大馬鹿者
「あ~……結局一人かよ……」
小脇に赤いゴミ……もといキャリアノートを抱えながら、俺は夜の波橋を目指して歩いていた。
「大体急用ってなんだよ?絶対嘘だよなアレ……」
ぶつぶつとボヤきながら、左手に装着した腕時計を見る。時刻は午前十二時を指していた。
「こんな夜遅くに用事……?やっぱり絶対おかしいよな……」
なんだか、言動が彼氏の浮気を疑う彼女の様だと思った。
いやそれを言うなら俺は男だから……彼女の浮気を疑う彼氏の様と言った方が正しいかな。……いや、別にどっちでも良いか。
「あいつ元気かなぁ……」
無意識のうちに、思った事が口に出ていた。あいつと言うのは昔別れた彼女の事。
少し前にクニハルが彼女が欲しいとか言い始めたせいで、何かにつけて思い出してしまうのだ。
もう二度と交わる事は無いはずなのに。出来る事なら、早いところ忘れてしまいたいのにな。
「おっと……着いたか」
波橋に到着した俺は、さっそく不幸な人を探し始めた。
夜な夜な橋に現れては、見ず知らずの人間を探すなんて不審者もいいとこだと思う。
しばらく辺りを見回して見ると、早くも一人の人物が目に止まった。
「……何してんだ?あの人」
そこには、橋の欄干に保たれて座り込む四十代くらいの男の人がいた。
年齢に似合わない派手な金髪をしたその人は、わざわざ聞かなくとも分かる。間違いなく不幸な人だ。その証拠に、さっきから俯いてばっかりで顔を上げようとしない。
何があったのかは知らないが、ひとまず見てみることにしよう。俺は目の前の男性を頭に思い浮かべた。
「やっべえ……やっちまった……!」
虚な目をしたその人は言った。
顔面蒼白とは、この様な顔の事を言うのだろう。深い絶望に閉ざされた顔は、まるで死を望んでいるかの様にも見えた。
「もうおしまいだ……!やっぱりやめとけば良かった……!やめとけば……!」
ガチガチと歯が震える音が聞こえる。
「ギャンブルなんて……!やめとけば!やめとけば良かった!!」
なるほど、そう言うことか。この人はギャンブルで負けたのだ。それで多くの財産を失ってしまった、まぁこんなところだろう。
自業自得とは言え、それは確かに不幸だなと思った。それで、一体どれくらいのお金を失ったのだろう?
「一回のギャンブルで全財産賭けるなんて……!それで負けるなんて……!どれだけ俺はバカなんだ……!」
なんだ全財産か……別に大した事……は?全財産?一回のギャンブルで賭けた?
「それだけじゃない……!金を取り戻す為に家まで賭けたのに……それでも負けた……!」
へえ、家も賭けたのか……それくらいだったら……は?家?それで負けた?
「まだ借金も返し終わって無いのに!俺は……!俺はどうしたら良いんだ!」
借金が残ってたのか……はて、いくらだろうか。十万……二十万か?
「百万円も……残ってるのに!」
なーんだ百万か……お小遣いにもならないな……んん?百万?
えーっと?状況を整理しよう。なんだか頭がおかしくなってきた。
つまりこの人は、ギャンブルで全財産と家を失い、なおかつ百万円の借金が残っている……と。
ジーザス。救いようがない。どうやら、俺はとんでもない化け物と出会ってしまったようだ。
家も財産も無くすまでギャンブルをやり続けるだなんて……不幸者と言うより大馬鹿者だ。
こんな人を助ける必要があるのか?仮にあったところで、この状態からどうすれば幸福に出来ると言うのだ?
だが、相談する相手は今はいない。どうにか一人で切り抜けないと。
「とりあえず……これ見てみるか」
一人呟いて、俺はゴミノート……もといキャリアノートを開いた。
家と貯金を失い、多額の借金を抱えた人を幸せにする方法を探す為に。