私の(したかった)青春
思いつきで描いてみました
この気持ちを自覚したのはいつだったか。
僕は、彼女に恋をしている。
その人の名前は青葉令という。
クラスの中心にいる訳でもない、孤高という訳でもない。
どうしようもなく平凡に見える。
けど、僕は彼女に恋をした。何か違うものを感じた、と言うと、俗に言う電波になってる気がするけど、僕は直感は信じる方だ。
最初はその尋常ではない気配に興味を持っただけだった。だけど、少し観察する内に気がついた。彼女が何故眩しく見えたのか、その理由を。
彼女は高校生にあらざる程勤勉で、授業には師の教えをただ教授するだけでなく、短い隙間で問題集と暗闘していた。多分人付き合いも真面目なのだろう、放課の時、親友と見える人といつも談笑に興じていた。笑ってる顔がすごい可愛い。じゃない、兎に角、そんな実直な彼女に僕の心ははさながら蝶の様に惹きつけられていった。
なんでこんな事を考えているかと言えば、心の再確認などではなく、現実逃避だ。分かるように今の状況を端的に言おう。青葉さんと二人きりである。一緒にいるではなく、二人きりである。二人きりである。
最近、こんな事が増えた。あれはそう、心を偽りきれなくなってすぐの事、ゴールデンウィーク明けだったか。行動を共にする事が増えた。勿論同じ係、委員会に入りそうなる様に仕向けた事は否定できない。けど、そうではない、僕の努力ではなし得ない出来事があおつらえむきに次々湧いてくるのだ。
始まりは急遽決まった席替えだった。隣と知った時は狂乱する心を抑えるのに苦心した。ただ、これは始まりに過ぎなかった。
席替えが連鎖したのだ。同時多発席替えである。選択授業でも、実験室の席も果ては集会の順番までも、まるで玩具の様にこねくり回し、その度に僕は青葉さんのそばに落ち着いた。
さらに頼みごとをされるタイミングが重なる。一時期は酷く、全ての放課で二人して廊下を歩き回った時もあった。そして、今も。
青葉さんと話して見たい、声を聞きたい。でも、話しかけられない。今声をかけたらこの降って続く幸運が切れ、横に並んで歩く事もできなくなりそうで、怖い。
欲望と恐怖と、勇気と臆病とぐるぐる、ぐるぐる…
結局、窓から覗く紫陽花に顔を向け、長雨の音だけを耳に入れる事しかできない。
しかしそんな中でも目に入ってくる青葉さんの横顔が可愛すぎて、僕の脳を溶かしにかかってくるのだから、それは現実逃避もやむ負えないだろう。
「北上君。」
…いや、落ち着け、幾らなんでも幻聴は良くないだろう。夜更かしのしすぎがが祟ったか?
「北上君?」
「え?ああ、ごめん。ボーッとしてた。それで、何かあった?」
冷静に冷製に、落ち着け餅つけ。童謡を見せるな、フツウに接しろ、フツウニ…
大事ではなさそうだ、青葉さんはこっちに顔を向けず話を続ける。僕もならって歩きながら雑談する態勢へと構えた。ちらっと見た横顔と声で死にそう。
そして、青葉さんから出る話題は少々意外なものだった。
「うん、北上君って『UUO』やってる?」
「え⁉︎知ってるの⁈」
『ultra ultimate online』略して『UUO』と呼ばれるものは、数多くの辛口ユーザーに「悪いのは運営のネーミングセンスのみ」とまで言わしめた良ゲームである。
無論僕もやってる。ゲームが届いた初日から一週間、全てにおいて優先してやったんだ。次の週、反動で学校で爆睡したんだけど、寝不足に刺さるチョークは痛い。
言わずもがな最近の夜更かしもこれである。
「いや、前掲示板見てるのが見えちゃって。」
やった青葉さんに見られてた!
見られてたのスマホだけど!
