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ハーデンベルギア~運命的な出会い~ 4

 目的の【歌う石】を入手できたから、翌日に出発することになった。

 夕食の後、ベッドの上にアンさんにもらった食糧などの荷物を並べ、荷造りする。

 何より大事な【歌う石】は、革で作った小さな巾着袋に入れて首から吊るすようにした。

 エッジさんは、隣のベッドに腰掛けて同じように荷造りしていたが、ふいに言った。

「おまえ、近衛騎士を辞めた方がいい」

「え」

 驚いて振り向くと、エッジさんはひどく真剣な表情で私を見ていた。

「おまえは優しすぎて、騎士には向いてねえ。

 なるべく早く辞めろ」

「…………」

「今回の任務がいい口実になるだろ。

 『魔法者に真名を知られた者が王族の近くにいて、万が一のことがあってはいけない』とでも言えば、辞められるだろう」

「……………………」

 エッジさんと向かい合うように座り直し、まっすぐに見つめる。

「確かに、自分でも向いてないとは思います。

 ですが、騎士を辞めたからって、何ができるわけでもありませんし」

「植物学者になりゃいいじゃねえか」

「……父が許してはくれません」

「父親に無理やり騎士にさせられたのに、義理立てする必要あんのか?」

 静かな言葉が胸に痛いのは、真実だからだ。

「……それでも、辞めるわけにはいきません」

 母と過ごしたあの屋敷と、母の墓を守る為に。

 エッジさんを見つめ、にこりと笑う。

「心配してくださって、ありがとうございます。

 ですが、私は、私がやるべきことを最後までやりたいんです」

「…………」

 エッジさんは諦めたように小さく息をついて、苦笑いを浮かべる。

「おまえらしいな。

 だが……無理はするなよ」

「はい。ありがとうございます」


 翌朝早くにアンさんの小屋を出発した。

 アンさんが許可をくれたから、森に入ってすぐエッジさんは強い殺気を放った。

 だが影響が少ないように範囲は狭くしたそうだ。

 それを歩く道々で繰り返したおかげで、今度は狼に追われることもなく無事に街道まで戻れた。

 黙々と歩いて、明日の朝には森の入口の村に着くところまで戻ってきて、休憩所で夜を迎える。

 今夜もまた二人きりだ。

 エッジさんと過ごす最後の夜だと思うと、不思議な感じだった。

 出会ってから十日あまりと短いが、その間ずっと一緒にいたから、もう何年ものつきあいのようにも思える。

「エッジさん。

 本当にありがとうございました」

 姿勢を正して頭を下げると、焚き火を挟んだ向かいに座るエッジさんはちらりと私を見る。

「……まだ村には着いてねえ」

「でも何度でも言いたくて。

 私一人では、きっとアンさんのところにたどり着くこともできませんでした。

 ありがとうございます」

「……金で雇われて、仕事をしただけだ」

 口調はそっけないが、それだけではないことぐらいもうわかっていた。

「それでも、助かりましたから」

「…………」

 エッジさんはなぜか複雑な表情で私を見て、だがすぐに視線をそらす。

「……水汲んでくる」

「あ、はい」

