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スイートピー~門出~ 2

前半エッジ視点、後半コディ視点です。

短めです。

☆エッジ視点☆


 小さな村の小さな屋敷でコディを待つ時間は、今までの生活とは正反対の穏やかさだった。

 コディの母親の乳母で、嫁ぐ時も離婚されてこの屋敷に移った時もずっと付き従ってきたという老婆は、嬉しそうに俺にコディの母親やコディの話をする。

 幼いコディは今と変わらず素直で活発なこどもだったようで、話を聞くのは楽しかった。

「コディ様はお転婆でしたけど、本当にお優しい方だから、騎士なんて向いてないんですよ。

 辞める決心をしてくださって本当によかった。

 エッジ様のおかげですね」

 にこにこと笑顔で言われて困惑する。

「……俺は、何もしてねえ」

「ですが、コディ様は、決心がついたのはエッジさまのおかげだとおっしゃっておられましたよ」


 確かに、きっかけにはなったのかもしれない。

 だが俺がしたことは、本当は許されることではない。

 真名は人の生死をも左右する。

 なんらかの事情で知られた相手を殺した場合は、通常の殺人よりも罪が軽くなるほど、真名の持つ意味は大きい。

 アヤとコディが魔法を使うところを小屋の中から見ていて、風に乗って流れてきた声で偶然コディの真名を知った。

 使う気などなかったが、コディが毒矢を受けて死にかけていたあの時、死なせたくないと思った。

 初めて自分の意志で力を使った。

 勝手に真名を使ったうえに、俺の魔法に伴う行為は、貴族の令嬢ならば自ら死を選ぶほど屈辱的なことだ。

 それで後でコディに殺されたとしてもかまわないから、救いたいと思った。

 だがコディは、俺を責めも怒りもせず、逆に謝り続けた。

 力を使わせて申し訳ないと、つらい話をさせて申し訳ないと、嫌なことをさせてしまって申し訳ないと、泣きそうな顔で言った。

 その顔を見ていて、ふいに心が軽くなったような気がした。

 心を縛りつけてきた魔法への憎しみが消えた。


 今までずっと、他人を拒絶して生きてきた。

 同類のアンでさえ、近づかれると気になった。

 だがコディだけは、初めて会った時からそばにいても気にならなくて、身体に触れても平気だった。

 その隣で眠るとひどく心地よくて、生まれて初めてと言えるほど安らげた。

 なぜかはわからない。

 だがコディの気配はひどく穏やかで、あたたかかった。

 守りたいと思った。

 その優しすぎる心が傷つかないように守りたくて、強引に帰路の護衛を申し出た。

 コディは、とまどいながらも了承した。

 それが、俺の過去への同情と命を救われたことへの感謝からだとはわかっていた。

 どんな形でもかまわないから、そばにいたかった。


 それほど他人に執着したのは初めてだった。

 行き倒れていた俺を拾って剣を教えてくれた養父にも、口うるさく言いながらも友人として接してくれたアトリーにも、感じたことのない執着だった。

 なぜなのかは自分でもわからなかったが、それでもコディのそばにいたかった。

 戻る気のなかったオールドランドに来たのも、会う気のなかったアトリーに会うことにしたのも、コディが勧めたからだ。


 アトリーがどんな反応をするかは、少し怖かった。

 俺が最後に聞いたあいつの言葉は、『二度と顔を見せるな。もし明日以降に王都にいるのを見つけたら、私が殺してやる』だ。

 だがコディは、アトリーは今もまだ俺を友人だと思っていると言った。

 コディの言葉だから、信じた。


 コディと出会ってからまだ二十日あまりだが、その間ずっと一緒にいたから、離れるとひどく不安になる。

 本当はついて行きたかったが、俺が王都に入れば、アトリーにも、コディにも迷惑をかけてしまう。

 養父は実家から絶縁されて母方の姓を名乗っていたとはいえ、養子になった俺の素性が知られれば、養父の姪で俺と行動を共にしていることが多かったアトリーを攻撃しようとする者が出かねない。

