2話 フォミュナルア、隷属の契約を結ぶ
「ちょっと毛布を取ってくるからあなたたちは目を瞑ってそのまま待ってなさい!!」
明穂はそういうと一目散に駆け出し、扉を開けて外へ飛び出した。
「あっ、明穂さん、僕の上着をかければ・・・」
高嶺が着ていたスーツの上着を脱ぎながら声をかけたが少し遅かった。
高嶺は少し困った顔をして仕方なく幼女の方を向く。
先程この世界に降り立ったばかりの幼女は大きな瞳を見開いて興味津々にあたりを見回していた。
警戒しているのか耳がピンと立ち、尻尾も毛が逆立っているのかふわっと大きくなっておりせわしなく左右に振られている。どちらかと言えば好奇心で興奮しているようだった。
そして高嶺と目が合う。
濃紺の、光が当たると少し蒼く光る瞳が高嶺を捉えて離れない。
高嶺はその眼を見つめたままもう何時間も見つめ合っていた気がして高嶺ははっとして頭を振り意識をしっかり持つ。そしてゆっくりと少女に近づきジャケットを肩にかけてあげる。
少女は肩にかかったジャケットを見て不思議そうに高嶺を見上げる。
高嶺はゆっくりと幼女の視線までしゃがみ
その無邪気な瞳に今度は囚われないようにやや意識のみを少しそらして
「はじめまして。僕は高嶺。君の名前は?」
そう問うと幼女はよくわかってないのか「?」を浮かべて小首を傾げる。
高嶺は少し困って一旦少し上を向いてなんと伝えればいいかを考える。
そして少女にもう一度視線を戻して次の言葉を紡ごうとしたとき
少女の心地よい澄やかな声が高嶺の耳に響いてきた。
「フォミュナルア」
短く少女はそう答え、耳をピコピコさせながら満面の微笑みを浮かべる。
高嶺はその声と笑顔で惚けそうになったがにっこりと微笑みかえして
「そうか。フォミュナルアというのか。よろしくフォミュナルア」
そう彼女の名前を復唱してそっと手を伸ばし彼女のキラキラと光る髪に手を置き優しく撫でた。
撫でられたときに耳に触れたのかフォミュナルアはくすぐったそうに首をすくめ気持ちよさそうに耳を伏せてもっと撫でてほしそうに顎を引き頭を差し出す。
「良い名ではないかね。そしてさすが高嶺くん。僕好みの幼女だよ。そして綺麗な毛並みの獣人だよ。ぱーふぇくとじゃあないか」
そんなやりとりをいつの間に復活したのか芝野は椅子に座り直し、背もたれに肘をついてご満悦の笑みを浮かべて眺めていた。
「それはよかった。でも彼女は・・・」
高嶺の話の途中で明穂が帰ってきて
「お待たせっ。寒くなかった?…って、た、高嶺さん!!そ‥それは…」
高嶺のジャケットを羽織ったフォミュナルアを見て明穂が固まる。
「ああ、とりあえずの臨時措置ですよ。明穂さん僕が声かける前に飛んでっちゃうから」
高嶺は少し申し訳なさそうに明穂に声をかける。
明穂は高嶺を指さしわなわなと震えながら
「高嶺さんっ!!ずるいっ!!私がナデナデしたかったのにぃぃぃぃぃ!!」
明穂の怒りの声が室内に木霊した。
高嶺たちは少女を伴って場所を移す。
召喚に使っていたのは古い蔵の中であった。
その蔵を出て高嶺の住んでいる母屋の方に移動する。
母屋も古い古風な日本式の建物であった。
築うん十年、下手をすれば百年行ってるんじゃないかと思うくらいの趣ある家であった。
居間に移動して高嶺が台所に移動して暖かいお茶を用意する。
明穂は幼女に毛布とジャケットを交換しようとしたが頑なにジャケットを取られまいとするのであきらめてその上から毛布を掛けた。
幼女は居間を興味津々にうろうろしている。
高嶺が動くとその後ろをちょこちょことついて行き高嶺が止まると興味がその周りへ移っていろいろと見たり触ったりしている。
その様子をちゃぶ台の前に座った明穂と芝野は眺めながら
「・・・・無駄に可愛い・・・」
「うむ。あれは一つの視覚誘導の兵器だな。目が離せない」
鼻の下を伸ばしつつ二人はずっとフォミュナルアを眺めていた。
高嶺がお茶を淹れてちゃぶ台に戻ってくる。
その後ろをチョコチョコと付いてくるフォミュナルア。
「おまたせ。フォミュナルアもここに座って」
高嶺は座布団を用意して幼女に座ることを促す。
幼女は座布団までは移動したがその上に立ち高嶺を見ている。
