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スイートピー~門出~ 1

この章は、コディ視点とエッジ視点が交互になるため、1話ずつが短めになります。

 国へと戻る道すがら、エッジさんと色々な話をした。

 といっても、話すのはほとんど私だった。

 こども頃から植物観察が好きだったこと。

 母と一緒に菓子を作ったこと。

 野山で珍しい草花を探すのに夢中になっているうちに迷子になって、母に泣かれたこと。

 父の屋敷に連れていかれてからの窮屈な生活のこと。

 近衛騎士団の入団試験で面接の順番待ちをしていて寝てしまい、アトリー団長に叱られたこと。

 エッジさんはどことなく楽しげな表情で聞いてくれた。

 時々はエッジさんに話をねだった。

 諸国を放浪していて見かけた珍しい動物、不思議な食べ物、国によって違う風習。

 エッジさんは博識で、静かな低い声で語ってくれる話はわかりやすくて楽しかった。


 行きは一ヶ月近くかかったが、帰りは十日ほどで、オールドランド王都近くのトールマン村に着いた。

 先輩が作った予定表通りに一番大きな街道を使い、できる限り宿に泊まっていたせいで、日数がかかっていたらしい。

 エッジさんが教えてくれた細い街道を通り、二回ほど野宿しただけで、ずいぶん早く着いた。

 二人だけの時間が終わることを、少しだけ寂しく思った。

 トールマン村は、大きな湖の周辺に貴族の別荘がいくつもあり、王都から馬車で一日で着く為、夏の避暑地として人気があったが、今の時期は村人しかいないから静かだ。

 私が十二歳で暮らした屋敷が、ここにある。

 母の死後も、母の乳母だったばあやと、その夫で執事をしていたじいやが二人で屋敷を守ってくれていた。

 私が見習い騎士の試験に受かった時に、騎士団の事務員から『正騎士になりたいなら、実家や縁戚からの利便供与に応じないと対外的に示す為に、実家を出て自分の屋敷を持っておくように』と言われた。

 それぐらいの覚悟と経済的余裕がないと、王族の近くに(はべ)る騎士を利用しようとしてくる数多の誘惑をはねつけられない、とみなされるらしい。

 これ幸いと父に交渉して、トールマン村の屋敷を私のものにしてもらったが、二日以上の休みをもらえなかった都合で、訪れることはできなかった。

 今回の旅の途中で寄った時には、二人とも大喜びで迎えてくれた。

 一泊だけして旅立ったが、別れの間際まで危険だとひどく心配されたから、エッジさんと二人で訪れると、前回以上に歓待された。

「エッジさんは、私の命の恩人なんだ。

 しばらくここにいてもらうから」

 エッジさんの世話を頼むと、寂しい暮らしに張りあいができたとまた喜んで、二人では食べきれないほどの夕食を用意してくれた。


 夕食の後、客間で改めてエッジさんと話をする。

「アトリー団長に、エッジさんの魔法のことを話してもかまいませんか?」

「ああ。おまえに任せる」

「ありがとうございます」

「……本当に大丈夫なのか?