 名門であるからこそ、敵は多い。

 ほんの少しの隙でさえ食らいついてくる。

 もしそうなれば、俺を連れてきたコディにも迷惑がかかる。

 そんなことは自分に許せなかったから、ここで待つと決めた。

 それでも、気にはなる。


 穏やかで静かな日々を、焦りと不安を感じながら過ごしていた。


----------------------------------------------


☆コディ視点☆


 三日間の休養の後、近衛騎士の任務に復帰した。

 といっても、私にできるのは王女殿下が住まわれる宮の周辺警備ぐらいだ。

 正騎士になってすぐ長期間留守にしたから、嫌味を言われることは覚悟していたが、意外にも何も言われなかった。

 むしろ遠巻きにされて、話しかけて来る者は誰もいなかった。

 指導役の先輩がやらかしたことが知れ渡っているらしい。

 必要最低限の事務的な会話のみのやりとりは、以前ならつらかっただろうが、辞めると決めた今はかえって気楽だった。

 それから二日後、異例の速さで国王陛下から騎士除名の儀式をしてもらえた。

 どうやら王女殿下が欲しがった【歌う石】の為に私が真名を魔法者に伝えなければならなかったということを、父親である国王陛下が憂いて、時間を作ってくださったらしい。

 儀式の際に、陛下から小声で『迷惑をかけた』とお言葉をいただいて、込み上げる罪悪感をこらえて深く礼をした。

 アトリー団長が内密に話を進めてくれたおかげで、父に邪魔されることなく、騎士を辞めることができた。

 更に、アトリー団長は『父親と交渉する際に見せるといい』と一通の手紙をくれた。

 ただ、まる一日の休みを取れるのは五日後になると言われたので、先に父と話をつけてエッジさんが待つトールマンの屋敷に向かうことにした。


 騎士寮を出る準備は事前にしてあったから、まとめた荷物を手に父の屋敷に向かう。

 偶然屋敷にいたから、早速面会を申し込んだ。

 父に近衛騎士を辞めたこと、家を出ることを告げると、予想通り猛反対された。

 だが国王陛下の署名入りの退団届と、アトリー団長にもらった手紙を見せると、しぶしぶながら認めてくれた。

 手紙に何が書かれていたのかはわからないが、読み始めたとたん父の顔が青くなって、最後には土気色になっていたから、中身は聞かないほうが身の為だと判断した。

 父は、二度と家に戻らないこと、家名を名乗らないことを条件に、かなりの金をくれた。

 普通に暮らせば一生かかっても余るぐらいだ。

 これで気兼ねなくエッジさんと旅をすることができる。

 金はばあやに預けておいて、あちこち旅して植物を採集して、時々都に戻ってこよう。


 近衛騎士を辞められたこと、父と縁を切れたこと、アトリー団長が五日後に来てくれること、私もこれからそちらに向かうことなどを手紙にまとめて、私物と手切れ金と共にトールマン村の屋敷に早馬で送った。

