3話 松野明穂が説教をし、芝野が動く
「ちょっと、何事?すごい光ってたけどっ!!」
電話を片手に明穂が戻ってきて居間を覗き込む。
明穂から見ると座った高嶺にフォミュナルアが口づけをしてるように見えて明穂は固まりスマホを落とす。
ゴスンという音で振り返ったフォミュナルア。そして我に返る高嶺。
「……え?」
高嶺は焦りながら周りを見渡す。今しがた起こった現象を彼は他人事のように認知していた。
現実味がなさすぎて白昼夢でもみてたのかと思った。
フォミュナルアを見る。幼女はあどけない顔でほほ笑みながら高嶺を見ている。正面からも分かるほど尻尾が嬉しそうにパタパタ動いている。
「フォミュナルア‥‥君はいったい‥‥」
高嶺はなにか言おうと思ったが口をつむぎ目を伏せて首を振った。
そしてフォミュナルアの後方に立つ鬼を見て唖然とした…。
「た~か~ね~さ~~~ん、状況を説明してくださいっっ!!」
恐ろしく目くじらを立てながら明穂が詰め寄ってくる。その剣幕にフォミュナルアは驚き怯えて高嶺の後ろに素早く隠れ、ちょっとだけ顔を覗かせて様子を伺う仕草をする。
高嶺の肩からぴょこっと飛び出した耳、少し上目遣いの怯えた目で明穂を見る様に
「ぶほぉぉぉぉぉぁぁぁぁ」
謎の奇声を上げながら倒れる明穂。女性としてそれはどうなのだろうとやや呆れ気味の高嶺。
その変な声に驚きまた隠れるフォミュナルア。
「まさに視覚兵器だねぇ」
そうニヤニヤしながら呟く芝野。
場は混沌と化していた。
ちゃぶ台が退けられ対峙して座る明穂と高嶺。
高嶺の後ろには相変わらず明穂から隠れるように高嶺の背中にしがみ付くフォミュナルアがいる。
今回は幼女が覗きこんでも明穂は反応せず真面目な顔で高嶺を見ている。
「…どういうことか説明してください。高嶺先生」
高嶺の手首についた紋様のような痣に目を落としながら明穂は厳しく問うた。
高嶺は困った顔をして眼鏡を押し上げ
「……いやぁ…説明もなにも…僕もよく状況がわかんなくて…」
怖くて明穂の顔が見れない。
後ろのフォミュナルアも不安を感じるのか背中に密着してきゅっと服を掴んでいるのがわかる。
高嶺は少ししっかりとせねばと思いきちんと明穂に向き合い顔を上げる。
真面目に怒ってるときの明穂の眼は…怖かった。
「どうして勝手に『隷属の契約』を行ったのですか?それは重大な規約違反ですよ?わかってるのですか?先生」
「いやぁ…行ったというか起こったというか…」
せっかく意を決して顔を上げたのに曖昧な返事しかできないほど高嶺も状況を理解していないためやはり目を逸らし俯いてしまう。
「起こった?勝手にそうなったってことですか?そんなのが通るとでも?『隷属の契約』は主の方から始めなければ開始することができないのは先生も知ってると思ってましたが?」
明穂の怒りがヒートアップしていく。曖昧な返事しかしない高嶺に業を煮やしているのだ。
それは高嶺にもわかっていた。だが高嶺自身なにが起こったのかさっぱりだったのだ。フォミュナルアのあの蒼い目を見ていたらそのまま吸い込まれるように契約の言葉を発していた。
発しているのが自分だとはまったく理解できなかったのだ。
俯いて動かなくなった高嶺の態度に怒りの度合いが上がった明穂が詰め寄ろうと腰を浮かした時、先ほどまで怯えるように隠れていたフォミュナルアが怒りの眼で明穂を睨んでいた。
その姿すら愛らしく一瞬ホンワカしそうになるのを明穂はなんとか踏みとどまる。
だがその憤怒の火はあまり無視できるものでもなかった。
「それくらいでよいだろう。明穂くん。一部始終をみていたこの僕が説明をしようじゃあないか」
部屋の隅に移動されたちゃぶ台で静かにお茶を啜っていた芝野はしびれを切らしたように立ち上がって・・・こけた。
ほんとに足が痺れていたようだった。
