく息をつき、何も言えずに塚に背を向けて歩き出した。


 生まれついて幻聴や幻覚に悩まされ、治すすべを探す旅路だ。またいつもの幻聴なのか。そうでないのか。分からない。


 分からないから、旅人はそこから立ち去るしかなかった。


 しばらく歩くと、二三人の工具を持った男たちとすれ違った。彼らのうち一人は、勢い込んでこう言っていた。


「ほんとだぜ、本当! 本当に子どもの背くらい大きい塚があったんだ!

 白銀アリのそんな大きいアリ塚なんて、掘り起こして物好きな金持ちに叩き売りゃあ、十年遊んで暮らせるぜ!」


 旅人は、思わず彼らを振り返り……やはり彼らに背を向けて、とぼとぼと独り歩き出した。


 旅人の脳裏に、白銀アリのアリ塚の、しんしんとした白い姿が、ひょうのように輝いた。……

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