13話 芝野、蔵で高嶺と語らう
フォーナの遭難から数日が過ぎた。
なにかあったのか彼女はあれから高嶺にべったりついて回った。少しでも高嶺の姿が見えないと半泣きで探し回るほどだった。
半分苦笑しつつ高嶺はそんな彼女の好きにさせていた。
「まったく。幼女に好かれるなんてロリコン冥利に尽話ではないかね」
芝野が羨ましそうにそう言っていた。
変化があったのはフォーナだけでなくシュノも少し変わったようだった。この間までフォーナがお姉さん役だったはずなのだが気がつけばシュノがフォーナのお母さん役に変わっていた。
あの事件以来、シュノはよく喋るようになった。そしてフォーナのことに関してのみ感情が表にでるようになった。
フォーナが喜んでいれば一緒に喜んで尻尾を振り、彼女が泣いていれば耳を垂れて一緒にオロオロする。
立派な母親となっていた。
どういう変化なのかそれは高嶺には分からなかったが彼女もまた楽しそうに日常を過ごすようになったのは高嶺としてはいい傾向と思われた。
「…嶺先生、先生!!聞いてますか?」
明穂の少し怒った声で高嶺は我に返る。
「あ、すいません。なんの話でしたっけ?」
高嶺は謝り、頭をかきながら眼鏡を押し上げる。
「まったく。先生、もう後がないんですよ?さすがに3度も召喚をして依頼を1つも完遂できないなら召喚士としては廃業だと思ってくださいね。『石』の入手が確実に不可能になりますよ」
呆れ気味に説教してから高嶺をジト目で睨み
「……ところで、この間から妙にイチャイチャしすぎじゃありませんか?」
「…表現には気をつけてください。イチャイチャしてるんじゃありません。ずっとついて回ってるんですよ…」
少し疲れた顔をする高嶺の背中に背中合わせでもたれかかってアイスバーを頬張っていたフォーナが、耳をぴょこりと動かし肩越しに顔を出して明穂を見て
「あけほも食べる?」
食べかけのアイスバーを明穂の方に差し出す。
「たべるぅ」
急ににやけるように緩んだ顔で明穂が子供のように答える。
そこにシュノがお皿に盛ったアイスクリームを持ってきて
「フォーナ、食べかけ、ダメ」
そう言ってフォーナを注意する。
「いえいえ、お構いなくぅ。フォーナちゃんの食べかけならいつでもぉ」
明穂が完全に壊れた顔で、ニコニコしながらフォーナの差し出したアイスにかぶりついた。
そんな明穂に苦笑いしつつ
「それで?なんの話でしたっけ?」
高嶺は話を戻すために明穂の話かけていた話題に戻す。
アイスでニコニコしていた明穂が一瞬ピタリと止まり、こほんと咳払いをして真面目な顔に戻る。
「そうでした。そろそろ3回目の召喚の準備に入ってください、という話をしてたのですよ!!それなのに高嶺先生ったら人の話を聞いてないんだからッ」
そう怒っている目の前で、高嶺が食べようとしたアイスを欲しがるフォーナにせがまれて、アイスを口に運ぶ高嶺にメラメラと怒りの炎を燃やす明穂。
「……人が真面目に話してるのに、いちゃつくんじゃないっ!!!」
明穂は持っていたスプーンを高嶺に投げた。
数日後、明穂から石の確保の連絡が入り、3度目の召喚が実現できることとなった。
高嶺はその準備に追われることとなり、フォーナはつまらなそうなのに高嶺について回るのだが、さすがに邪魔になると自ら判断したのか、最近はシュノと一緒に家事をやっていることが多くなった。
これは忙しい高嶺が
「フォーナが洗濯物干してくれたんだってね。ありがとう」
そう言ってフォーナを褒めて頭を撫でてもらえたのが嬉しかったらしく、尻尾を振りながら上機嫌にシュノのお手伝いをするようになった。
シュノに至ってはメキメキと家事スキルを上げていた。
すでに掃除、洗濯は制覇して今は台所仕事をメキメキと覚えている。
すでに簡単な朝食、昼食は任せても問題ないレベルであった。もうどこに出しても恥ずかしくない立派なお母さんとなりつつある。
そんな仕事をするには快適な環境だったため準備も滞りなく進み、明日、召喚を行うこととなった晩。
蔵で魔法陣の最終調整をしていた高嶺を芝野が訊ねてきた。
「ちょっといいかね?」
蔵の中は電気が通ってないので懐中電灯と蝋燭で作業をしていた高嶺が扉の開いた入り口から声をかけられて顔を上げる。
「どうしたんだい?芝野くん」
高嶺は作業を中断して立ち上がる。
暗くてシルエットしか見えない芝野が
「ふふん。明日、3度目の召喚だねぇ。どうだい?今度は上手くいきそうかい?」
いつも通りの口調で芝野が質問をする。
高嶺は描き上げた魔法陣を眺めて
「ああ、とりあえず準備は万全だよ。芝野くんは明日も立ち会うのかい?」
そう高嶺がシルエットを見ながら聞くと
彼は天を仰ぐようなジェスチャーをして
「残念ながら明日は別件で少しここを離れるのでね。立ち会ってはあげられないのだよ」
そう答えてから
「明日はフォーナやシュノは立ち会わすのかい?」
静かに質問をしてきた。
「…この間の件があるからね。悪いけどあの子たちには蔵に近づかないように言ってある。フォーナは渋ったがシュノが説得してくれた」
高嶺は真面目な顔で俯きながら答えた。
「……フォーナはなにか特殊な子なんだろうか?」
ずっと疑問だったことを聞いても仕方ないであろうとわかっていてぼそりと呟いた。
芝野はしばらく黙っていたが
「ふふん、そりゃあ幼女だよ!!特別さぁ!!」
大きな声で嬉しそうにそう答えた後
「‥‥まぁ、そうだとしても僕らの家族だ。そうだろ?」
静かに付け足し、それを聞いて高嶺もやさしく笑って
「…そうだね」
そう答えた。
「ふふん。じゃあ早く寝たまえ。僕はこのまま出かけてくる。しばらくは帰ってこれないかもしれないがしっかりやりたまえ」
そういって背中を向けて蔵から出ていく。
「ああ、できるだけ早く帰ってきてくれ。フォーナもシュノもさみしがる」
そう声をかけると芝野のシルエットは右手を上げてひらひらと合図を送って夜の闇に消えていった。
何回か分からぬw
2章プロローグってとこですかね。
今度こそ物語は急転しますww