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忍法血風録  作者: 瑞鶴寺鉄心斎
忍者武中八九郎
19/19

十五対一

 一騎討ちがはじまったも、余の者らにとっては無関係。今は源平合戦期でも戦国の世でもない、幕末期なのであるから。


 そもそもが正規の合戦に非ず。また戦の作法も慣いも知らぬ者多数のこの場にては、一騎討ちの最中にありながら乱戦がくり広げられるという混沌を極めていた。


「わりゃあ、裏切りおったな!」


「ええい、うぬらこそ!」


 さむらい衆と百姓らとの間にての同士討ち──否、仲間割れと申すか。それとも互いに互いを裏切っての争いか。


 だがそうした今世紀最大のみにくい争いのみならず、未だ主従の関係を保ちながら正規の戦の作法に則って戦いを続ける部隊も存在していた。──いやむしろそちらが辛うじて多数か。つまり敵戦力を半減するには至るも、未だ忍者らは敵の包囲より逃れるには至らず。圧倒的に不利な状況下にあることは未だ変わらぬ。


 殺す気満々で迫り来る多数の相手より、果たして逃れることはできるか。


 今のところ、それは不可能と云える。包囲殲滅陣を敷いたさむらい衆を相手としては。──その包囲は、じわじわと狭まってゆく。


「者ども、かかれぇい!──陣を乱すな。隊列を保ったままに揉み潰せい!」


 それにしても、さすがは瑞山直々に育て上げた連中。よく練られた動き。集団戦法がいかなるものかをよく知った動きであった。陣は鉄壁にて、さらに数を頼みに攻めるという優位を完全に保ち続ける構えを崩さぬ。それも烏合の衆ならず、いづれも一人前の武辺者にて構成されていた。


「くっ、これは相手がわるい!」


 まことその言葉がすべてを物語っていた。対するは少数の忍者勢。お千代、五郎兵衛、そして辺天坊と宇昧坊という混成部隊にあった。


「こちらは4名、相手は多数。──詰んだか?」


「しかも、互いに気心も知れぬ者同士とあっては」


 一時的に休戦状態にあるのみにて、そもそも松山忍者と大洲忍者とは此度の件に於いては対立関係にあった。ついぞ先ほどまで。──それもあるが、互いに得意とする術のいかなるものかも知らぬ。このような状況下に於いて協力し合うなぞ不可能にあった。


 万事休すである。だがなんの手も打たずしてみすみす討たれるは、忍者の理に非ず。忍びの道は生きる道。役目に生命は賭けるとも無為に生命を投げ棄てるに非ず、自らの生命は進んで棄てようとも死をまず誕生に置き換え、生存を最良とするもまた事実にある。──このような一見すると矛盾した掟の中に、伊豫忍者はあった。


 たとえそれが松山忍者なれど大洲忍者なれど、葉刺流忍法使いであろうと根来流忍法使いであろうとも!


 故にまずは生き残るべき手に出た。さしあたって最優先とされるべきは──逃げるに非ず。敵を討ち倒すこと。


 もっとわかりやすく単純に云うと、敵の陣構えを崩すこと!


「おどりゃあっ、『雷迅』の術ぅ!」


五郎兵衛の腕より稲妻がほとばしった。閃光の走った後、前方より煙と、蛋白質の焦げる匂いとともに、


「おわあっ!」

「おごおっ!」

「ひえっ!」


との、叫びが上がる。その後に、遅れて砲撃のごとき雷音が轟いた。


『雷忍』たる五郎兵衛はこのように、その肉体より雷を発することができるのである。正確には電撃を発すると云うべきか。──さながら人間エレキテル。もし彼が享保年間の産まれであったならば、さぞ平賀源内博士の研究の役に立ったであろう。


「そうりゃあ! もう一丁!」


さらなる電撃。これにより先陣は崩された。──しかし中衛以降は未だ無傷のまま。進軍は、止まらぬ。


「ああん?──おかしいねや」


首をひねる五郎兵衛。彼の計算では電撃は中衛までもを襲い崩壊させているハズであったがため。──この密集陣形ならば必ずや、そうなっていたであろうに。


「ええい五郎兵衛、どうした!」


お千代が檄を飛ばす。焦りと苛立ちを帯びた声。無理もないこと。もうひと押しせねば、彼女の忍法では踏み込めぬのである。


「今ひとつ雷の流れがわるいねや。──なんでじゃろうか」


さらに3撃目を放つ。──やはりこれも、思ったより及ぶ範囲がせまい。中衛を壊滅させるには、至らぬ。


「怠けていて、腕が落ちたのではないのか?」


「──いくらお千代殿でも云うてええこととわるいことがあるで? わしは、鍛錬だけは怠らんのや」


 五郎兵衛の言葉に嘘はない。技の冴え、その切れには微塵の鈍りもない。威力にも申し分はない。着弾点にいた者は皆その身を雷流に撃たれ、すくなくとも戦闘不能状態には陥っている。一撃必殺の威力は、決して失っても衰えてもおらぬ。


