死ねない女のヒトリガタリ
その国では、随所に設置されている掲示板にこのような貼り紙がされている。
いつ頃から貼られるようになったのか、貼るように決めた本人もはっきりとは覚えていないくらいに昔から。
経年劣化により定期的に貼り替えられてはいるが、これが取り下げられたことは今のところ、ない。
『 私を殺すことができた者には、私の持つ全てを与えよう。
ギルド :フェイタルファミリア
ギルド長:クロノナ・ディル・ウィアード 』
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私は、いわゆる不老不死と言うやつだ。
羨ましい?
とんでもない。
確かに正直に言えば、便利な体になったものだと最初のうちは喜びもした。
しかし、これは決して祝福などではない。
――呪いだ。
気付けば、そうなっていた。原因などさっぱりわからぬ。ただ、結果があるのみ。
同じように不老不死を求める者やそうでない者からも説明を請われるが、わからないのだから答えようもない。しかしそれで納得しない人があまりに多かった。
私は真実を話していると言うのに、嘘だの隠しているだの詰ってくるだけならまだマシな方だ。酷い者になると――
『その肉を食えば不老不死になれるのでは?』
『その血を浴びれば若さと美しさが保てるのでは?』
『その身を』……これ以上はやめよう。
とにかく、そのような身勝手な理由で襲い掛かってくる者がたくさんいた。人とはここまで悍ましくなれるのかと戦慄した。
そうして幾多も私が襲われる様を、死人のようになっても復活する私を見て、近しい者たちは恐れをなして去って行ってしまった。
私に対する脅しとして捕まり、帰らぬ者となったこともある。あの時は本当に血の涙を流すような思いであった。
私は、独りにならざるを得なかった。
不老不死になったことが喜びから絶望へと反転してしまった私は、実に様々な死に方を試してみた。
心臓を刺して抉り出してみようと、腹を掻っ捌いてどれほど失血しようと、服毒しようと、炎に身を投げてみようと、大岩に潰されてみようと、重石をつけて海に飛び込んでみようと、断食しようと、無駄であった。
強大なる魔物の前に身を晒してみたりもした。戦争で何百人と斬り殺した男に挑んでみたりもした。偉大なる魔法使いに対して悪を演じて特級魔法を食らってみたりもしたが、どれも無駄であった。
死を望んでいた私であったが、友人知人が殺されたトラウマで、私を利用して不老不死を得ようとした者たちは容赦無く返り討ちにすると決めたこともあり、国際指名手配犯になったりもしたな。
数多の賞金稼ぎや騎士が現れたが無駄に終わり、無駄に命と金が消えるだけだと多くの国は断腸の思いで取り下げることになったがな。一部の国では未だ有効ではあるのだがそれもいつまで続くことやら。
結局、誰も、何も、私を殺してはくれなかった。
余談ではあるが、復活時に着衣はボロボロのままであった。髪も爪も再生するのに、さすがに私の一部でないものは対象外であると言うことか。
死ねなかった時、羞恥心が薄れたとは言えさすがに裸でうろつくのは抵抗感があって予備の服が必要だったので、収納魔法を覚えたのもこれがきっかけだったかな。
そのような荒みに荒んだ生活を何百年だかした後、すっかり倦んでいた私の頭にまるで天啓のように閃いたのだ。
『誰も、何も、私を殺せないのならば、殺せる者を自らの手で育てあげればよいのではないか?』と。
血に塗れた長い年月を過ごしたせいか、自分で自分を殺すために技を磨いてきたせいか、不老不死を抜きにしても私はどこの誰よりも強くなってしまったのだ。
それゆえ、この力と技術を継承すればあるいは――と、思ってしまったのは、良かったのか悪かったのか。その結論も未だに出てはいない。
以降、私は孤児の中でいくらか才能のありそうな子たちを引き取っていった。金はいくらでも稼ごうと思えば稼げたので、困ることはなかった。
孤児を選んだ理由は単純に何のしがらみもなかったから、それだけのことだ。
『強くなれ』と子どもたちを何人も育てていった。しかし当然、多くの失敗もした。
