スイートピー~門出~ 3
エッジ視点です。
残酷描写・性的な描写があります。
短めです。
約束の日の午後、ようやく近づいてきたコディの気配の隣に感じたのは、十年経っても忘れられないほど禍々しい気配だった。
屋敷を飛び出すと、奴がコディの腿にナイフを突き刺す。
ほとばしる血に動揺したが、致命傷ではない。
会話をして隙を探りながら、なんとか助けようとしたが、俺を逃がそうとしたコディが奴に体当たりした。
「てめっ、おとなしくしやがれ!」
ワイリーがナイフをコディの背に突き立る。
かくりと力が抜けて倒れこみかけたコディを、ワイリーが襟首を掴んで止めた。
「コディ!」
「おっと、動くなよ」
駆け寄ろうとしたが、ワイリーが見せつけるようにコディの背に突き立ったままのナイフの柄を握るのを見て、足を止める。
「こいつはまだ生きてる。
だがこれを引き抜きゃあ、出血多量で即あの世行きだ」
「……っ」
ぎりっとにらみつけると、ワイリーは優越感に満ちた笑みを浮かべる。
「いいカオするじゃねえか。
俺はこの十年ずっとおまえのそのカオが見たかったんだ。
俺の従妹がよ、こいつの指導役だったんだよ。
こないだ久しぶりに会いにいったら、『気に入らない新人がいる』と愚痴ってたからよ、こいつを追い出す計画を手伝ってやったんだ。
うまくいったはずなのに、どっからか計画が漏れて、従妹は見習い騎士に格下げになっちまった。
腹いせにこいつん家に復讐してやろうと使用人を買収して探らせてたら、てめえの話が出てきて驚いたぜ。
名前は違うが、そのうぜえ色の髪と目は、ごまかしようがねえからなあ。
思わず祝杯をあげたぜ。
これで積年の恨みを晴らしてやれるってな」
まさかそんなつながりだったとは。
先日コディの手紙と荷物を早馬で届けに来た奴が、こいつの内通者だったのだろう。
コディの手紙が気になって、そいつと直接顔を合わせたことを後悔する。
「さて、今度こそ、てめえで腹をかっさばけ。
それとも、こいつが死ぬとこを見てえのか?」
言いながら、ワイリーはわずかにナイフを動かす。
あふれた血がコディのマントを赤黒く染める。
「やめろっ!」
「だったらさっさとやれよ」
「……っ」
にたにたと笑うワイリーをにらみながら、ゆっくりと左手で剣の鞘を掴む。
右手で柄を掴んで引き抜く陰で、鞘に仕込んだ細身のナイフを指先で抜いて投げた。
ナイフはまっすぐに飛んで、ワイリーの顔をかすめる。
「ぎゃっ!」
ワイリーが悲鳴をあげて、ナイフから手を離す。
同時に地を蹴って間合いを詰め、横薙ぎに一閃する。
ふっとんだ首は遠くに飛んで転がった。
切り口から鮮血をまきちらす身体を蹴り飛ばしながら、地面に倒れ込みかけたコディの身体を受けとめる。
「コディ!」
抱え起こした身体は冷たく、顔は青ざめていた。
ナイフを抜けば出血がひどくなる。
そのままにして抱き上げ、屋敷の中に運びこんだ。
「エッジ様? どうかし……ひっ!?」
老婆が血まみれのコディを見て卒倒したが、かまっている余裕などない。
与えられていた客間にコディを運びこみ、ベッドに横向きに寝かせる。
「コディ! 目を開けろ! コディ!」
何度も呼ぶと、コディはうっすらと目を開けた。
何か言おうとして、ごぼりと血を吐く。
傷が肺まで達している。
このままでは一時間ともたないだろう。
王都へ行けば優秀な医者もいるが、それだけの時間も体力もない。
もはや、死を待つだけに近い。
だが、コディを助ける方法が、一つだけあった。
「……コディ。
俺の、真名を呼べ」
耳元で囁くと、コディがびくりとして俺を見上げる。
「そのままじゃ死んじまう。
だから……俺の、真名を呼べ」
コディは唇を震わせ、かすかに首を横に振る。
「ダ……っ、……使、わな……っ」
魔法は、十五年使わずにいると効力を失う。
それをアンから聞いていたコディは、前回俺が魔法を使ったことにひどく罪悪感を抱いて、何度も謝ってきた。
俺自身は気にしていないのに。
「かまわねえから!」
叫んだ時、乱暴な足音が近づいてきた。
この屋敷にいる老婆も老執事も、あんな足音は立てない。