 射程も充分。本来の間合いで届いておる。しかしながらただひとつ、電流の及ぶ範囲がせまいのである。ひと度着弾すらば、この密集陣形にては人体を伝ってかなりの広範囲に及ぶであったろうに。


「怠ってないなら、何故こうなった」


「それがわかれば苦労はせんのや」


 4撃目を放つ。しかしさすがに敵も脳無し凡暗(ボンクラ)の集まりに非ず。散開し、被害を最小限度にとどめるに至る。


「散ったぞ!──こうなれば連発してひとりひとり確実に撃つのだ!」


お千代はそう云ったが、


「ええい無茶を云うねや! わしは長篠の織田鉄砲隊やないんねやぞ! そなことできるかや!──そもそもこの術はそうなんぼでも撃てるいうもんやないんやぜ」


 五郎兵衛の云う通り、この『雷迅』の忍法はまこと強力なれど、そのぶん連射がきかぬ。いち度撃てば次を撃つまでに幾らかの間を置かねばならぬ。休憩を挟まねばならぬと云うがわかりやすいか。充電のために。──これは撃てば撃つほど、充電期間が長くなってゆく。


「どれだけ撃てる?」


「日に5発──どうがんばっても6発が限度じゃのう」


「なにっ」


 お千代は眼を剥いたが、しかしこれでも雷忍としては多く撃てる部類に入るのである。大抵は日に3から4発撃てればよいほうで、1度しか撃てぬ者や2日に1度といった者もすくなくない。


「五郎兵衛、さっき4発撃ったな?──ではもう1から2しか撃てぬと云うのか?」


「そうじゃ。──ああそう急かされんぜ? まだ撃てんわ。休まんと無理じゃな。──敵さんは待ってくれそうになさそうじゃが」


 すでに敵は隊列を整えつつあった。幾らもせぬうちに進軍が再開されるは明白。それまでに五郎兵衛が間に合う保証はどこにもない──どころか、十中八九間に合わぬであろう。


「──根来衆。なにか手は?」


 お千代は助けを五郎兵衛より他に求めた。伊豫忍軍頭領が娘たる彼女としては採りたくない手ではあったが、此の期に及んでは仕方あるまい。生きるか死ぬか──どころか眼前に死の迫ったこの状況下にて、伊豫忍軍の誇りもなにもあったものではないがため。


 しかしながら根来衆より得られた返答は、


「今この場にてわしらに打てる手はない」


との、絶望的なもの。


「このわし辺天坊の忍法は、傘を用いて空を飛び、上より空襲するもの。──このような天井のひくいところでは、使えぬ」


 なるほどどう高く飛ぼうとも槍の間合いの中。飛んだところを狙い打ちされ、たちまち針鼠のごとき串刺しとなって地に転がるは明らかにあろう。


「わしの忍法は身を縮め、木箱の中じゃろうが竹筒の中じゃろうが自在に入ってゆけるというもの」


 宇昧坊の忍法は、もっと役に立たぬ。なるほど敵陣潜入や暗殺任務にはこれ以上ない有用なものではあるのだが──このように真正面きっての戦いにては、使えぬ。


「くっ!──仕方ない、退く!」


 お千代は已むなく一時撤退を選んだ。五郎兵衛の充電期間を稼ぐためであった。背後の襖を蹴倒し、奥の間へと退く。その後を五郎兵衛と辺天坊、そして宇昧坊といった、今や役立たずと化した面々がのそのそと追う。


 だがお千代とて他の面々と大差ない。真正面きって敵軍を相手とするは不得手である。彼女の得意とするは、宇昧坊などと同じく潜入や斥候、或いは暗殺といった隠密任務なのであったから。


「く……そう云えばここは」


 顔をしかめるお千代。無理もないこと。ここは先ほどまで己の置かれていた奥の間。仰々しく置かれた雪洞(ぼんぼり)の放つ桃色の光にうっすら照らされた、敷かれた蒲団も忌々しい。


(……)


 高級な蒲団。婚儀のつもりか。山間の小村には似つかわしくない。調度品もまた然り。質屋に持ってゆけばかなりの額が手に入りそうなものが揃っている。花瓶なぞどのようにして手に入れたのか、南蛮仕立て。──なるほどそれらは上等な、上品なものなるも、並ぶとどこか下品にみえる。