 自分で勧めたことだが、近衛騎士を辞めるってのは、大変だろう。

 そのうえ家まで出るとなると、父親は怒るだろう」

 エッジさんは心配そうに言う。

 私自身不安を感じてはいたが、決心は変わらなかった。

「大丈夫だと思います。

 アトリー団長は、きちんと話せばわかってくれる方ですし、近衛騎士でない私は父には意味がありませんから、すぐに勘当されると思います。

 あの家には未練も執着もありませんから、それで縁を切れます」

「……そうか。

 だが、無理に事を運ぼうとするなよ。

 なるべく穏便な方法を探せ」

 心配してくれるのが嬉しくて、笑ってうなずいた。

「はい。ありがとうございます」


 屋敷で二泊してから、一人で王都に向かった。

 心配したエッジさんは、先輩と合流する隣町の宿まで同行すると言ってくれたが、大きな街道を通っていけるし、人通りも多いから大丈夫だと説きふせた。

 エッジさんと一緒だと、つい頼って安心してしまう。

 父とはひとりで戦わないといけないのだから、気を引き締める為に、半日ほどとはいえ一人旅を選んだのだ。

 だが、宿には先輩達はいなかった。

 かわりに、『王都に戻り次第、できる限り早く面会に来るように』というアトリー団長の手紙が残されていた。

 宿の人の話では、私が出てから数日後に王都から迎えが来て、先輩達は連れていかれたらしい。

「アンさんとエッジさんの予想通りか……」


 エッジさんを交えてアンさんと【歌う石】の価格交渉をした時に、二人に言われたのだ。

『貴族に販売する時は、その家に忠誠を誓っている使用人の中で、引退または辞めようと思っている人と魔法を使うようにしてたわ。

 そして、私に払うのと同じ額をその人に払うかわりに、魔法を使った当日に解雇して、二度と屋敷に入れないことを条件にしたの。

 そうすれば、私がその人の真名を悪用したとしても、【歌う石】を買った貴族に手出しできないから。

 もちろん悪用する気はないけど、それをわかりやすく示す為に、そういう条件にしてたのよ。

 だけど、その条件を知ってるはずのダーシー侯爵が、近衛騎士のあなたに紹介状を書いたっていうのが、おかしく感じるのよね。

 もしかしたら、近衛騎士が行くと知らされずに、紹介状を頼まれたのかもしれないわ』

『そもそも、王女の為とはいえ、アトリーがそんなことを許可するとは思えねえ。

 アトリーが知らないうちに誰かが命じたんだとしたら、おまえかおまえの指導役を潰そうとしてんじゃねえのか。

 【歌う石】を入手するのを失敗したら密命を果たせなかったと批難して、成功したら真名を知られた奴を王族に近づけるのは危険だと主張すれば、どっちにしろ排除できる』


 先輩達がいなくなって、アトリー団長に呼ばれているということは、エッジさんの予想通り、アトリー団長は御存じなかったのだろう。

 思い返してみれば、自分で提出しなければならない長期外出届も『私達の分と一緒に出しておくから』と指導役の先輩に言われたし、旅に出ることを誰にも言うなと念押しされていた。

 密命だからだと思っていたが、アトリー団長に知られない為だったのかもしれない。

 だとしたら、狙われたのは私、なのだろうか。

「うーん……」

 私自身は狙われるほどのことをしたおぼえはないが、父が貴族達に嫌われているのは知っている。

 父を陥れる足掛かりとして、私が狙われたのかもしれない。

 だとしたら、私が自ら騎士を辞めることは、筋書きを描いた者の思惑通りなのか、想定外なのか。

 実家とは縁を切る予定だから、どちらでもかまわない。

 開き直ってすっきりした気分で、王都を目指した。


 徒歩だから二日かかったが、無事に昼前に王都に着いた。  

 まずアトリー団長に面会の申込をしてから、騎士寮で風呂に入り身支度を整える。

 王女殿下の近くに侍る職務は身だしなみも重視されるから、風呂がいつでも使えるのがありがたい。

 面会許可の知らせを受け取り、食堂で軽く食事をしてから、白百合騎士団の詰所に向かう。

 団長室に通されると、執務机に向かっていたアトリー団長はちらりと私を見て、向かいのソファセットを指さす。

「もう少しで終わるから、そこに座って待っていてくれ」

「はい」

 アトリー団長は、髪は私と同じぐらい短いがきちんと手入れされて艶があるし、女性的な体形と華やかな顔立ちで、淑女のマナーも完璧な公爵令嬢なのに、なぜか男性的な硬い口調と服装がよく似合う。