「っててて…慣れない座り方をするものではないな。」
そう言ってもう一度立ち上がりなおして
オホンと咳払いをしてから
「高嶺くんは自分から契約をしたのではないよ。その子が高嶺くんを魅了して操ったのだ。そういう能力があるようだね」
そう言って芝野は高嶺の後ろにいるフォミュナルアの前に腰をかがめる。
さっきまで明穂に怒っていたフォミュナルアは芝野を無邪気な眼で見返した。
その眼を見て本当に優しい目を細めて芝野はにこりと笑う。
それにつられてフォミュナルアも花のように微笑んだ。
自分は睨まれたのに…と一瞬芝野を嫉妬した明穂だったがすぐに仕事モードに戻り
「彼女にそのような能力があると断定する根拠はなんです?」
芝野は静かに明穂を見て
「僕がその一部始終をみてたから。というのでは納得できない?」
その目が少し怖くて一瞬たじろいだ明穂であったが
「…納得はできません。しかし高嶺先生が自分の意志で規約違反をするとも思えません…」
そう視線を逸らしながら答えた明穂を見て芝野はにっこりと笑い
「なんだ、わかってるんじゃないか。それならこの件はそれでいいじゃないかね?」
芝野は立ち上がりフォミュナルアの頭を撫でる。
くすぐったそうにするフォミュナルア。
「芝野くん。それは本当かい?」
高嶺は少し不安そうに芝野を見る。
そんな高嶺を見て芝野は優しく答える
「傍から見ていたらそんな感じだったよ。ただね、彼女に悪意があるようには見えなかった。生存本能なのか君と離れたくなかったからなのか。それは定かではないがね」
芝野はフォミュナルアの頭をもう一度優しく撫でた。
そんな2人の会話を聞いて明穂は大きくため息をついた。
「はぁぁぁぁ。でもどうするんですか?今回の件、召喚された獣人が幼女だったって上に報告しちゃいましたよ…。それなのに勝手に『隷属の契約』しちゃってたら隠しようがないじゃないですか…。よくて国家資格取り消し。運が悪ければ無期懲役モノですよ…」
明穂は肩を落としこの先どうするか考えるのも嫌だと言った顔で足を投げ出してだらける。
高嶺も対策を思いつかないと言った顔でフォミュナルアの顔を見る。
彼女はそんな少し困った顔の高嶺を励ましたいのか急にぎゅっと抱きついた。
愛らしい愛情表現だった。
一瞬驚いた顔をした高嶺だったがすぐにほほ笑み優しく抱きしめてあげる。
フォミュナルアの尻尾が嬉しそうに左右に振られる。
その光景をみて明穂も芝野も優しい気分になった。そして
「ふふん。まぁ今回の件は僕にまかせておきたまえ。上手くお片付けをしてきてあげようじゃあないか」
そう言うと芝野はもう一度フォミュナルアの頭に手を置き今度はくしゃくしゃと強めに撫でて
「フォーナがここにいれるようにしてきてあげよう」
そう幼女に声をかけてから歩き出す。
出口近くで一旦止まり
「そうだ。今日の晩御飯は豪勢に頼むよ。新しい家族を祝わねば。せっかくだから明穂くんも今日は泊っていきたまえ。小さいとは言えレディーがもう一人いるのだ。世間体は気になるまい?」
顔だけ振り返りにやりと笑った後、芝野は母屋を出て行った。
芝野が出て行ったあと、残された2人は
「‥‥あんなこと言ってたけどあの人、なんとかできる人なの?つか、あいつ何者なの??」
明穂は呆然と見送り胡散臭さに顔をゆがめる。
「さぁ…?ただ、彼はなんとかするといったら本当になんとかしてきちゃう人なんで何とも…僕もそんなに付き合いが長いわけではないですが信頼における男だというのは知ってます。期待して晩御飯の準備でもしましょうか」
そう言ってフォミュナルアから離れて頭を撫でてあげながら高嶺は明穂を見た。
明穂は腑に落ちないといった顔で立ち上がり念願のフォミュナルアの頭を撫でようとして避けられるという悲しみを味わうことになった。