幽霊式いい子いい子~♪
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~!!!」
「どうしたんですか?イラつきすぎてやけになって居酒屋で生ビールを三、四杯飲んで酔いつぶれた挙句、なおイラつきすぎてまるでセイウチが唸ったような声を出して」
「うるせー!今日は嫌なことがありすぎたんだよ!!!」
今日という今日は一番許せないことがあった。簡単に説明すると、先輩がやらかしたことをなすりつけられ、挙句の果てに部長の大目玉を食らったわけだ。つまり冤罪で永遠と部長に怒られたのである。しかも誰も助けてくれないで哀しそうな目で俺を見ていたので大いに疎外感を感じた。クソッ、だれも仲間と思っていない同僚どもめ。俺の頭には『転職』の言葉がくっきり浮かんでいた。
「まったく、同僚の先輩に裏切られ、お偉いさんにこっぴどく怒られた、そんなところでしょうか」
「俺の心を読むんじゃねえよ!クソッ」
もう会社のことは考えたくない。俺に今できることは、愚痴を吐くくらいか。まったく、朝の空気が嘘のようだ。
「しかし、あたしとしては好都合ですね、この状況は。甘やかし甲斐がありますよ」
甘やかし甲斐があるって?
「甘やかす、だァ~?こっちの気分も知らずにのんのんと言いやがって。少しは俺の気持ちくらい考えやがれ!!!」
「それくらいあたしにもわかってますよ!俊介さんの精神力の弱さを見たら一目瞭然です!!!」
怒りながら俺の近くまで歩み寄る。しかし、俺はイラつきすぎて暴れだす寸前のところまで来ていた。精神の弱さを見破られ、やるせなかっただけなのかもしれないが。しかし、俺の頭は急に冷えることになる。
「ドンッ!!!!!!!!!!」
二人して体が跳ねた。隣からの壁ドンの圧によって一瞬の間静寂が訪れた。そして、自分を保つために深呼吸した。美緒も深呼吸した。
「ああっ、急に何もかも冷めた気がする」
「ですね。ですが、あたしが住んでた時にはこんな壁ドンされたことないですけどね」
頭も冷め、酔いもさめた。あとは寝るだけだろうか。疲れ切った体は一早くの休養を求めていた。
「さて、俺はもう寝る。疲れた」
「それはいいですけど、少しだけ私に時間をくれませんか。快眠につながるおまじないをかけたいので」
「おまじない?おまじないなんて効果があるのか?」
おまじないなんて非科学的で子供騙しなイメージがある。そんなものに期待していいのだろうか?
「効果はやってからのお楽しみですよ。私みたいに非科学的かもしれませんが、俊介さんがおまじないをかけられて損はありませんよ」
「……わかった、やって見せろ」
「では、目を瞑ってください」
言われた通り俺は目を瞑った。気配が再び俺の近くまで感じた。刹那、頭に誰かが触った感触がした。俺はすぐに美緒の手だと気付いた。感触は俺の頭を左右に往復する。つまり、俺は美緒に頭を撫でられていた。
「よしよ~し、いい子いい子♪」
「俺はガキじゃねえ」
「わるい子わるい子♪」
「そういうことじゃねえ」
「今日は一日大変だったでしょう。でも俊介さんは頑張りました。私は感じましたよ。いばらの道を進みながらも必死にあらがうあなたの姿を」
「……………」
「だからこそあたしは俊介さんに言いたいことがあります」
少し息を吸ったような音がした。そして、おそらく美緒は俺の耳元で囁いた。
「俊介さんはよく頑張りました。改めて、お疲れ様です!」
こつんと痛みが伝わる。目を開けると笑顔な美緒の姿があった。どうやら俺はデコピンされたらしい。美緒と目が合うや、にししと美緒は笑った。それはとてもかわいらしい姿だった。
「それ、昨日も聞いた」
「まあまあ、そんなこと言わずに。さぞ、お疲れでしょう。このおまじないは本当にぐっすり寝れるおまじないですからねっ!」
俺は部屋の照明を暗くした後ベッドで横になった。頭上からおやすみなさいという声が聞こえてきた。
「おやすみなさい」
結果、おまじないが効いたのか俺はぐっすり眠ることができた。
「よかった、上手くできて」
誰も聞こえない声はどこか安堵を含んでいた。