 口調と服装だけなら似たようなものなのに、私が『声変わり前の少年』と言われるのに対してアトリー団長が『男装の麗人』なのは、やはり胸部の豊かさの違いだろうか。

 それでいて剣術や格闘術は男性騎士よりも強く、史上最年少の二十三歳で団長に就任した実力者だ。

 ぼんやりとそんなことを考えながら待っていると、五分ほどで手を止めたアトリー団長は小さく息をついた。

 机から何枚かの紙を持ってやってきて、私の向かいに座る。

「待たせたな。

 早速だが、【歌う石】は、どうなった」

「無事入手できました」

 首から下げていた革袋を取り、そっと差し出す。

 アトリー団長は受け取った袋の口を開いて中身をちらりと見て、それを横に置いた。

「ご苦労だった。

 今回のことは、王女殿下が高位貴族の令嬢との茶会で話題に出た【歌う石】へ興味を示したことから、殿下へ献上する為にという口実で、君を罠に嵌める計画だったようだ。

 周囲には、献上品を探しに君が一人で旅立ったから、指導役ともう一人が連れ戻しにいった、と思われるよう情報操作がされていた。

 旅の途中で、何度か盗賊に襲われ、返り討ちにしただろう」

「あ、はい」

「そのうちの三回は、指導役達が金で雇った流れの傭兵に盗賊に見せかけて君を襲わせたものだった。

 君が全員あっさり返り討ちにするから、自分達はいったん戻って、君が帰って来るのを待つつもりだったらしい」

「なるほど……」

 行きは何度か盗賊に襲われたのに帰りでは全然出ないから楽だ、とエッジさんに話したら、『一人旅とはいえ、大街道を通っていて何度も襲われるのはおかしい』と言われたのだ。

 金で雇われた流れの傭兵と盗賊の違いがわかるほど盗賊に詳しくないから、気づかなかった。

「君の長期外出届が指導役から提出されていたことを不審に思い、戻ってきた二人を問いつめたら、すべて白状した。

 本来なら正騎士の位を剝奪し、処罰を受けさせるべきだが、君に実害がなかったことと高位貴族である実家が温情を願ってきた為、二人を見習い騎士に落として、見習いと同じ訓練に参加させて鍛え直すことにした。