 水筒を手に休憩所を出ていく背中を見送って、軽く息をつく。

 エッジさんは、流れの剣士だ。

 あの村に定住しているわけではないらしい。

 近衛騎士でいる間は、こんな長旅はもう二度と出来ないだろう。

 また会える可能性は、ないに等しい。

「……寂しいな」

 なぜ、エッジさんともう会えないのが寂しいと思うのか、自分でもわからない。

 それでも、寂しい。

 再びため息をついた時、人の話し声が聞こえた気がした。

 一瞬エッジさんが呼んでいるのかと思ったが、複数のようだった。

 なんだか気になって、焚火から火のついた薪を一本取って松明代わりにして持ち、休憩所の外に出る。

 薪を掲げて左右を見回してみたが、闇が広がるばかりで何も見えない。

 気のせいかと戻ろうとした時、焦ったような足音と叫び声が聞こえた。

「伏せろっ!」

「え」

 駆け寄ってくるエッジさんの方を向いた時、反対側からひゅっと風を切る独特の音がした。

 矢だ、と思った瞬間反射的に身を投げ出すが、右の脇腹に痛みが走る。

 革鎧に矢が食い込んでいた。

 地面に倒れると同時に、右足の腿にも矢が刺さる。

「うぐっ」

「コディ!」

 駆け寄ったエッジさんが剣を抜いて続く矢を叩き落とし、私の横に膝をつく。

「抜くぞ」

「は、い」

 二本の矢が引き抜かれて、走った痛みを奥歯を噛んでこらえる。

 (やじり)を見て臭いを嗅いだエッジさんの顔色が変わる。

「……カイブリか」

 硬い声でつぶやかれた名には聞きおぼえがあった。

 山や森に生える草で、根をすりつぶした汁は猛毒だ。

 身体の痙攣や呼吸困難をひきおこし、やがて死に至る。

「……っ」

 息を吸いこもうとしたが、うまくいかず、ひゅっと喉が鳴った。

 手足の先がしびれ、がくがくと震える。

「しっかりしろ!」

 エッジさんは、私が落とした薪を近くに寄せ、革鎧を押し上げて傷口近くの服を剣で引き裂いた。

 傷口に口を付けて血を吸い出して吐き捨てる。

 再び口を付けようとして、はっとして振り向き、剣を握って立ち上がった。

「お、そっちには当たったか」

 松明を手に近づいてきたのは、森に入った時に襲ってきた、あの戦斧の男だった。

 背後には十人ほどの男がいて、二人が油断なく弓を構えている。

「まだ懲りてなかったのか」

 エッジさんの硬い声に、戦斧の男はせせら笑う。

「あたりめえだろ。

 アンが魔法者で、【歌う石】を作るってのは有名な話だ。

 その小僧はどっかの貴族のお抱え騎士で、それを依頼しにきたんだろ。

 だったら、【石】を奪って売りとばしゃ大儲けだ」

「……救いようがねえな」

「へっ、なんとでも言いやがれ。

 前は油断したが今度は」

 言葉の途中でエッジさんが動いた。

 瞬時に間合いを詰め、一閃で弓弦を射手の腕ごと切り落とす。

「ぎゃっ!!」

「な……!?」

 動揺する男達の中につっこみ、全員を一撃で倒していく。

 エッジさんの剣技をまともに見たのは初めてだが、私とは比べものにならないぐらい鮮やかで、容赦がなかった。

 だが、その動きをどこかで見たことがある、と思ったところで意識が途切れた。


☆☆☆☆☆☆☆


「……ディ、コディ!

