8話 フォミュナルア、大号泣する
暗くじめじめとした岩場の洞窟の螺旋状に作られた階段をフードで顔を隠した1女性が小さな明かりのみでゆっくりと下っていく。
最深部まで降りるとそのには鉄格子の嵌められた横穴があった。
女性は格子の前まで降りて行き中を照らす。
暗い何も見えない岩場の奥に人の足だけが照らされる。
それは小さな汚い足だった。ひどく汚れて茶色くなっている。
女性は一瞬唇を噛み締めて声を発しようとしたとき
「・・・ご飯はつい先ぞ運んできたと思ったんだけどもう次のご飯?・・・」
少し皺枯れたような喉がかすかすの声が聞こえてきた。枯れてはいるがやや高めの声は女の子の声だった。
フードの女性はその声を聞いて少し多めに息を吸い込んでから
「いいえ、お久しぶりです、フォミュナルア様」
女性は暗がりの中にいる人物に声をかけフードをまくり上げて顔を晒す。
暗がりに一瞬キラリと眼のようなものが光り
「・・・ぁぁ、あなただったのね。何をしにきたの?こんなところに来るとあの男がうるさいのではないの?」
そう言って興味をなくしたように静かになった。
明かりは暗がりの奥までは届かず、映る小さな足は薄汚れて茶色くなっている。
「あの男はすでにあなたに興味はないようです。やりたい放題、我が春を謳歌しておいでです。」
そう吐き捨てるように言った。
「ですが例の計画は遅滞してるとはいえ進行しています。ですのであの男が興味のない今ならあなたをあちらへ送ることができると姉が手はずを整えました。ですのでこれを」
そう言って女性は何かを暗がりの女の子に投げた。
ゴソゴソと暗がりで何かが這いずり動く気配がする、
そして自嘲気味に笑う声が聞こえ
「あちらから呼ぶのが仕事のわたしがあちらに逃げるのか。なんともおかしな話ね」
そうぼやく女の子が投げたものを拾ったのを確認すると女性はフードを戻して
「このままここで朽ちるよりあちらで再起をはかる方が良いでしょう?あの男はすでに手がつけれません。多少でも責任をお感じなら我々に力をお貸しください」
そういうと踵を返したがそのまましばらく沈黙して少しだけ振り返り
「…姉はそのまま逃げて幸せを目指して欲しい。そう言ってました。わたしもそれでいいと思ってます。フォミュナルア様。どうかお元気で」
そういうと女性は小さな明かりと共に去って行き、女の子の周りはいつも通りの闇が支配した。
闇の中に女の子の嗚咽が微かに響き
「あなたたちの不幸の上でなんか幸せになんかなれるもんかっ…」
そう呟いた。
フォーナはすごい勢いで召喚で現れた女性に飛び込むように抱きついた。
女性はまったく踏ん張ることなくそのまま押し倒される。
覆いかぶさるようにフォーナは女性を強く抱きしめて大声で泣き始めた。
高嶺も明穂もそして芝野ですら唖然として立ち尽くしてしまった。
「う”ぁぁぁぁぁぁぁ、しゅのぉぉ、しゅのぉぉぉぉ・・・」
喚くように何度も「しゅの」と呼び、しばらくはその鳴き声が響いたが徐々に小さくなり嗚咽を繰り返し、落ち着き始めたフォーナに高嶺が近づき
「フォーナ、その子が立ち上がれない。こっちにおいで」
フォーナを引き寄せると幼女はおとなしく高嶺にしがみ付く。
押し倒された女性の方は何も考えていないのか無表情に虚空を見つめていた。
フォーナが離れるとふいに視線が動き高嶺と目が合う。静かな明るい茶色の瞳がただ開いてるだけのように見えた。
「大丈夫?立てる?」
高嶺が声をかけてもしばらくは反応がなかったが、天上を見上げてからゆっくりと上半身を起こす。
高嶺はぐずっているフォーナを明穂に託したあと女性の前に跪き改めて女性を見る。
髪はぼさぼさになっているが綺麗な黄褐色。犬の耳だろうか?先端のみ折れ曲がったコーギーのような耳の形をしている。年のころは20前後に見え、獣人らしく整った顔立ちをしていた。
麻のような生地でだきたノースリーブと短パン姿。これは召喚された獣人はだいたいこの姿なのだが向こうの普段着なのだろうか?
高嶺はいつも疑問に思っていた。真剣に服を眺めていると
「高嶺さん…巨乳派だったんですね」
少し侮蔑を含んだ明穂の声に高嶺はギクリと驚き、自分が女性のふくよかな胸を見て止まっていたことに気づき、慌てて振り返り、
「あ、いや、あの、ち、違うんです!!いや、違わないけど。いや、そうじゃなくて!!」
完全に頭が真っ白になってあたふたといいわけをする。
明穂は冷たい目で慌てる高嶺を見下す。
その目を見て言い訳は無駄だと理解した高嶺はため息をついてもう一度女性へ向き直りしゃがみ込んで
「僕は高嶺、後ろにいる女性は明穂さん、そして彼女が抱いている女の子はフォミュナルア」
高嶺はそこで女性の顔色を伺う。フォーナのあの取り乱しようは同族に会ったからだけではないと感じた。考えられるのはフォーナの向こうの関係者ではないかと思ったのだ。
だがフォミュナルアの名を聞いても女性はなんの反応も示さなかった。
高嶺は少し困惑する。今まで見たことがあるどの獣人よりも反応がないのだ。これは、なにかの召喚失敗なのだろうか?
「高嶺くん、一旦家にもどろうか。女性にその恰好のまま質問しまくる様はあまり人道的にも高嶺くんの評判にもあまりよくないよ」
そう蔵の扉を開けて外の光に照らされながら芝野が意地の悪い笑みを浮かべていた。