「あーなるほど。」
「あのごめんね、覗き見した訳じゃないんだけど、見えちゃって…気になっちゃって…。」
しりすぼみになってく青葉さん、小動物だ、何か反省してる小動物だ。撫でたい、と、違う違うそうじゃない。
「いいよいいよ気にしないで。見えちゃったものならしょうがないし。うん、やってるよ。青葉さんももしかして?」
「ええ勿論。あのキャラメイクが可愛いくて…」
話が続いた、それだけでもう人生を全うした様な喜びに包まれている。今僕は、青葉さんとお喋りをしている、雑談している!
でも、そんな歓喜はおくびにも出さない。あくまで普通に話してるだけ。
人生で一番理性を使ったかもしれない。成る程、これが哲学か。
こうして、少々以外に僕達の交流が始まり、僕の夏が始まった。
幸運は僕達の仲が深まってから留まるどころか、ますます加速していった。
昼飯に友達の彼女と食うと言う地獄に渋々連れて行かれたら、実は青葉さんの親友で、四人で昼を共にする様になったり。
夏休みにプールに連れ出されて、青葉さんのその御姿を拝めたり。夏祭りを四人で回って、どさくさに紛れて手を繋いだり、花火を何故か二人きりで堪能したり。
ゲームのフレンド登録をして、馬鹿やって二人して時の人となったり。授業中に揃って寝落ちして二人してチョーク投げられたり。
文化祭の準備とかでも共に行動するのが当たり前になって、四人で回ろうと約束をした文化祭も、ドタキャンされて、二人で回る羽目になったり。
友達の都合で青葉さんの家に勉強会と称し押しかけることになったり、クリスマスに街に繰り出したり、プレゼント交換したり。初詣で青葉さんと良い仲になれる様にと青葉さんの横で祈ったり…
およそ恋愛小説にありそうな展開は一通りやって、新年を迎えた。青葉さんも嫌ってはない、と思う。自信はないけど、僕は直感は信じる方だ。
季節は、冬。もうすぐ二月と言うところ。
僕は一つ大きな決心をした。二月一日、そこで白黒を付けよう。
僕の学校では一年毎に組が振り直される。もし、桜の咲くまでに伝えられなかったら、この思いは行き場をなくして、枯れて、散ってしまうかも知れない。そんな恐怖もあった。
けど、一番の理由がバレンタインチョコを貰いたい、って言ったら笑われるだろうか。
今日は如月の名に恥じぬ寒さではあるけど、空は雲一片も見当たらない。
告白する場所は決めてある。別校舎、突き当たりの生物室だ。あそこは凡そ所用なければ誰も来ない。そして、今日はここを活動の場としている所は軒並み休みだ。教室からはその手前の廊下までしか見えない。
人目を忍ぶならこれ程好立地な所はないだろう。
呼び出しもゲーム内で行ったからバレてない、完璧だ。あとは、青葉さん次第。
引き戸の開く音、閉まる音。
大勝負が始まる。
「どうしたの?こんな人目のつかない所へ呼び出して。」
首を傾げる青葉さん。相変わらず可愛いすぎて何もかも飛びそうになる、がなんとか抑え込む。
「実は、聞いてもらいたい事があって。」
「何?改って。」
「僕の好きな人の話なんだけど」
彼女の言葉につい、食い気味で応えてしまった。驚いて一瞬固まる、その隙を逃がさない。畳み掛ける!
