幸福屋「サチ」
初めまして、真友です。
とりあえず精一杯頑張ってみようと思います。
「誠に残念でございますが、今回の採用はお見送りさせていただく結果になりました事を、お伝えさせていただきます」
スマートフォンの画面に書かれた文章を読んで、俺はガックリと力なく項垂れた。
「また駄目だったか……」
これで何回目かも分からない、アルバイトの不採用メールを見て、俺、蜂谷青は呟いた。
一人暮らしをしている青の言葉に反応するものは何も無く、独り言が重い空気を作り上げて家中に蔓延した。
バイトの面接なんて誰でも受かる。と、周りの奴らは口を揃えて言うが、その言葉は嘘だ。
バイトだろうが正社員であろうが、社会に出る事は甘く無いのだ。身を持って体感した俺が言うのだから間違いない。
なんて、そんなこと言える立場でも無いのだけど。
はぁ、と一つ溜め息を吐いた。
「態度が悪かったとか……?それとも何かまずいことでも言ったか……?いや、やっぱり態度が……」
不採用になる度に一人反省会を開くのだが、毎回、特に思い当たる節が見つからず、泣き寝入りする事になってしまう。
どうやら、それは今回も同じのようで、気づけば、まだ夕方なのにも関わらず俺は布団に潜り込んでいた。
「バイトって甘くねえなあ」
「うんうん、バイトは甘くないよ」
ふと、俺の呟きに反応した声が聞こえた。気のせいかと思い眠りにつこうとすると、
「おいおい、せっかく返事したのに無視するなんて酷いじゃないか」
さっきよりもハッキリと、その声は俺に語りかけてきた。それは、どこか聞き覚えのある声だった。不思議に思って布団から顔を出すと、そこにいたのは、
「お、やっと出て来てくれたね。なんだか困ってるみたいだね」
「え……俺?」
紛れもない自分だった。顔も体型も服装も全く同じで、まさに、もう一人の自分といった具合だ。
こういう奴の事をドッペルゲンガーとでも言うのだろうか。確か、もうすぐ死ぬ人の前に現れると言う、自分そっくりの人間。
だとしたら、俺は死期が近いってことなのか?まだ二十歳なのに?
最悪の状況を目の当たりにした俺に、もう一人の自分が陽気に口を開いた。
「安心してよ。別に僕はドッペルゲンガーとかじゃないし、君もまだまだ死なないから」
「え、そうなの……?」
「うん、むしろ僕は君の味方だよ。ソウルメイトってやつかな?」
「いや知らないけど……?」
そう言うと、もう一人の俺はケラケラ笑っていた。
「とりあえず布団から出なよ。君に話があるんだ」
「お、おお」
突如現れたもう一人の自分に促され、俺は布団から起き上がった。いつの間に用意したのか、テーブルにはコーヒーが淹れてあった。
「さて、話っていうのは……」
「え、いきなり?」
「実は……」
「ちょ、ちょっとまって!」
俺は、さっそく話を始めようとする俺を止めて言った。
「ん?どうかした?」
「どうかした?じゃなくて!お前は誰だ!?似たような姿して!」
「僕?僕は君だよ。だから僕らが似てるのは当たり前さ」
「ああそうなんだ……ってならねーよ!意味分かんないし!」
「そう言われてもねぇ。説明が難しいんだよな~」
困ったような表情を浮かべながら、もう一人の俺は言った。
「正確には、僕は君の魂みたいなもの。幽体離脱したって言えば分かりやすいかな?」
「幽体離脱したの俺…?」
「実際には少し違うけど、そんなとこかな」
ああもう、余計に意味が分からなくなってきた。幽体離脱?そんなの現実世界で出来る訳無いじゃないか。
「今、そんな事出来る訳無いって思ったでしょ?」
「なんで分かった!?怖いな!」
「まあ、そう思うのも仕方ないけどね。確かに非現実的な事ではあるし」
テーブルの上に置かれたコーヒーを一口飲んでから、もう一人の俺は再び口を開いた。
「でもね、そんな確率論でこの世界を渡り歩こうなんて甘いよ。人間の可能性っていうのは無限大だからね。出来る訳無いって思う事も、その気になれば案外簡単に出来てしまうものさ」
「あ、そうなんですね……」
「うん。離脱したいなー出来るかなーって思ってたら出来ちゃった」
急に小難しいことを言い出されたので、思わず敬語になってしまった。
人の可能性は無限か。最も、アルバイトの面接に苦戦する俺の可能性が無限大かどうかは疑わしいが。
「まぁそんな事はどうでもよくて、そろそろ本題に入ろうか」
「本題?」
「僕が君の元に現れた理由だよ。別に僕とて何の理由もなしに離脱した訳じゃ無いんだよ?」