愛情をこめて育てれば、『殺してくれ』と頼んだ時に泣かれて逃げられてしまった。中には泣きながら刃を突き立ててきた子もいたが、無駄だった。
憎まれるよう冷酷に育てたりした時もあったが、やはり私を殺せなかったあげく、絶望でその子の心が壊れてしまったので二度と試すまいと誓った。
淡白に接してもやはり私を殺せる者は育たず、感情は私を殺す要因にはならない――絶対的に力が足りないのかもしれないが――と判断した後は基本的に愛情をこめるようにした。
私の遠大なわがままに付き合わせているのだ。そうでもないと割りに合わないだろう。刃が余計鈍るかもしれないが……そうなった時はそれはそれと諦めよう。
と言うか、だな。愛着が……愛情が、湧いてしまったのだよ。
それに、子どもたちのおかげで私は孤独ではなくなったのだ。乾ききった心に潤いをもたらしてくれたのだ。いくら感謝してもし足りない。
例え歪な関係性であろうとも、だ。
ただ一つ、困ったことが増えてしまった。
私は不老不死だ。老いもしない、死にもしない。
つまり……手塩に掛けて育てた子どもたちが、誰も彼も私より先に死んでしまうのだ。
死を看取るたびに胸が張り裂けそうになるほどに痛むが、それでも愛情を注ぐのはやめられなかった。
……私にまだヒトらしい心が残っていたのだな、などと場違いな感想を抱いたりもした。けれどその心を守って、あるいは蘇らせてくれたのはきっと子どもたちなのだろう。
最初は私が付きっきりで育てていたのだが、子どもたちの数が増えて手が回らなくなってきた頃、外に出しても大丈夫な程度に強くなった子には修行と称して魔物退治や旅をさせたりもした。過去の私のように周囲に敵を作ってばかりでは生き辛くなってしまう。それゆえ、できるだけ人の役に立つようなことしなさいと言い含めて。
そのように子どもを何人も送り出していたら、噂が噂を呼んでいつの間にやら便利屋集団となり、組織――ギルドを立ち上げるまでに到ってしまった。
……子どもたちの中に、組織運営を得意とする子や金勘定が得意な子、事務が得意な子がいたりしたのだ。……私はそこまで教えた記憶は……あるな。
い、いや、戦い方だけで一生を費やすのは酷であろう? 一定期間の訓練は必須としたが私を殺せない子は希望するならその責務から解放したし、その時に外の世界でも困らないよう、文字や算術、地理歴史に薬学神学とかをだな……無駄に長生きなので知識や蒐集した書物は腐るほどあるのだよ。うむ。
ギルドの構成員は全員私が拾ってきた元孤児の子どもたちだ。子どもと言っても、もう何十年……百年以上続けているので、子どもから老人まで居る。結婚して子をもうける子どもも多く居るが、基本的に配偶者や生まれた子どもは構成員としては扱わないことにしている。
子どもたちの人を見る目を疑いたいわけではないのだが、利益のために組織に食い込もうとしている者も増え始めたのでな。設立時から今まで一貫して、私が背景を調査し、白と判明させてから拾ってきた孤児のみという制限をしている。時には孤児と偽ってスパイを潜入させようとしてきたパターンもあったのでそうせざるを得なかった。
そんな子どもを利用するような裏組織はのちに壊滅させた。『おまえも子どもを利用しているだろう?』と言われるとぐうの音も出ないのだが、それはそれと割り切った。少なくとも今は洗脳まがいのことはしていない。……今は。
早々に加入させないとは言え『うちの子にも勉強を教えてほしい』と頼む人が増えてきた辺りで学び舎を作り、人にモノを教えるのが得意な子を教師に据えたりといったことはしている。敵を少しでも減らす一環として地域交流は必要であったし。
……気付けば国一番の教育機関になっていた時はさすがに笑うしかなかった。
ちなみに、私自身の血を分けた子どもは居ない。
子どもができた時、私の不老不死まで引き継いでいたらと思うと恐ろしく、とてもではないが作る気にはなれなかったのだ。結婚の経験など当然ない。外見は若かろうが精神は年寄りを通り越して化石なのでもはやどうでもいいことであるが。
