5話 廻沢高嶺、畑を耕す
高嶺は畑を耕す手を止めて汗を拭う。
天を見上げて太陽の位置を確認する。高さからいってそろそろお昼か。
ふっと後方に視線を送ると何やら独り言を言いながらフォーナが土いじりをして遊んでいる。
彼女は土いじりが最近のお気に入りだった。
一旦、鍬から手を離し高嶺は命一杯背伸びをした。
あれから、フォーナを引き取ってから3週間が過ぎた。
芝野が言った通り朝には厚生省の偉い人から連絡がありフォーナは特別保護施設では今は預かれない。そのまま召喚士の元で匿う旨を通達された。
このことは内密に、とのことで匿うための資金まで用意された。
なにをどうやったのか明穂は知りたそうな顔をしていたが彼女は追及しなかった。
言及したところで芝野はのらりくらりと躱すだろうし、なにより真実を知ったらロクなことにならないだろうと明穂も高嶺も察したからだった。
とにもかくにもフォーナはここで暮らしている。
ここは人がいない廃村だった。
元々、召喚士たちは人に知られず居場所も明かされず生活、召喚を行っている。
これは最初の召喚士がデモンストレーションを行って、その直後に誘拐、行方不明となり大きな事件になったせいであった。高嶺はそのデモンストレーションを見に行った。
その後の事件のことも鮮明に覚えている。高嶺の初恋の獣人もその時一緒に攫われて行方はわからないそうだ。
その事件後、しばらく国内で召喚士になったものは公式にはいない。
正式に『国家異世界召喚士』が再始動したときに召喚士の素性、居場所は秘匿された。
これは召喚士同士も知らず、それを管理、運営をしているのは厚生労働省の『国家召喚士支援センター』であった。そして召喚士と繋がりがあるのが『召喚監査官』のみである。
「おぅ。精が出るねぇ」
大きな声を後ろからかけられて高嶺は振り返る。
そこにはやたらと体格のがっしりした老人が鍬を担いで立っていた。
「あ、どうも真壁さん。お昼に戻られるのですか?」
高嶺はお辞儀をして老人に挨拶をする。
彼は真壁 清海。この廃村の地主であり高嶺の家の大家でもあった。
高嶺が召喚士となって住居をどうしようかと考えていた時に芝野の勧めでこの村の一軒家を格安で借りることになった。
古い家だったが改修、改築がなされており一人で住むには少し広すぎたが古い蔵があってこれを召喚の場として使うのにうってつけだった。
ここは都心より離れた県の山間の小さな村なのだが村民はみんな村を出て行き残った土地を真壁がすべて買い取り今は彼と高嶺、芝野しか住んでいない。
彼はどこぞの富豪で隠居用に用意した土地だったらしい。インフラもしっかりしているし町までは少し遠いが人目を一切きにしなくていいのがよかった。
土いじりをしていたフォーナが真壁に気づき満面の笑みを浮かべて走り寄る。
「じぃぃぃーーーー」
大きな声で叫びながらとてとてと走るフォーナ。
それを見てただの好々爺にしか見えない顔で持っていた鍬を放り投げ両手を広げて待ち構える屈強な老人。
「おー!!ふぃーは今日も元気だなー。いい子にしてたかー?」
フォーナを迎えて抱っこして持ち上げる。
年齢は70を超えていると聞いたがその筋肉隆々の身体つきといかつい顔ではとてもそうは思えなかった。
初めて会った日からフォーナはものすごくこの老人になついており、老人もひ孫ができたと喜んでフォーナを可愛がった。
抱き上げたフォーナを肩に乗せながら
「おぅ。お前たちもうちで昼飯食ってくか?今日はそうめんだけどなっ!!」
そう言ってニッコリと笑う。
ほんとに子供みたいだな、と失礼なことを思ったが口にはせず
「ご相伴に預からせていただきます」
そう言って高嶺は老人の投げた鍬を拾い肩に担いだ。
「おう!!食ってけ。ふぃーはそうめん好きか?」
老人がそう聞くとフォーナは老人の頭を抱きかかえ頬ずりをして
「すきぃぃぃ」
うれしそうにそう答えていたが後ろを歩く高嶺はフォーナが麺類を苦手としているのを知っていたので苦笑した。
老人宅は高嶺の家よりは新しいが昭和中期のような佇まいをしていた。
老人の肩から飛び降りてフォーナは勝手に玄関をくぐり家の中に入っていく。
まぁいつものことだった。
高嶺も鍬を立掛けて表の水道で手を洗い家の中に入る。
台所に行くとそうめんの正体を知り尻尾が垂れ下がっているフォーナと三角巾に割烹着というこの家の台所に立つにふさわしい恰好をした芝野が立っていた。
「ふふん。フォーナのあまり好きじゃないそうめんだぞー。その顔だと昼飯がなにか知らずにきたようだねぇ」
いじわるな笑みを浮かべて芝野がフォーナをからかっていた。
「なんだ、ふぃーはそうめんあんまり好きじゃなかったのか。しかたねぇな。おにぎりでも食っとけ」
老人は落ち込んでるフォーナに作ってあったおにぎりを見せる。
落ち込んでたフォーナの耳がピンと立ち目を輝かせておにぎりののった皿をうけとり
「すきぃーーー」
と満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
大の男3人は食卓を囲みそうめんを食べ始める。
フォーナは一心不乱におにぎりを貪っていた。
「高嶺くんはそろそろ本業の方をやんなきゃいけねぇんじゃねぇのかい?」
老人はそうめんを啜りながらそう質問をしてきた
高嶺は真ん中の大きなあ器からそうめんをとりながら
「そうですね。そろそろ待機期間が終わるので準備をしたいとは思ってるんですが…」
少し歯切れの悪い返答をする高嶺。
「大事な『石』の確保がまだできてないんだよなぁ。高嶺くん」
まだ口に入ってもごもごしながら喋る芝野。
「召喚に必須のモノだったかのぅ?俺ぁ召喚はあまり召喚に詳しくねーからわかんねーが」
老人は沢庵を口に運びながら曖昧な知識で話を進める。
「そうなんです。でもなかなか手に入るものでもなくて。明穂さんが今方々当たってくれてるんですがね」
フォーナの口の周りの米粒を取りながら高嶺は答える。
「あの嬢ちゃんに見つけれないならなかなか手に入らないモノなんだろうなぁ。仕事できそうだったからのぅ」
最後のそうめんを自分の器に移して老人は明穂の姿を思い出そうとしているようだった。
「ふふん、まぁ召喚をしたい人、できる人、それで稼ぎたい人が全部別ですからね。隠匿している人が多いのですよ」
つゆまで啜ってから箸をおき両手を合わせる芝野。
「あの石の出どころってどこなんです?」
器に残ったそうめんに箸をつけながら高嶺は質問する。
その瞬間、老人と芝野は少し動きが止まり
「‥‥ふぅむ。わしはよく知らんなぁ…」
老人は空を見上げてはぐらかしてるように見える。
「ふふん、そういう話は首を突っ込まない方がいい話だよ。高嶺くん」
芝野は少し真顔で目を細め高嶺を見る。
その眼は少し怖い印象を受け、これ以上深入りするなと言ってるのが高嶺にもわかった。
次の瞬間、おにぎりを食べ終えたフォーナがピョンと立ち上がり動き始める。
「おっとふぃーには難しすぎる話じゃったかのう」
老人はニコニコしながらフォーナを視線で追う。
話の区切りとしてはちょうどよい形となり3人の話題は世間話へと移っていった。