 一年の訓練で見込みがなければ、今度こそ騎士を辞めさせる。

 それと、二人は自分達だけで計画したことだと言っているが、私にはそうは思えないから、裏を調査中だ」

 淡々とした説明は、ほぼ予想通りだった。

「わかりました」

「私が知らないうちに行われたこととはいえ、君に苦労をかけたことを団長として謝罪する。

 済まなかった」

 軽くではあるが頭を下げられて、あわてて腰を浮かす。

「あ、いえ、あの、止めてください! 団長のせいじゃないですから!」

 どうしていいかわからず、あわあわと手を動かしていると、頭を上げたアトリー団長は苦笑する。

「素直なのは君の長所だが、態度を取り繕えないのは騎士としては短所だ。

 いかなる時も冷静でいられるよう心がけろ」

「……はい」

「話は以上だ。

 長旅で疲れただろう。

 今日を含め三日の休暇を与えるから、身体を休めるといい」

「ありがとうございます。

 あの」

 いったん言葉を切って、深呼吸してから、まっすぐアトリー団長を見つめる。

「あの、二人きりで、お話したいことがあるんです。

 もう少しお時間いただけないでしょうか」

「……いいだろう」

 アトリー団長が軽く手を振ると、その背後に影のように控えていた従者が一礼して出ていった。


「それで、話とは何だ」

「……はい」

 心の中でもう一度話すべきことを整理する。

 まず自分の話からした方がいいだろう。

 心を決めて、アトリー団長をまっすぐに見つめて言った。

「近衛騎士を、辞めさせてください」

 率直に言うと、アトリー団長は軽く眉を上げる。

「今回のことは、君の責任じゃない。

 むしろ【歌う石】を見事入手してきたのだから、王女殿下から褒賞がくだされるだろう。

 真名を知られたことなら、相手が殺傷能力のない〈歌う魔法者〉であることから、危険性はないと判断している。

 複数の刺客を三回も返り討ちにしたことで実力も十分証明されているから、私は君を王女殿下の近くに侍る班に抜擢したいと考えている」

「えっ」

 処罰はされないだろうと思っていたが、褒められるとは思ってもみなかった。

「……ありがとうございます。

 ですが、私は、今回の旅で自分の心の未熟さを痛感しました。

 先程アトリー団長に指摘された通り、いついかなる時でも本心を見せず態度を取り繕うのは、私には無理です」

 貴族ならこどもの頃から教えられ、当たり前にできることらしいが、十二歳まで田舎者として育った私には、無理だった。

「辞めて、どうする」

「家名を捨てて、植物学者になりたいと思っています」

「…………」

 じっと私を見つめたアトリー団長は、小さく息をついた。

「わかった。手配しておく。

 ただし、手続きに一週間はかかるぞ」

 あまりにもあっさり承諾してもらえて、拍子抜けした。

「なんだ」

「……あ、いえ……簡単に許していただけたので……」

 おそるおそる答えると、アトリー団長はわずかに目元を和らげる。

「君が騎士に向いていないことぐらい、入団試験の時からわかっている。

 それでも君が騎士でろうとするなら、手伝うのが私の務めだと思っていたが、家名を捨てる覚悟があるなら別だ。

 自分で選んだ道を生きればいい」

「……ありがとうございます」


 ほっと息をついて、もう一つの話を切り出す。

「……今回の旅の途中で、知り合った人がいるんです。

 流れの剣士なんですが……アトリー団長をご存知だそうです」

 人払いはしてもらったが、どこから話がもれるかわからない。

 エッジさんには何の責任もないが、アトリー団長の立場に影響することを心配していたのは気づいていた。

 だからあえて名前は出さずに言うと、アトリー団長はいぶかしげに私を見る。

「十年前に王都を離れて以来、戻ってらっしゃらないそうなんですが、……王都の外でなら、会っていただけますか?」

「……!」

 アトリー団長は目を見開いて私を見つめていたが、やがてゆっくりと息を吐いた。

「……今、どこにいる」

「トールマンの村の、私の屋敷で待っていただいてます。

 『二度と王都には戻らないと約束したから』、と」

「……妙なところで律儀なのは変わっていないようだな」

 つぶやく表情は懐かしそうで、ほっとする。

「……アトリー団長は、あの人の魔法のことを、どこまでご存じでしょうか」

 そっと問うと、ぴくりと表情がこわばる。

「……あいつが魔法者まほうしゃだということだけだ。

 魔法の種類は知らない」

「私は教えてもらいました。

 アトリー団長に話すことは、あの人の許可を得ています。

 あの人の魔法は、……『交わった相手の完全治癒』です」

 エッジさんから聞いた過去をそのまま伝えると、徐々にアトリー団長の表情が険しくなっていく。

 話している私自身も苦しかった。

 『道具』として育てられて、扱われて、売られて、ただひたすら『実験』させられた。

 それは、どれほどの傷をエッジさんの心に残したのだろう。

 『いっそ狂えた方が楽だっただろうな』と、いつだったか言っていた。

 そう言った表情があまりにも静かだったから、泣きたくなった。

「……魔法者であることをうちあけられなかったのは、そんな自分を軽蔑されるのが恐かったからだと、言ってました」

「…………」

「隠していることの罪悪感を感じながらも近衛騎士団に入団したのは、初めて自分が自分として受け入れられた場所を、受け入れてくれた人々を、失いたくなかったからだそうです」

 その中にはアトリー団長も含まれていたのだろう。

 初めての友人だと言っていた。

「……だから、もう一度きちんと話をしていただきたいんです。

 あの人の為にも。

 アトリー団長の為にも」

「…………」

 アトリー団長はしばらく考えこんでいたが、ふと私を見る。

「今回の任務で知りあったと言ったな」

「はい」

「君が王都を離れていたのは四十日ほどだ。

 そんな短期間で、よくあいつが自分の過去の話をするほど気を許したな」

「……それは……」

 自分の情けなさを告白するのは気まずいが、アトリー団長に嘘は通じないし、嘘を言いたくもなかった。

 覚悟を決めて、正直に言う。

「……ならず者の襲撃を受けて、私が死にかけたので、魔法を使って治してくれたんです。

 だから、話してくださったんです」

 多少は気を許してくれているとは思う。

 だが、アトリー団長のような特別な存在でないこともわかっている。

「…………」

 アトリー団長はしばらく考えこんでいたが、ゆっくりと言った。

「……トールマン村なら、馬を飛ばせば半日で着く。

 君の退団手続きが終わったら一日休みを取るから、案内してくれ」

「ありがとうございます」

 優しい表情にほっとして、頭を下げた。

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