ワイリーの仲間でもいたのか。
剣は庭でコディを抱き起こした時に置いてきてしまったから、袖に仕込んだナイフを抜こうとして、手を止めた。
「おい、表のはワイリー……!?」
飛びこんできたのは、やはりアトリーだった。
ベッドに横たわる血まみれのコディを見て、息を飲む。
「……ワイリーがやったのか」
一瞬で事態を把握したようだ。
来るのは数日後だったはずだが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
コディもアトリーに気づいたのか、何か言おうとして、結局声にならずに咳きこむ。
あふれた血が、枕を赤く染めた。
「ぅ……っ」
「しっかりしろ」
口元を袖で拭い、耳元に顔を寄せて囁く。
「コディ、俺の真名を呼べ。
頼むから……!」
「真名だと。
おまえまさか」
アトリーが肩を掴んできたが、乱暴に振り払った。
「文句は後で聞く。
他に方法がねえんだ」
「だが……」
「こいつを死なせたくねえなら、出てけ!」
怒鳴りつけると、アトリーは俺とコディを交互に見て迷う表情をしたが、息をついて出ていった。
「コディ、頼むから」
コディの手を強く握り、何度も繰り返す。
「おまえを死なせたくねえんだ。
頼むから、俺の真名を呼んでくれ……!」
「……エ……」
小さく咳き込みながら、コディは声を絞り出す。
「……エド、ワード、シンプソン……」
途切れ途切れながらもなんとか呼ぶ声に、ほっと息をつく。
「コーデリア・トレヴァー。
俺とおまえの間に力を発動する」
魔法を使う時のきまりの言葉を言うと、額が熱くなり、銀青色の魔法の光が輝く。
血まみれの唇にそっとくちづけると、コディの身体も魔法の光に包まれた。
「抜くぞ」
そっと囁いて、コディの背のナイフを引き抜く。
あふれかけた血を塞ぐように傷にくちづけると、魔法の光が傷を覆い、血が止まった。
「すまねえ……」
コディの服を手早く脱がせ、腿の傷口にもくちづけると、やはり魔法の光が傷を覆う。
コディは既に意識がないのか、目を閉じたまま動かない。
「すまねえ……」
何度も囁きながら、身体のあちこちにくちづける。
そのたびに魔法の光が強まった。
俺が【交わる行為】の一端だと認識していることをすればするほど、魔法は効力を増していく。
コディの全身を強く輝く光が包んでいるのを確認して、ベルトを緩め前をくつろげる。
意識がないとわかってはいるが、傷に響かないようそっとコディの脚を抱え、ゆっくりと進めるとさらに光が増した。
根元まで埋めて動き出すと、傷口をひときわ強い光が包んで、治癒が始まった。
この光がどこから来るのか、何を基準に作用するのか、俺自身にもわからない。
だがいくつかの法則が確かにある。
それを調べる為に何人と交わらされたのか、おぼえていない。
最中に死んだ奴もいたが、十人で数えるのをやめた。
忌まわしいだけの力と記憶だったが、それが今こうしてコディを救うことに役立っている。
あの四年間を狂うことなく耐えぬいたことに、再び感謝した。
「…………っ」
熱を放って動きを止め、ゆっくりと身体を離すと、行為のせいで出来た傷を最後に癒して、魔法の光が薄れていく。
背中の傷も足の傷も完全に癒え、痕すら残っていない。
抱きしめた身体のあたたかさに、深く安堵の息をついた。
☆☆☆☆☆☆☆
服を整え、眠るコディの身体にこびりついた血を濡らしたタオルで拭き清める。
俺の服を着せて抱き上げ、コディの部屋に運んだ。
コディが留守にしていた間も老婆が毎日手入れしていたから、きちんと整えられている。
ベッドにおろし、楽な姿勢で寝かせて布団をかける。
穏やかな寝顔をしばらく見つめてから、そっと部屋を出た。
応接間に入ると、ソファに腰掛けて腕を組んでいたアトリーがじろりと視線を向けてくる。
「コディは」
「眠ってる。怪我は治した」
ゆっくりと近づき、二歩手前で止まる。
剣の間合いの内だ。
「……コディが言ったかどうかは知らねえが、俺の魔法の力の種類は、……【交わった相手の完全治癒】で、前にもあいつに力を使った」