高嶺は苦笑してお茶の乗ったお盆をちゃぶ台に置き自分の座布団の上に座る。
それをみてフォミュナルアも同じようにちょこんと座った。
尻尾が地面の上でふぁさふぁさと左右に振られる。
それを愛おし気に見る明穂と芝野。
そんな二人がおかしかったので高嶺は少し笑いながら
「とりあえず今後どうしましょう?松野監視官」
真面目な話をはじめる。
惚けていた明穂も真面目な顔に戻り高嶺を見る。
「‥さて、どうしましょう。まったく前例の少ない事態になってしまいました。さすが高嶺先生というべきなのかしらね」
少しいじわるな顔をして明穂が答えた。
お茶を淹れながら高嶺は苦笑いを浮かべる。
幼女の尻尾に釘付けのままの芝野が
「まずいのかね?彼女可愛いからいいじゃあないか。僕が引き取りたいくらいだよ。いくら出せばいい?」
その言に明穂が今にも唾を吐き掛けそうな顔をして
「変態の元に獣人は送れないって知ってました?審査、厳しいんですよ。知ってるでしょ?あなたは」
そう言われて芝野は首をすくめて悲しそうな顔をする。
「まったく、僕ほどの紳士はいないというのにねぇ。高嶺君」
芝野は助け舟を乞うたが
「残念ながらここは明穂さんの意見に賛同させてもらうよ」
高嶺はそう優しく突き返す。そして高嶺がお茶を淹れるのを凝視している幼女を見ながら
「僕は幼い獣人を見たことがないのですがほかに召喚された例はあるのですか?」
高嶺は明穂に問うた。
明穂は少し思案して
「確か数例ですが報告がありました。そしてとてもセンシティブな問題になりやすいので公表はされてないの。貴重な獣人、というだけでわかるでしょ?」
その解答だけで高嶺も芝野も事を察し、幼い獣人に目をやる。
視線が集まって小首を傾げる幼女。
「この件は上に相談しないといけないわね。彼女の今後の処遇は難しいところだけど、たぶん最重要保護施設にて保護される形になると思います」
明穂は少し寂しそうなそして何とも言えぬ厳しい表情でそう告げた。
高嶺の表情にも暗い影が落ちる。
その表情を見て先ほどまで浮かれていたフォミュナルアの表情も暗くなる。あまりいい事態でないのを空気で察したのだろう。
「とにかく一旦連絡を入れてきます」
そう言ってスマホを手に立ち上がって明穂が部屋を出ていく。
その後ろ姿を静かに見送った高嶺はもう一度幼女に視線を戻す。
そして彼女の頭に手を置き優しくなでながら
「ごめんな。これも仕方ないことなんだ…」
そう呟く。
フォミュナルアは頭を撫でられながら高嶺の感情を察したように少し悲し気な顔で目を伏せ、じっとしていたがフッと開いた瞳に強い意志を宿していた。
その眼を見た高嶺はちょっと驚きたじろいだ。だがその開かれた眼に吸い込まれるように視線を逸らすことができなくなった。
フォミュナルアの眼から逃れられない高嶺の思考が徐々に薄れていく。その濃い蒼の瞳が少し光を帯び天色のような鮮やかさに変わっていくのを
「…ああ‥‥綺麗な瞳だな‥」
と思いながら眺める。その顔は徐々に弛緩していく。
スッと眼を離さずに立ち上がった幼女はゆっくりと高嶺の頬に小さな手を伸ばす。
幼女の唇が動く。
「我、ここに1つの盟約を紡ぐ。我と汝、共に歩み共に進まん。汝の名は‥‥」
そう呟いたのは高嶺の口だった。
フォミュナルアの唇は動いただけで声を発していない。その彼女の唇の動きと同じように高嶺の唇が動き声を発した。
芝野はその光景をご満悦の顔で眺めながら
「ふふん。これはこれでおもしろいじゃあないか…」
そう呟きにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。
フォミュナルアと高嶺の周りに光の円が浮かび上がる。
そしてフォミュナルアが静かに優しい口調で囁く
「我、フォミュナルア。汝と共に歩まん」
そう発すると高嶺のおでこに自分のおでこを合わせた。
その瞬間、彼らの周りにできた光の円は砕けて宙に舞い、高嶺の右手首とフォミュナルアの首に集まり光の輪となる、
そしてその二つを結ぶように光の鎖が繋がり、パァンと弾けるように一瞬で消えた。
高嶺も幼女も呆けている。
「ここに隷属の契約はなされた」
うれしそうに呟く芝野の顔は意地の悪い笑みを称えていた。