 しっかりしろ!」

 何度も名を呼ばれて、うっすらと目を開ける。

 かすんだ視界にエッジさんの必死な表情が見えた。

「……ェ……」

 声を出そうとするが、喉が痙攣してうまく音にならない。

 手足の感覚もほとんどない。

 どうやら毒が全身に回ったようだ。

「コディ!」

「……エ……さ、ん……」

「なんだ!?」

 エッジさんが私の口元に顔を近づける。

「石、を、アトリ、団ちょ……に、わた、し……」

 言葉を絞り出すと、エッジさんの表情が歪む。

「……おねが……しま……」

「…………」

 エッジさんは目を閉じ、深く息をする。

 やがて目を開けると、強いまなざしで私を見つめた。

「コディ。

 俺の真名は、エドワード・シンプソンだ。

 呼んでくれ」

「……っ……?」

 人の本質を示すという真名は、家族にすら教えないほど重要なものだ。

 それを、なぜ今、私に言うのだろう。

「頼む。呼んでくれ」

「エ……?」

「エドワード・シンプソン、だ。

 呼んでくれ、頼むから……!」

 なぜかは、わからない。

 だが、すがるような声を無視できなかった。

 痙攣する喉に、力を込める。

「……エド、ワー、ド、シン、プソン……」

 エッジさんはほっと息をつき、強い声で言う。


「コーデリア・トレヴァー。

 俺とおまえの間に力を発動する」


 それは、魔法を使う時のきまりの言葉だ。

 かすむ視界の中で、エッジさんの額に銀青色(ぎんせいしょく)の光が灯る。

 魔法の光だ。

 なぜそれが、エッジさんに。

 エッジさんがそっと私にくちづける。

 なぜ、と何度目かに思うと同時に、身体が何かあたたかいものにふわりと包みこまれる感じがした。

 なんとか首を動かしてみると、全身が魔法の光に包まれているのが見えた。

「すまねえ……」

 エッジさんはつらそうな表情で私の革鎧を脱がし、脇腹の傷口にくちづける。

 そのとたん、唇が触れた場所を中心に熱が全身に広がった。

 魔法の光が強くなる。

「すまねえ……」

「……っ」

 毒の息苦しさと熱の強さに耐えきれず、意識を失った。


☆☆☆☆☆☆☆


 目を開けると、エッジさんの心配そうなまなざしがすぐ目の前にあった。

「……気分は? どこか苦しいところはあるか?」

 とまどいながら、小さく首を横にふる。

「いえ……」

「……そうか」

 エッジさんはほっとしたように息をついて、私から離れた。

 横の壁に背を預けるように座り、剣を手元に置いてうつむく。

 それを見ながら、ゆっくりと身体を起こす。

 休憩所の中だった。

 焚火の横で寝ていたようだ。

 いつの間に眠ったのだろう。

 頭がぼんやりして、うまく働かない。

 身体にかけられていたマントが滑り落ちて、革鎧を着ていないことに気づく。

 いつ脱いだんだろう。

 なぜか破れている右の脇腹に手をやって、ようやく記憶がつながった。

「……え……?」

 右の脇腹と腿に受けたはずの矢傷が、なくなっていた。

 息苦しさも身体のしびれもなく、まるですべてが悪い夢だったかのようだ。

 だが、服は引き裂かれていて、血が付いている。

「……エッジさん。あの……」

 どう言っていいかわからず、言葉が途切れる。

 エッジさんはうつむいたまま、何も言わない。

「…………私、毒矢を受けて、死にかけてましたよね」

「……ああ」

「……どうして、治ってるんですか?

 それに、……どうして、あんなこと……」

 真名を呼んでくれと言われたのは、魔法を使う為だったのだろうから、エッジさんも魔法者で、魔法で治してくれたのだろう。

 だとしても、あのくちづけは、どういう意味だったのだろう。

「……………………」

 深く息をついて、エッジさんはゆっくりと顔を上げる。

 痛みをこらえるような、ひどくつらそうな表情だった。


「俺は、俺も、魔法者なんだ。

 効果は、…………【交わった相手の完全治癒】だ」


 予想よりも衝撃的な言葉に、呆然と見つめると、エッジさんは目を伏せ、ぽつりぽつりと語る。

「……俺の家系は、長い間とある国の王宮で飼い殺しにされてた。

 表向きは侍従だが、実質は国王に何かあった時の治療の道具としてだ。

 十一になった時、同盟国に売られた。

 それから数年間、魔法の効果を調べる為にひたすら()()させられた。

 相手が女なら、男なら、子供なら、年寄なら、毒なら、怪我なら、病気なら、手足欠損なら、内蔵損傷なら。

 ……やってる最中に死んだ者も、何人もいた」

 淡々とした声がかえって苦しい。

 今の時代の魔法者は優遇されていると聞いていたが、そんな扱いを受けていた人もいたのか。

「十五の時に、その国が他国から攻めこまれた隙に、逃げ出した。

 だが一人で生きていけるはずもなくて、行き倒れてたところを、とある騎士に拾われて、剣技を教えてもらった。

 その人は、オールドランド国の元近衛騎士で、金獅子騎士団の副団長を務めたほどの腕前と家柄だったが、変わった人で、俺を養子にしてくれて、オールドランド国の近衛騎士団への入団を勧められた。

 今はどうか知らないが、当時のオールドランドじゃ魔法者は騎士にはなれなかった。

 だが、俺は魔法者だってことを隠してたから、断りきれなくて試験を受けて、合格した。

 ……同期で入団したのが、アトリーだ」

 その名前を口にした時、エッジさんの声がさらに暗く重くなる。

「俺の養父は、アトリーの母方の叔父で、剣の師匠でもあった。

 アトリーは、養父を実の父より尊敬してると言ってた。

 養父に『こいつの友達になってやってくれ』と言われて、養父の愛情を奪う俺を敵視しながらも、養父に頼られたことが嬉しかったようだった。

 俺は、故国でも売られた先でもずっと幽閉状態だったから、世間知らずで、アトリーは文句を言いながらもなんだかんだ世話を焼いてくれて、周りから『親友』だとか『恋仲』だとか言われてた。