ゆっくりと言っても、コディから聞いていたのか、アトリーの表情は変わらなかった。
「高潔であるべき白百合騎士団の騎士を、二度も穢した。
おまえが団長として俺を処罰するなら、甘んじて受けよう」
「…………」
アトリーは静かに立ち上がり、剣を抜いた。
首筋に当てられた刃を動かずに受けとめ、深い色の瞳を見返す。
「一つだけ、頼みがある」
「……なんだ」
「俺と外のワイリーの死体は人目につかないように処分して、コディには、俺はまた旅に出たと言ってくれ。
あいつは、自分を穢した俺でさえ心配してしまう、優しすぎる奴だから」
「…………」
首筋に触れていた刃が離れる。
アトリーの腕前なら、一瞬で終わらせてくれるだろう。
覚悟して目を閉じた。
「おまえは魔法者ではない」
剣を鞘におさめる音と共に聞こえた静かな声に目を開けると、アトリーはまっすぐに俺を見つめていた。
「入団試験は厳正に行われ、おまえはそれに合格した。
だからおまえは魔法者ではなく、退団したのは【一身上の都合】だ。
それが、近衛騎士団の正式記録だ」
確かに俺は入団試験に合格したが、魔法者であるかどうかは聞かれもしなかった。
応募資格に【魔法者ではない者】と明記してあるから、応募者は魔法者ではないという単純な考え方だったのだ。
普通の者が魔法者を見分ける方法はないに等しいが、魔法者には魔法者がわかる。
だから今では入団試験の時に王立研究所の魔法者の学者が受験者を調べるのだと、コディが言っていた。
その話を聞いて気づいた。
当時ワイリーがどうやって俺が魔法者だと知ったのかわからなかったが、おそらく魔法者の学者の誰かから聞いたのだろう。
とはいえ応募資格のない者が試験に合格していたというのは外聞が悪い。
だからワイリー達を返り討ちにした件ともども、内密に処理されたのだろう。
「……それでも、俺がコディを穢したことには変わりねえ」
うつむいて拳を握って言うと、静かな声が言う。
「コディがそう言ったのか」
「……いや」
「コディがそう思っていないのであれば、それは事実ではない」
「……だが」
「おまえはコディを穢したかったのか」
「違う。
俺は……あいつを死なせたくなかっただけだ」
「おまえもそう思っていないのであれば、やはりそれは事実ではない」
淡々とした言葉に、さらに強く拳を握る。
「だが俺は……穢れてる」
「誰がそう言ったのだ」
静かな切り返しに言葉に詰まる。
「……誰も、言わねえけど、それは、知らねえからで、俺自身は知ってる」
「おまえ以外の誰もが認めないのであれば、それは事実ではない」
「…………」
詭弁だとわかっていたが、強い声に反論を封じられて黙りこんだ。
「エド」
「っ」
久しぶりに愛称を呼ばれて、ぴくりと身体が震える。
養父が俺を愛称で呼んでいたから、こいつも同じように呼んでいたが、見習い騎士になってからは養父の家名で呼ばれていたから、俺もこいつを家名で呼ぶようになった。
思わず顔を上げると、アトリーは静かな表情で俺を見ていた。
「もし私がおまえの目の前で死にかけたとしたら、魔法を使うか?」
静かな問いに困惑する。
「……わからねえ」
「だが、コディには使ったのだろう」
「……ああ」
「ならば、それが答えだ」
「なんのだよ」
「それぐらい自分で考えろ」
そっけない口調は昔のままだった。
「コディが嵌められた件、ようやく黒幕がワイリーだと突き止めたらこの村に向かったと聞いて、馬を飛ばして来たんだが、間に合わなくて済まなかった。
詫びにもならないが、ワイリーの死体と後の処理は引き受けよう。
おまえはワイリーに殺されそうになったコディを助けただけで、正当防衛だから罪に問われることはないと、コディに伝えて、詫びておいてくれ」
「……わかった」
「コディと共に旅をすると聞いたが、たまには私の屋敷に顔を見せに来い。
地方や他国の動向を知らせるなら、情報料として酒ぐらいおごってやる」
それがこいつなりの気遣いだということは、俺にもわかった。
「……ああ」
アトリーはほんのわずか笑みを浮かべると、そのまま出ていった。