救済措置
「名前、大川秀樹……それから職業が……?無職か、まあそうだろうな。趣味特技は共に無し……か」
何となく予想はしていたが、やはり無職か。一日中ギャンブルに勤しんでいる奴が真面目に働く訳ないもんな。
そうなると、こちら側も少し困る。仕事で大成功を収めさせて幸せにする、と言う一般的な選択肢が使えないからだ。
この前の立川さんの様に、自分の趣味を持っている人ならば、それで良い結果を出させてやることも出来る。
だが、この男には趣味も無い。家も金も仕事も、見事なまでに何も取り柄が無いのだ。
さて、どうやってこの男を幸せにしようか。何かヒントを見つけるべく、次のページを開いた。すると、一つ気になる欄を見つけた。
「好きな言葉?へえ、そんなのあるんだ……」
藁にもすがる思いで、俺はその欄に目を通した。
「どれどれ?『人生は冒険だ!』?」
なるほど、なるほどな。確かに一理ある。一度きりの人生なのだから、色々な事を経験した方が良いに決まってる。それは間違ってないと思う。
だからと言って、ギャンブルで全財産を失う経験は要らないだろう。人生は冒険とは言え、取り返しの付かない所まで行く必要は無いのだ。
「あ、そうか」
どうして今まで気付かなかったのか。ふと、この人にピッタリの幸せを思い付いた。
冒険し過ぎて、迷子になってしまったこの人を、一旦元の場所に帰してやろう。その為に。
「ギャンブルで大勝ちさせてやれば良いのか」
今までの財産と、失った家を取り戻し、抱えた借金を全て返せるぐらいの額を勝たせる。
あくまで、色々失う前の状態に戻すと言うだけで、それ以上はしない。それでも、人生をやり直すキッカケ作りには充分だろう。この人にとっても、それが一番幸せな筈だ。
そうと決まれば早速実行しよう。俺は目の前の男を思い浮かべた。
まずはいつも通り、ギャンブルをさせる。勝ったら全てが元通りになる、全てが懸かった大切な一戦だ。
「絶対勝つんだ……!絶対!絶対にッ!勝ってやる……!勝つ勝つ勝つ!!」
ついさっきまで死にそうな顔をしていた大川の目に、闘争心が宿った。
語彙力は完全に無くなってしまったが、これは非常に大事な戦いなのだ。語彙力の一つや二つ、失って当然だろう。
ここまでは順調だ。続けて、勝つか負けるかギリギリの瀬戸際に立ってもらう。やはり、勝負と言う物には緊迫感が無ければ面白くないからな。
「んぐぅ……!ぐううぅ……!んごぶはぁ!!ぶはぁ!はぁ……」
……え?どういう状況?なんか凄い音聞こえたんだけど……ギャンブルって勝負所になると血を吐くくらい緊張するのか?顔真っ赤だし……めっちゃ息切れしてるし……
ま、まあいい次に行こう。白熱したバトルを何とか制して、見事に大金を獲得する。
「っわあああああ!勝った!うゔっ……うっ…やったぞおおおおお!勝ったああああ!勝ったんだあああ!」
一瞬、本気で鼓膜が破れたかと思った。慌てて耳を塞いでそれは回避したが、とてつもない大声だ。人類最高記録の音量だと言われても納得できる。
もういっその事、大声を出し続けるだけの仕事でも始めればいいんじゃないか?無いか、そんな仕事。
話を戻そう。その金で、大川はこれからの人生を穏便に過ごす事を決める。
「よし……これを機にギャンブルなんてもう辞めよう!真面目に働いて普通に生活しよう!」
少々物分かりが良すぎたかな?まぁ良いか。これでこの人も幸せになれるだろう。キッカケは与えた、あとは自分で頑張ってくれ。
ギャンブルを辞める、という一つの大きな決心をした大川は立ち去っていった。
俺はその後ろ姿を、見えなくなるまで見送ってやった。