そう言えば昔に私を殺してくれると言いつつ、私の腕を折り、足の腱を斬り、喉を潰して無抵抗にしてから犯そうとしてきた男がいたが、前述の通り万が一にも子どもができないよう局部に防御魔法を張っていたので、思わぬ急所の痛みに悶えたりもしていたな。あまりに不愉快だったのでその男は殺しまではしなかったが、色々と再起不能にしてやった。色々と。
自分で言うのもなんだが、顔が良いのもこういう時は困りものだな。だがまぁ、その惨劇(笑)が広まったせいかそれ以来そういう意味ではほとんど――全く、ではないのが何とも世知辛い――襲われなくなったのは不幸中の幸いというやつか。
今ではすっかり恐れられているが、昔はこれでもモテたのだぞ? いや、今でも何も知らない子どもから『しょうらいけっこんして!』と言われることも偶に……などと主張してみたところで虚しくなるだけだな。止めよう。
言うまでもないと思うが、本気っぽい告白も含めてちゃんと全部断っている。中には女の子も居て、子どもができる心配は一切なかったのだが……やはり同様に断った。家族としての愛情はあっても、恋人、伴侶としての愛情は抱けそうにないからな。
しかし……何故このような枯れた、女らしさの欠片もない私を選ぶのか……謎である。
ギルドを設立した後とて、大小様々な問題が起こった。
子どもたちが騙されたり、悪党どもに逆恨みされたり、私の力と、その私に育てられる子どもたちを脅威とした時の権力者に睨まれたりもした。もちろん理不尽な行為には報復してやったが、警戒心を持つことを妨げることまではさすがにできず、お互い心を擦り減らすだけに終わったりもした。
逆に『悪さ』をした子どもも極少数だが居たりした。私自身の手で断罪をし、後始末に奔走した。
ギルドの影響力が大きくなりすぎて『国のために働け。でなければ敵対勢力と見なして排除する』などと王命が飛んできたこともあったな。これは『仲良くしようじゃないか』と説得して事なきを得た。表向きには。
あぁ、今の王族とはそこそこ友好な関係を築いているぞ。特に第二王子と第一王女はお忍びでギルドに遊びに来てくれるくらいだ。やはり子どもは頭が柔らかくて良い。
それ以外の者は裏でどう思っているかわからぬがな。特に財務大臣など、金が欲しくて仕方ないのか何やら裏の者どもと企んでいるようでなぁ。気を付けておかねば。……王子に密告しておくか?
大人はどうにも欲望やら常識やらしがらみやらに囚われがちなのが困りものだ。……いやそれを言えば私など婆なのであるがな。頑固婆などと呼ばれたら泣きそうである。いや、泣かないが。
国と仲が良好である、と言えば聞こえは良いのだが、他の国、特にこの国と友好条約を結んでいない国にとっては都合が悪いようなのが痛し痒しというところであるか。
うちの子たちを戦争に参加させる気は毛頭ないが、巻き込まれる可能性は多いにあるので、是非ともそうならないよう国には頑張ってもらいたいものである。……過去には私たちギルド……と言うよりは私のせいで戦争を吹っ掛けられたこともあるのでそこを持ち出されると耳が痛いのだが。
その時は相手国の言い掛かりでしかなかったので私一人で片付けたが、その結果に気を大きくした当時の王が調子に乗って戦争を続けたのだから救えない。呆れてギルド丸ごと国を出てやろうかと計画しかけたけど、国の不利益を察知した王の子が戦争を止めただけでなく私に謝罪にまでしてきたので、きっかけは私が原因であったこともあり出て行くのは止めておいた。それが現国王の父だったりする。
はは、今の王など赤子の頃からよく知っているぞ。うん? 脅す気などさらさらないので安心すると良い。
とまぁ、語れば長くなるのでここらで止めておこう。長い長い月日の果てに、今の状態がある、ということだ。
未だ死ねぬ身ではあるが、幸せがあり、辛さもあり。
ギルド『フェイタルファミリア』……私たち『家族』は、在る。
「ようこそ、子どもたちよ。新しい家族よ。
今日から君たちは私の弟であり、妹であり、息子であり、娘である。
そして私は君たちの姉であり、母であり……魔王である。
私の愛しき子たちよ。強くなれ、誰よりも」
「――そして、どうか私を殺してくれ」