9話 廻沢高嶺、決意する
芝野の提案で母屋の方に移動することとなり高嶺は上半身だけ起き上がった女性の獣人に手を差し伸べたが女性はその手を見ることも取ることもしなかったため、仕方なく手を取りひき起こす。
引き起こしてみると特に抵抗なくスッと立ち上がってくれた。
「ここを出て移動するよ?」
そう声をかけても反応がないので高嶺はそのまま彼女の手を引き先導するように歩き始める。
すると彼女も歩き出す。意思無き人形のようで高嶺は少し心配になる。振り返って付いてくる彼女の顔を見るが表情に変化はない。
母屋に戻り居間で一息をつく。少しウトウトし始めていたフォーナを今の隅に寝かせて明穂が改めて召喚された女性と向き合い
「初めまして、私は明穂っていいます。名前を教えてもらってもいいかな?」
女性は明穂を見ているがまるでそこには誰もいないかのように動くことなく虚空を見つめていたが
「……シュノドゥラ」
ぼそりとそう答えた。
「そう。はじめましてシュノドゥラさん。こちら側へようこそ」
そう言って明穂が微笑む。
意思の疎通はできるようだ。高嶺はふと居間の隅で目頭を濡らしたまま寝ているフォーナに視線を送る。
フォーナは彼女のことを「しゅの」と呼んでいた。つまりは…そういうことなのだろう。
高嶺は少し複雑な顔をした。
ふと顔を戻すと明穂がこちらをみていた。
「高嶺先生、ちょっと……」
明穂が一緒に席を外すように促す。
高嶺はコクリと頷くと
「ちょっとだけ席を外すね。芝野くん、しばらく頼めるかい?」
座ってお茶を啜っている芝野に声をかける。
芝野は湯飲みを置きにんまりと笑ってから
「ああ、構わないよ。僕が彼女を笑わせておこう」
それを聞くと明穂が反吐がでそうな顔をして
「へんなことしたら後でひどい目にあわせますからね」
殺意むき出しの冷たい視線を芝野に向ける。
芝野は首をすくめてヤレヤレといったジェスチャーをしていた。
明穂と高嶺は台所に移動して向き合い
「高嶺先生、実は召喚中にですね。フォーナちゃんの様子がおかしかったんです…」
明穂の話によるとフォーナは高嶺の召喚に合わせて詠唱を呟いてたのだそうだ。それが原因なのかどうなのかは分からない、が彼女の知り合いらしい人物が召喚された。
高嶺は顎に手を当てて少し考えて
「…過去に召喚に立ち会った獣人は当然ありましたよね?同じようなケースはあったのですか?」
明穂は首を横にふり
「私も考えてみましたが過去に召喚された獣人同士が知人であったというケースはありません。‥‥いえ、正確には知人であったとしてもそれに反応した獣人はいない、と言った方がたぶん正しいのでしょうね」
そう言葉を選んで答える明穂。
高嶺も頷いた。だが高嶺の心配は実はそこではなかった。
「…彼女を依頼者の元に送ってしまったらフォーナは落ち込むでしょうね…」
ぼそりとそう呟く。
それを聞いて明穂も暗い顔をする。
「基本、依頼者との 『隷属の契約』が結ばれれば召喚士である高嶺先生は逢うことはできません。
世間に公表することのできないフォーナちゃんは特に…」
フォーナのあの取り乱しようから彼女がなんらか強い結びつきのある人物だと推測される。
せっかく再会した2人をこのまま引き離すのは忍びなかった。
高嶺はきになったことを聞く
「シュノドゥラのあの無反応さ、あれは正常な状態なのですか?あそこまで無反応なのは初めてみたのですが…」
「個人差はありますが『隷属の契約』を結ぶまでは獣人は感情も思考もやや乏しい傾向にありますね。契約後には少し感情が出たりしっかり喋りだしたりすることが多いです。ただあそこまで反応が希薄なのも私はみたことがありませんが」
台所から居間を覗き込みシュノドゥラを見ながら明穂が答えた。
シュノドゥラは虚空を見たまま微動だにしない。
そんな彼女に芝野はこの世界のことを嘘を交えながら一人演説を行っていた。
芝野くん、嘘はいけないよ…。高嶺は肩を落とす。
気を取り直して明穂との会話に戻る。少し躊躇してから
「…彼女をここに置いて置くことはできませんか?」
高嶺は泣きじゃくるフォーナの姿を思い出してつい甘えた考えを口にする。
明穂は温かい目でそんな高嶺を見てやさしく微笑んだがすぐに厳しい顔になり
「…先生、これは仕事です。そんな甘い考えではこの先やっていけませんよ?」
召喚士が獣人に思い入れをする。当然のことであるが喚びだした彼らはすべて依頼主の手に渡すのがこの仕事の鉄則であった。
ただでさえ獣人を待っている依頼主は多い。
厳しい審査を通るだけでも半年はかかる。
高嶺は俯き自分を言い聞かせようと目を瞑る。
フォーナの鳴き声が耳の奥で蘇る。
たった1ヶ月程度の関係だったが思ったよりあの子に入れ込んでいるのを自覚した。
フォーナの満面の笑みを思い出す。
高嶺は顔上げる。
「ふふん、簡単なことではないかね。高嶺くん、君はまだ専属の獣人と契約していないだろう?」
その声に振り返るといつの間に来たのか台所の入り口に芝野が立っていた。
高嶺は一瞬なんのことかわからなかった。
高嶺自身はフォーナと契約がされているはずだ。
そこでハッとなる。
「明穂さんっ!!!」
振り返った明穂は頭を抱えていた。彼女は最初から気づいていたのだった。
「…はぁ。たしかに廻沢高嶺先生と『隷属の契約』を行ったと届けている獣人はいません。そして召喚士は1人だけ助手として獣人を契約する権利を持っています。これはどの依頼よりも優先される案件です」
希望の光が差し込んだように高嶺には思えた。
その顔を見て明穂は真面目な厳しい顔で
「それは正当な権利ですし、問題はないと思います。ただし高嶺先生、2度の召喚による成果がないというのは召喚士としては致命的ですよ?今後の仕事に関する信用が厳しくなるのは覚悟はしてくださいね」
明穂はそれを心配していわなかったのだろう。
高嶺はその心配りをありがたいと思った。
だが彼の気持ちは変わらなかった。
「ぜひ、シュノドゥラを僕の専属の助手として契約させてください」
今回、かなり軽快でポップな物語にしようと思ってたのですが
世界観が重すぎてちょっと動かしずらくなってきました…
ちょっと作り方失敗してしまった気がします。
なんとか軌道修正したいのですが・・・・うーん、