幽霊式登場!
「はあっ~」
夏の暑い日、俺、稲村俊介は長い溜息を吐いた。理由は簡単。俺は今猛烈に疲れていた。
誰もいない深夜の路地。歩いてきた駅前にはたくさんの居酒屋で威勢のいい声が辺りを轟かせていた。だが、そんな中俺は隣に誰もいない。そう、同僚も、友達も。
アルコールすらも入っていない。だけど不思議と酔っているように錯覚しているのは疲れている証拠なのだろう。そして、俺は怒りという感情を抑えながら帰途についていた。
思い出すだけでも腹が立ってくる。だれか聞いてくれ。俺は今イライラしてしょうがない。
俺の入った会社ではやりたい仕事に包まれていた。包まれていたはずなのだ。しかし、人間関係は、俺の場合最悪と言ってもよかっただろう。
東京の企業に晴れて就職し、やる気全開の俺に立ち塞がったのはとてつもない程の量の仕事だった。一つ一つ仕事を進めても、終わった時には次の仕事が二倍に増えて待ち構えている。この数か月、俺は何枚の書類を作っただろうか。
これが普通だと思う人もいるだろう。もっと俺らのほうが大変なんだと思われるだろう。ただし、部長の説教ほど苦なものはないと、今の俺は断言する。毎日毎日怒られてばっかりで、疲労はつくづく増すばかりであった。そして、今日は特にひどかった。
今日は作業が遅いと何回叱られただろうか。俺はイライラを募らせながら書類を書く。そして、気付けば終電ギリギリに退社する羽目になっていた。
今月の残業は何回目だろうか。もう数えるのはやめにした。終電に乗って、一人で駅前を歩いてみろ。目の前に見えるのは仕事終わりに気持ち良く酒を飲んでいるサラリーマンか大学生かカップルだ。クソっ…。孤独の俺にトドメ指すなよ。
ああ、俺はなんでこの会社についたのだろうか。もういっそのこと別の会社に『転職』してしまおうか。そんなことを考えていると、俺の住んでいるアパートが見えてきた。二階建てのボロアパートだ。
ミシミシと階段を鳴かせながら階段を上がる。階段を上がって一番奥の『205』と書かれた部屋が俺の家だ。そして、鍵を差し、一回転。鍵は開いた。そして、慣れた手つきでドアを開ける。刹那、生暖かい空気が俺に襲ってくる。俺は嫌悪感を覚え顔をしかめた。だから湿度の高い夏は嫌いなんだ。
ドアを大きく開ける。しかし、先ほどまでの嫌悪感は驚愕へと姿を変えた。電気の付いていない薄暗い部屋。ワンルーム部屋の中央には、白ワンピースを着た、長髪の、女性の、……ッ!
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
鍵は完全に締まっており密室。そして、見た目が若干透けている。俺は目の前にいるのが女性の幽霊だと確信した時には大声を上げていた。
「お、…驚かないで……くだ、さい」
たどたどしく幽霊は俺に語り掛けてくる。ああ、俺終わった。間違いなく終わった。これ、幽霊が俺の体を乗っ取ってくるパターンのやつだ。
俺の頭は白色に染まっていた。
「驚かないでください…。あたしは、あなたを襲ったり、、…しません」
襲う。これは絶対に襲ってくるパターン。騙されるな。油断したところで俺の体を乗っ取る気なんだ。
「あたしはあなたを襲うんじゃない。甘やかしたいんですっ!」
ほら、ね、言ったでしょう。って、え?今なんと?この幽霊今なんとおっしゃった?
「あたしは、あなたを甘やかしたいんです!」
ニコニコ顔でそういう幽霊を前に、俺は、「甘やかす!?」とだけしか言えなかった。