ロケ地
加納は地図アプリの有料オプションサービスに加入した。「ロケ地案内オプション」である。
任意の映画やドラマ、アニメの名前を入力すると、名シーンの場所へ案内してくれるというものだ。あれこれと場所を自分で調査する手間が省けるし、目的地に着くまで行き先が分からないという仕組みも面白いと思った。一方、例えば沖縄から北海道に案内されてはたまったものではないので、目的地までの距離だけは分かるようになっている。目的地が近付くにつれ「あのシーンのあの場所ではないだろうか」と考えるのも楽しみだ。ドラマや映画鑑賞に加えてドライブ好きな加納にはうってつけの機能だ。
早速、秋クールに視聴していたドラマを見終えると、年末年始に予定のない加納は、ドラマのロケ地ドライブをしようと決めた。サイコパスな人食い殺人鬼と犯人を追う刑事を描いたこのサスペンスドラマは、当初はあまり期待していなかったものの、結果的に今年の中で最も印象に残る作品となった。
話の中で起こる事件は都合が良すぎるきらいがあったが、この作品の醍醐味は二人の心理的駆け引きである。主人公である刑事が、犯人は自分がずっと信頼していた大学教授だと気付いたときの葛藤、最終的にこの世に絶望した二人が一緒に自殺してしまうところなど、儚さが素敵だった。人の死というものはあんなに華やかものなのかと加納は思ったほどだった。
「教えてマッピング、『無理心中』のロケ地」
加納が車に乗り込んでからアプリにそう話しかけると「二〇××年十月から十二月放送『無理心中』ロケ地が見つかりました。場所はここから約五十キロメートルです。行きますか?」と音声が流れた。遠すぎず近すぎず、ちょうど良いと思った加納はその場所に目的地を設定した。どのシーンのロケ地だろうかと加納はワクワクした。
ナビの道案内からして、車はおよそ南東に向かっているようだ。南東といえば、主人公が勤務していた警察署もあるし、殺人鬼の勤めていた大学もある。いくつか事件現場となった場所もあるはずだ。しかしそれらは悉くスルーされていった。
一時間半後、車は海沿いに辿り着いた。車を出てカーナビをアプリを終了し、加納は外に出た。
「ここだったんだ……」
潮風が気持ちいいこの場所は、最後のシーンで主人公と殺人鬼が身を投じた崖だった。この場所は『無理心中』だけでなく、あらゆるミステリーやサスペンスで、最後に犯人が追い込まれる場所としてよく使用されていることでも有名だ。ちょうど加納も一度は来てみたいと思っていた場所だった。
加納はワクワクして崖から下を見てみた。崖の上で潮風に当たる分には気持ちいいが、昨日は雨だったこともあってか、波が岩に激しく打ち付けられている。一般的な作品ではこの波しぶきをよく使用するが、この前のドラマではまるで穏やかな南仏のビーチを連想させるような構図で映していたから、先ほどまでまさかラストシーンがここだったとは加納も思っていなかった。
ふと加納が左側に続く崖に目をやると、柵を越えた崖っぷちに男が立っているところが見えた。何かの撮影だろうかと思ったが、周りに他の俳優やスタッフらしき人は見えない。まさかと思った加納は、思い切って大声を上げた。
「あのー、そこで何をやられているんですか」
最初はこちらの声など全く届いていない様子だった男も、加納が二、三度ほど声を掛けると加納の方を向いて「止めなるな!」と叫んだ。どうやら男は自殺を試みているようだ。
目の前で死なれてはたまらない。加納はとにかくこの男性の自殺を阻止しなければならないと考え、何でもない会話を試みた。
「今日は天気がいいですが、海はしけってますね」
「うるせえ!」
「危ないですから柵の中に戻った方がいいと思いますよ」
「うるせえ!」男性は頭に血が上っているのか、なかなか加納の言葉を聞き入れない。
「今日は何を見てこちらに来たんですか? 僕はドラマ『無理心中』を見てこちらに来ました」
すると今まで加納の方を見向きもしなかった男が、加納の方を向いた。
「俺もだ。あのドラマのラストが素晴らしかったから」
「奇遇ですね、僕もそう思っていたんですよ。どうですか、一緒にドラマについて語り合いませんか」
男性はキョロキョロした後、加納の説得に観念したのか柵を越えて安全な場所へ戻り、やがて歩いて加納との頃までやって来た。
「あんた、何で俺を止めた」
「そりゃあ目の前で死なれたら嫌ですからね。ここ、そういえばロケ地としてだけじゃなくて、自殺の名所としても有名でしたね」
「ああ。俺もドラマみたいにかっこよく死ねると思ったが、いざ目の前に来ると足がすくんでな。そんなときにあんたが来てくれて助かったよ」
男性は吹っ切れたような顔をしていた。加納も、命を救えたことに安堵していた。
それから数ヶ月後に加納はあることを知った。あのカーナビアプリオプション機能が、実はロケ地の中から自殺の名所として実績のある場所を優先して目的地として選び、自殺者とロケ地探索者を引き合わせることで、新たな自殺者が出るのを防ぐ機能を備えていると加納は知った。