 この屋敷にも一応私の部屋があるが、見習い騎士になって寮に入る時に私物はすべて持って出たから、未練は何もない。

 寝込んだ父の寝室の前で形だけの別れの言葉を告げて、さっさと屋敷を出た。

 少しでも早くエッジさんに会いたかった。 


 早足で歩き続けたおかげで、王都を出て二日目の午前中には、トールマン村に着いた。

 村に入ってしばらくして、とある家の庭に咲いていたスイートピーが目についた。

 確か花言葉は【門出】だ。

 今の気分にぴったりだから、庭にいた村人に頼んで一輪もらった。

 痛めないようポケットに差して歩き出そうとした時、背後から声をかけられた。

「コディさん」

「はい?」

 振り向くと、一見村人のような服装の男がいた。

 だが、どこか爬虫類を思わせる笑みを浮かべた顔には、見おぼえがなかった。

「どなたですか?」

 男はにやりと笑って近づいてくる。

 右足をわずかにひきずっていた。

「俺ぁエッジの古いなじみのもんだ。

 あいつからあんたんとこの屋敷にいると連絡があったんでね、会いにいくところだったんだよ」

「……どうして私をご存じなんですか?」

「ああ、ここの村人に聞いたのさ」

「…………」

 確かに私はここで十二歳まで育ったから、村人のほとんどは知り合いだ。

 だが、特徴を聞いたぐらいで、私だとわかるだろうか。

 エッジさんから、アトリー団長以外に連絡するような知りあいがいるという話は聞いていない。

 それでも、私の屋敷にエッジさんがいると知っているなら、やはり知り合いなのだろうか。

「どうせ目的地は同じだ。一緒に行こうや」

「はあ……」

 曖昧にうなずいて、それでも速度を合わせて歩く。

 エッジさんに直接聞けば、男の言っていることが本当かどうかはすぐわかるだろう。

 男が何も言わないから私も黙って歩いて、屋敷に着いた。

 門を入って庭を進み、正面入口が見えるあたりまで来ると、エッジさんが中から飛び出してくる。

「あ」

 たった数日離れていただけなのに、ひどく懐かしく感じる。

 だがエッジさんはなぜか焦っているようで、顔色を変えて叫ぶ。

「コディ、そいつから離れろ!」

「え?」

 その瞬間、右足に激痛が走った。

「……!?」

 視線を向けると、ナイフが腿に突き刺さっていた。

 柄を握った男が残忍に笑い、ぐいっと柄をひねって引き抜く。

「ぅあっ!!」

 再び激痛が走って、膝から力が抜けた。

 地面に倒れこみそうになったが、男に襟首をつかまれて、膝をついた姿勢で止められる。

「コディ!」

「動くな。こいつがどうなってもいいのか?」

 冷たい感触が首筋に当たって、駆け寄ろうとしていたエッジさんがぎくりとして動きを止める。

「ワイリー……貴様、なぜここに。

 いや、そんなことより、なぜコディを傷つけた。

 貴族に手ぇ出して無事に済むと思ってんのか」

 エッジさんの咎める声に、男がせせら笑う。

「おまえが言うせりふじゃねえよなあ、ええ?

 十年前、貴族の俺を殺そうとしやがったおまえがよ!」

 では、この男がエッジさんを苦しめた張本人なのか。

 思わず顔を上げてにらみつけると、ワイリーはじろりと私を見下ろす。

「ああ? なんだその目は。

 俺様にたてつくんじゃねえよ!」

 押し当てられていたナイフが首筋を滑って、わずかな痛みが走る。

「やめろ、そいつに手出すなっ!」

 エッジさんが蒼白になって叫ぶ。

「うるせえ! 俺に命令すんなっ!!」

 叫んだワイリーは再びナイフを私の喉元に押しつける。

「こいつの命が惜しいなら、ゆっくりその場に膝つきな」

「…………」

 エッジさんはワイリーをにらみながらも、言われた通りに膝をつく。

「よし、んじゃてめえの剣で自分の腹かっさばけ」

「! ダ、メだ、エッジさん……!」

 思わずもがいて立ち上がろうとしたが、ワイリーに腿の傷口を蹴られ、激痛に意識が飛ぶ。

「やめろっ!」

 エッジさんの叫び声に、なんとか意識が戻るが、身体に力が入らない。

「なら、さっさとやれよ」

「…………」

 エッジさんは険しい表情でゆっくりと剣の柄を掴んだ。

「ダメ……!」

 気力をふりしぼって、ワイリーに体当たりするようにしてしがみついた。

「エッジさん、逃げて……!」

「てめっ、おとなしくしやがれ!」

 どんっと背中に衝撃が走り、かっと胸が熱くなる。


 すうっと視界が暗転して、意識が途絶えた。

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