「そ、そうなんだ」
一つ咳払いをしてから、もう一人の俺は喋り始めた。
「ずばり、君を救いに来たのさ!アルバイトが決まらなくて金欠で可哀想で惨めで残念な君をね!」
「言い過ぎだろ!何で知ってんだよ!」
もう一人の俺はニコリと笑って言った。いちいち感情の情緒が激しい奴だ。
「それくらい簡単に分かるよ。僕は君だからね」
「またそれかい。ややこしいな」
「そう?じゃあ僕に名前付けてよ」
「なんでそうなるんだよ……」
「そしたら分かりやすくなると思って。話はそれからでも遅くないからね」
確かに、こいつの言う事も一理ある。いつまでも、もう一人の俺と言うのも面倒だ。何より、どっちがどっちか分かりづらい。
それなら。
「クニハル……でいい?」
「センス無いな!?クニハルぅ?」
「仕方ないだろ!?いきなり名前付けろなんて言うから!」
「まぁいいか……話戻そうぜ」
変な……個性的な名前に何とか納得して貰ったところで、再び話を元に戻す事にした。
「で、助けてくれるって言ってたけど、何をしてくれるの?」
「あぁそれね、簡単な話だよ。君にピッタリのバイトを持ってきたから紹介しようと思って」
「おお、それってどんなバイト?」
どこから出したのか、一枚の紙切れを俺に手渡して言った。
「幸福屋サチ……お客様に幸福、時に不幸を与える仕事?」
「そうだよ。この前出来たばかりの店で、従業員は僕を入れて二人だけ。どう?興味ない?」
「興味っていうか、この文章だけじゃ具体的に何をするのか全く分からないよ……」
「そんなの簡単だよ。想像するだけでいいんだ」
「想像?何を?」
クニハルは自分の頭、こめかみの辺りを指で二回叩いて言った。
「例えば、ここ最近不幸続きで落ち込んでるA君の姿を思い浮かべてみて」
「えーくん……」
俺は、頭の中に一人の人間を想像した。その人間には、クニハルに言われた通り、落ち込んだ姿をしてもらった。
「思い浮かべた?それじゃあ今度は、そのA君が宝クジに当たって幸せになった姿を想像して」
すると、深く落ち込んだ表情をしていたA君の顔が、一瞬で明るい笑顔になった。
両手で札束を握りしめ、弾けんばかりの満面の笑みを浮かべるA君は、さっきまでの自分とは別人のようだった。
「想像出来たかな?これでA君は幸せ者になった訳だ」
「凄い嬉しそうな顔してたな……」
「これと同じ事をするんだよ。まず、街中にいる不幸な人間を探し出す」
「うん」
「見つけたら、その人が幸せになる未来を想像するってわけ」
「なるほどね。でも、妄想上でいくら幸福になったとしても、現実ではあまり意味無いっていうか……根本的解決にはなってないような気がするけど」
だってそうじゃないか。自分の幸せな姿を想像するのは簡単だが、それを現実に出来ないから苦労するのだ。
「それが意味あるんだよ。なんと、幸福家は想像した事を現実で起こすことが出来るんだ」
「魔法か!」
「言ったでしょ。人間って自分の限界を自分で決めがちだけど、その気になれば結構何でも出来るんだよ。それこそ、魔法みたいな事だってね」
「あぁ、そう……」
「幸福家の仕事を通して、不幸を感じてる人達にも、この事を伝えてあげて欲しい!そういった人達は、自分に自信を失っていることが多いからね」
「なんか、こう……凄い仕事だね」
何とか褒めの言葉を口にするも、実際のところ、あまりに怪しすぎるバイトだと思った。
人の可能性がどうとか、その気になれば人は何でも出来るとか、そんなのは嘘だと思う。絶対に叶わない夢や、どうやっても出来ない事は、この世界には無限にある。
クニハルは嘘つきだ。
よし、このバイトは断ろう。断るなら今しかない。こういうのは、後手に回れば回るほど断りにくくなるのだ。
「と、言う訳で!これから宜しくね、蜂谷君!」
「えっ、いや……まだやるなんて一言も……」
「まぁそんなに緊張しなくていいよ!気楽に行こう!」
「いや、だから……」
「ん?あぁ大丈夫だよ!ちゃんと給料は出るからさ」
「そうじゃなくて……」
「心配ないよ!僕がしっかりサポートしてあげるから!」
俺が断ろうとする前にクニハルが喋り出してしまった。しかも、俺を採用する気で勝手に話を進めているではないか。
完全に先手を打たれた俺は、クニハルの勢いに押され、とうとう断る事が出来なくなってしまった。
こうして、俺は半ば強引に幸福家でバイトをする事になったのだった。