 アトリーはそう言われるたびに嫌がってたが、俺は、友達なんかいなかったから、嬉しかった」

 ようやく思い出す。

 エッジさんの剣技は、アトリー団長に似ていたのだ。

 同じ人に師事していたなら、似ているのは当然だ。

「……正式に騎士に任命された後、俺の指導役になったのは、人をいたぶるのが好きな奴だった。

 当時の団長と縁戚だった立場を利用して、好き放題やってた。

 俺とアトリーにも目をつけて、何かと絡んできた。

 だがアトリーは名門貴族の娘だし、王妃専属の赤薔薇騎士団の所属になったから、手を出せなかったんだ。

 それで、どうやってか俺が魔法者だということを探り出して、俺を近衛騎士団から追放した。

 アトリーは、自分と叔父を騙していたのかとひどく怒って、『二度と顔を見せるな。もし明日以降に王都にいるのを見つけたら、私が殺してやる』と言った。

 ……生きていたい理由はなかったが、アトリーを人殺しにするわけにはいかねえから、『二度と戻らない』と答えたら、よけい怒った顔をして、そのまま去っていった」

 アトリー団長はきっと、怒っていただけではなくて、話してくれなかったことが哀しかったのだ。

 表面上は嫌がっていても、本当はアトリー団長もエッジさんを親友だと思っていたのだろう。

「王都を出た夜、俺を追い出した奴が仲間を連れて街道で待ち伏せしてた。

 何人か半殺しにして、お尋ね者にされた。

 その後、養父が俺を追ってきて、しばらく共に旅をしたが、盗賊に襲われて、俺をかばって死んだ。

 ……それから十年、約束通り一度もオールドランドには戻らずに、傭兵や案内人をやって生きてきた」

 深く息をついたエッジさんは、覚悟を決めた表情で私を見る。

「……助ける為とはいえ、勝手に真名を使って、そのうえ……穢して、悪かった」

 手元に置いていた剣を取り上げ、私の前に置いた。

「おまえの気の済むようにしてくれ」

 剣士が剣を差し出すのは、命を差し出すのと同じことだ。


 あまりにも衝撃の続く話に、混乱する。

 必死に情報を整理して、ようやく理解できた瞬間、胸の奥が苦しくなった。

「……申し訳ありません」

 深く頭を下げると、エッジさんは驚いたように私を見る。

「……なんで、おまえが謝るんだよ」

「使いたくない魔法を使わせてしまって、つらい話をさせてしまいました。

 申し訳ありません」

「…………おまえ、俺が言った意味わかってんのか?

 俺はおまえを……犯したんだぞ」

 苦しそうな声に、小さくうなずく。

「わかってます。

 私なんかとそういうことするの、嫌でしたよね」

 経験はないが、最低限の知識はある。

 見習い時代、同期の女性騎士は私を含め三人しかいなかったから、男女合同の訓練が多く、格闘術の訓練のたびに男性騎士達から文句を言われた。

 『抱き着かれても女だとわからないぐらい硬い』とか。

 『おまえみたいな寸胴体形、裸を見たとしてもその気になれないな』とか。

 『金をもらってもおまえとは無理だ』とか。

 こどもの頃から男の子と間違われ続けていたし、やたらと絡まれ身体に触ろうとされる同期を見ていたら、女扱いされない方が気楽だったし、なんと言われようと平気だった。

 だが、そこまで酷評される私とそういうことをするのは、まして無理やり実験としてやらされ続けた過去があっては、苦痛でしかなかっただろう。

 それでも、私を助けるために、我慢してくれたのだ。

「申し訳ありません……」

「……なん、で、おまえ……」

 呆然と私を見ていたエッジさんは、うつむいて強く拳を握る。

「……おまえ、優しすぎだ……」

「そんなことありません。

 ……エッジさん。

 私、思い出したことがあります」

「……なんだ」

「アトリー団長は、エッジさんのことを今でも友人だと思ってます」

 エッジさんはびくりと身体を震わせて顔を上げる。

「アトリー団長に以前言われたんです。

 『こいつだけには負けられないと思える相手を見つけろ。競う相手がいた方が成長が早い』と。

 でも私にはそういう相手がいなかったから、『アトリー団長にはそう思える相手がいらっしゃるんですか』と聞いたんです。

 そうしたら、遠い目をして、少しだけ微笑んで、『……いる。友人であり、好敵手であり、……目標だ』とおっしゃいました。

 『近衛騎士の方ですか』と聞いたら、『昔はな。今はどこかで流れの傭兵をやっているらしい。……隣国のレイクランドでなら騎士になれるだろうに。バカな奴だ』と」

 その時は『隣国でなら』という意味がわからなかったが、今ならわかる。

 レイクランドは、魔法者でも騎士になれるのだ。

「今度、王都に来てください。

 アトリー団長に連絡取りますから。

 王都の外れでなら、アトリー団長も会ってくださると思います」

「…………」

 エッジさんはうつむき、かすかに首を横に振る。

「……ダメだ。

 俺は、当時の近衛騎士を数人半殺しにしたお尋ね者だ。

 あいつに、迷惑がかかる」

「いいえ。大丈夫です」

「……なぜだ」

「エッジさんを追放した人は、エッジさん以外の人にも脅迫して金をゆすりとったり、訓練と称した集団暴行で死者を出したりと、あまりにも悪辣だったので、犠牲者の親の貴族達から圧力をかけられて、数年前に近衛騎士団を辞めさせられました。