「その人は、いつも一所懸命で」
「その人は、笑顔が可愛くて」
「その人は、ちょっと幽霊が苦手で」
「その人は、場をいつも和ませてくれた」
多分彼女も察しは付いてる。突拍子もない、けど、有り得なくないその可能性に戸惑いを隠せていない。
でも、止めるつもりはない。
彼我の距離五メートル、長い様で短い『間』、駆け出したくなるのを抑えて、ゆっくり、歩き出す。
「その人といるだけで癒される、その人の声で元気付けられる」
四メートル
「その人の笑顔に惚れた、その人の雰囲気に魅せられた」
三メートル
「その人のことをずっと考える様になった。」
二メートル
「その人が、好きで好きで仕方なくなった。」
このまま飛び込みそうになるのを我慢して、止まる。
残り一メートル
手を伸ばせば届く距離。社会的距離を超えた距離。
風が吹く、何処か優しい風。冬の終わりを告げる風。
かき揚げられた前髪から覗く彼女の瞳は見開いていて、輝いて見えた。
「青葉令さん。君の事が、好きです。こんな僕で良ければ、付き合って下さい。」
彼女は二、三度瞬き、そして、綻んだ。
…どうやら、今年の春は幾分早く来るようだ。
「コングラッッチュレーーション!!」
「「!」」
いきなり声が響いた。この声は…まさか…
しかし、予想外にも居たのは友だけではなかった。
「ついにか」
「いやー長かった。」
「よくやった北上!」
「「「おめでとう!」」」
至る所から湧いてくる湧いてくる、クラスメイトがおそらく全員。困惑しかない。
「なんで?って顔してるな。」
うん、先に述べたように、此処が暴露されるはずがないのに。
「やっぱり気付いてないか。」
気づいてない?
「よく考えてみろよ、お前らこの一年間で不自然なぐらい一緒になっただろう?」
ああ、幸運だとラッキーと思ってたけど…まさか!
「全ては仕組まれた事だったんだよ、なぁ、みゆちん。」
「ええ、君達をくっ付ける為にあれやこれや…てか遅いわ、遅すぎるわ!両思いの癖に!お陰で私達の方が先にくっついてしまったじゃない!最初は仮初のつもりだったのに…」
「ごめんごめんみゆちんが可愛すぎて我慢できなかったんだよ。」
「竹谷君…と、ゴホン!そう言うわけで貴方たちの恋路は皆んなで作らさせてもらいました。」
マジかよ。でも不思議と悪い気はしないな。悪意がそこに一つも混じってないからだろうか?
「色々言いたい事もあるだろうけど、先にこれだけは言わせて。」
「「「末長くお幸せに!」」」
横を見れば青葉さん、二人でどうしようもなく破顔した。
この先もこの恋は続き、いずれ愛に変わり、やがて当たり前になるのだろう。そう確信した冬の終わりであった。
そう言えばどうして僕が青葉さんのことを好きって気付いたんだろう?
あれから十年後、僕は清掃員として日々を過ごしている。日々の暮らしに困る事もなく平穏な日々だ。
「こんにちは!」
「こんにちは。」
見慣れない子、面接を受けに来た子かな?令ほどではないけど、中々光るものがありそうだ。
その子を皮切りに、次々とやって来る原石達。挨拶する者、しない者。元気な子から緊張してる子まで多種多様だ。そんな子達を直感で振り分ける。僕は直感に自信がある。何故かというと…
とそこに、妻がやって来た。自慢の嫁だ。
「あなた、まだそこにいるの?面接始まっちゃうわよ?」
相変わらず可愛い。なのに歳を重ねたお陰か綺麗も両立している。やっぱりうちの妻は日本の至宝だ。
「ああ、今いくよ…今日は少し抑え目だね。大人の色気と上品さが跳ね上がってるよ。」
「そう?そう言って貰えると嬉しいわ。あなたも折角良い顔してるんだから、それに合うように着替えて来なさい。」
「うん、そうする。」
「それで今日はどうだった?悠社長?」
「まあ、二、三人良いのがいるね、令には敵わないけど。例えば三番の子が…」
それで、直感の根拠だけど…そうだ、うちの嫁のプロフィールを見れば皆流石に納得するよね?
北上令、国民的な女優、アイドル。別名『世界に墜ちた天使』。アイドルユニットが流行の時代にピンで挑み、完勝した女傑。心身気鋭のユープロダクションの大黒柱。
ね?直感は凄いでしょ?
〜とある友人視点〜
今日はゴールデンウィーク開けの初の授業日。
恐らくゲームでもやり過ぎたのだろう、隣席の友人は、案の定1時間目から爆睡を決め込んだ。
溜息を吐き先生にバレる前に起こそうと手を伸ばして。
「むにゃむにゃ…青葉、さん…可愛すぎだろう、好き、好き…」
友人の寝言に驚いて思考が停止した。
そして奇妙な状態で止まった俺を、現代文の先生は目敏く見つけた。横で寝ている、北上悠と共に。
「ほう、そいつは俺のチョークの餌食になりたい様だな。」
その言葉によってなんとか呆然から立ち直った俺は、本能的に止めに入った。なんか、面白い予感がする。
「ま、待って下さい!こいつ寝言言ってます。」
「ほう、寝言を言うほどぐっすりか。」
「まだ起こさないで下さい!寝言の中身が重要なんです!」
「中身?言ってみろ。」
言いかけて口を噤む。果たして言っていいものか?個人情報より秘匿性の高い情報だぞ、本当にいいのか?
いや、でも大丈夫。このクラスに人間性に難のあるやつは居なかったはず。と言うか圧がすごい。一教員の出せる殺気じゃない。
結局、密告する事に決めた。
「それが、『青葉さん、好き』だと。」
一斉に視線が青葉に向く。青葉はうとうとしてた様で話を聞いてなかったのか、訳もわからずと言った感じでキョトンとしていた。
へえ、青葉かあ。何が良いんだろう?
「青葉、お前寝てただろう。罰として廊下に立っとけ。」
先生は状況をいち早く把握し、嘘をついた。ナイス、先生。
混乱の極致にいる青葉を追い出し、野次馬達の会議が始まった。悠は起きそうにない。
「それは本当なんだな?」
はい、と短く返事して流れる様にスマホを取り出して、悠に近づける。十秒程度後スマホを操作して、とれたての音声を再生する。ごめんよ悠、お前は犠牲になるのだ。
『青葉さんが…可愛いすぎて…し…ぬ…好き…』
口を抑える女子生徒達、興奮を隠せてない。男子も思わずニヤニヤしている。
こうして北上は青葉に惚れていると言うのはクラスの知る所となった。
即日の夜に彼女の親友という、那智美優主導の元SNSグループ『青葉令を北上令にし隊』が結成。
青葉さんも満更でもない様だったのでありとあらゆる作戦を、悠の寝言を情報源に敢行した。
ゲームのしすぎが祟ったな、悠。
席替えを先生に頼み込んでしてもらった。青葉と北上をくっ付けたのは、自称マジシャンの田村だ。誰が見ても分からなかったぐらい鮮やかな手口だった。
俺と那智が付き合うという妙案を出したのは、図書委員の久貴野だっけ。彼女の残した「カップルの横は気まずいのです。二人して居心地が悪くなって逃げ場を探し、惚気にも当てられた結果、二人はくっ付くのです。」という言葉は金言だった。俺とみゆちんもそうやってくっ付いた口だし。十月ぐらいから、もう甘くて甘くて、二人して苦笑を揃えてたら、好きになってたんだもんな。
ちなみにカップルの演技指導には演劇部数人が手伝ってた。
「「最後無駄になったけどねー?」」
うるさい、お前らもくっ付いた癖に。
演劇部長は久貴野とくっ付いたと。
この波に部活のせいで乗れず、悔し涙を呑んで野次馬してた運動部も慰め合ってるうちに多数のカップルができたらしい。今年は実りの春ですなぁ。
こうして、着実にイベントを作り、こなし。二月一日。生物室。
お互いが好きと認め合って、笑顔を綻ばせた。二人ともとても良い顔をしてた。だから…
「「「コングラッッチュレーーション!」」」
末長く、お幸せに!
一読ありがとうございました