 ですが、近衛騎士団内でそういうことがあったというのは外聞が悪いので、その人が入団以降に起こした事件は、すべて内密に処理されました。

 だから、エッジさんも追放ではなく『一身上の理由』の退団になっているはずですし、出ていく時の揉め事も、『騎士団とは関係ないこと』として処理されてるはずです」

 この話を聞いたのは見習い時代で、『そういう馬鹿がいたが、きっちり処罰されるから真面目に勤めろ』という教訓としてアトリー団長から教わった。

 今改めて思い返してみれば、おそらく処罰を主導したのはアトリー団長だ。

 当時は平騎士だっただろうが、内部事情を知る者でなければ、そして名門貴族でなければ、犠牲者家族をまとめあげられなかったはずだ。

 きっと、エッジさんが戻ってこれるようにしたかったのだろう。

 だから、エッジさんが王都に戻っても、アトリー団長に会っても、何も問題はないのだ。

「…………」

 エッジさんはしばらく考えこんでいたが、やがてゆっくりとうなずいた。

「……わーった。

 そのうち、アトリーに会いにいく」

「ありがとうございます。

 あ、でも、私の勝手で申し訳ありませんが、できれば早めに来ていただけますか。

 私が近衛騎士を辞めたら、アトリー団長と連絡を取りにくくなると思うので」

 エッジさんはわずかに驚いたような表情になる。

「辞めるのか」

「はい。決心がつきました。

 ……エッジさんに迷惑かけて、つらい想いをさせてしまいました。

 騎士失格です」

 もともと父が権力をふりかざしたおかげで合格できただけで、私自身にそれだけの能力はないことは、自覚していた。

 それでもがんばっていたつもりだったが、やはり私ではだめだったようだ。

「……俺のことを気にする必要はねえ。

 俺はおまえに金で雇われた。

 だからおまえを守った。

 当然のことをしただけだ。

 ……むしろ、死なせかけて悪かった」

「いいえ、敵の気配に気づかず、毒矢を避けることもできなかった私が悪いんです。

 それに……魔法を、使わせてしまいました」

 エッジさんに申し訳なくて、自分が情けなくて、うなだれる。

「……アンさんに聞いたんです。

 魔法は、十五年使わないでいれば効力を失うと」

 アトリー団長は今二十八歳だから、同期のエッジさんも同い年のはずだ。

 エッジさんが何年魔法を使っていなかったのかはわからないが、逃げ出した十五歳の時からならもう十年以上経っている。

 残りの年数の方が少なかったはずだ。

 もうすぐ解放されるはずだったのに、私のせいで、やり直しになってしまった。

「申し訳ありません……」

「……謝るな。

 魔法を使ったこと自体は、後悔してねえんだ」

 優しい声におそるおそる顔を上げると、エッジさんは、声と同じ優しいまなざしで私を見ていた。

「もしあのままおまえを死なせてしまってたら、俺は一生後悔した。

 おまえを救う力が自分にあったことを、初めて嬉しいと思った。

 だから……謝るな」

「……ありがとうございます」


 しばらくの沈黙の後、エッジさんが言った。

「近衛騎士を辞めて、その後どうするんだ?」

「まだ考えてないんですが……こどもの頃から、諸国を旅して各地の固有植物を調べてみたいと思ってたので、そうしてみようかなと」

「……なら、俺を護衛に雇わねえか?」

「え?」

「報酬は前払いでもらってる。

 期限はおまえが俺を必要としなくなるまででいい」

「え、と……」

 『報酬は前払い』という言葉に困惑する。

 アンさんの家への案内料ですら、まだ受け取ってもらっていないのだ。

「あの……前払い、したおぼえがないんですが、なんのことですか?」

「……この力を、恨むことしかできなかった魔法を、受け入れられるきっかけをくれた。

 だから、それで充分だ」

 そう言うエッジさんの表情は柔らかくて、拒むのは申し訳ない気がした。

「……じゃあ、とりあえずオールドランドの王都まで、一緒に来てもらえますか?

 その後のことは、近衛騎士を辞めてから、改めて相談させてください」

「わーった」

「ありがとうございます」

 ほっと息をついて、ふと外を見る。


 夜が明けようとしていた。

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