 新品の畳までもが、下品に見える。


「──畳?」


 お千代がそうつぶやいた時、敵の数名がなだれ込んできた。


「もう逃げられんぞ!」


「ここは奥の間、どん詰まり」


「御首頂戴、覚悟!」


 次の瞬間、槍がうなりを上げて突き出された。忍者ひとりに対し、5本槍の計算。──人間がいち度に対処できる最大数は4。どうあがいても避けられぬ、よく考えられた攻撃にあった。


 だが、


「忍法『畳返し』!」


当たらなければ、どうと云うことはない! 突如として眼の前に立ち塞がるかたちとなった畳に、槍が吸い込まれるように突き刺さる。お千代の足は畳の端を踏み抜き、その反動をもって反対側の端を跳ね上げ、即席の盾となしたのである。


「うおっ!?」


「これは!」


「ぬうっ」


 手応えはあった。だがそれが畳を抜いたか忍者を貫いたかは定かではない。命中の寸前に視界を遮られたのであるから、その目測は大きく狂いをみせた。──事実、槍は狙いをはずしていた。忍者らは揃ってその場へしゃがみ込み、見事必殺の槍をかわしてみせたのである。


「ヒイィィィ」


 いやただひとり宇昧坊のみは身体を縮めて折り畳み、まるで甲羅に手足を引っ込めた亀か、或いは人胴のかたちをした樽かのごとき姿となって震えていた。


「そりゃあーーっ!」


 気合とともに、畳は吹っ飛んだ。向こう側より、お千代が勢いよく蹴り飛ばしたのである。蹴りの勢いが1畳ぶんの広面積となって向かってくるのであるから、いかに鍛えられたさむらい衆とて、これに抗うことはできぬ。


 同輩らの体重までもがともに、槍でつながっていたのであるから。


「おおっ!」


「くおっ」


「のわっ!」


 さむらいの5、6名ほどが畳とともに吹っ飛ぶ。その先にいたは仲間ども。この人間砲弾とでも呼ぶべき投射を受けては、せっかく組み直された陣形もふたたび乱れを生じざるを得ぬ。


「ええい怯むな!」


「相手はたかが4名ぞ! 忍者なにするものぞ」


未だ進軍止めぬ様子をみせるも、


「おりゃあ! 忍法『畳返し』!」


 そこに、今度は畳そのものが飛んできた。──これは五郎兵衛の手によるもの。踏み抜いて跳ね上げるのではなく、直接手で持ち上げ、それを力まかせに投擲したのである。畳はさながら土俵に投げ入れられる座布団のごとく回転しながら飛んでゆき、


「ぐげっ!」


と、さむらいのひとりの頭に命中しその頸椎を折って即死せしめた。──投擲の恐ろしさはここにある。当たりどころが悪ければ、いとも簡単に人を死に至らしめるのである。


 投擲したは、五郎兵衛のみではない。


「そりゃあ!」


 鉄瓶(てつびん)が飛ぶ。花瓶が飛ぶ。踏み砕かれた箪笥(タンス)の破片が、取手が、うなりを上げて高速にて飛来する。お千代の手によるものである。“花忍を相手とする折は、たとえそれが筆であろうと楊枝の1本であろうとも持たせたくはない” と謳われる理由がここにある。非力さ故に、それを補う術多数を身につけているが花忍。──投擲術も、そのひとつである。投げるは、手裏剣や撒菱(マキビシ)のみにとどまらぬ。


 投擲可能なものならば、それはすべて武器と化すのである!


「ええい怯むな! 押せ押せい! 押し包めうぼあぁ!」


またしてもさむらいのひとりが打ち倒された。鉄製の(かなえ)を頭に受けてはひとたまりもない。


「散開せよ!」


敵はふたたび陣を広げ、投擲による被害を最小限度にとどめんとした。──と、そこに。


「ふおお!? おぶっ!」


蒲団が飛んできた。続け様に掛け蒲団。さらには枕までもが続けてふたつ飛んできたではないか。


「ええい! 他人(ひと)を莫迦にしおって!」


顔にまとわりついた蒲団を剥がすや地にたたきつけ忌々しげに吐き散らすさむらいに向け、


「いや、これは好機。こんなものまで投げてきたということは──敵はもう武器が尽きたぞ」


同輩は冷静な分析に基づいて云う。


「ようし!──皆の者集まれい! 一点突破で押し通り揉み潰すぞ!」


令一下、さむらい衆は集結す。三角形を描いた魚鱗陣。このまま押し入って一気に殲滅する狙いにあった。


「進めええい!」


突撃がはじまった。槍のみならず刀までもが前方を向いて構えられている。忍者らは動かぬ。とは申せ行き止まりの奥の間にては動きようがないのであるが。距離が詰まる。槍の間合いまであと5(メートル)、4米、3米……


「忍法『畳返し』!」


ふたたびの忍法。此度は5枚同時である。にわかに畳の盾が立てられるに至った。


「莫迦め同じ手を2度続けて喰うか! それがための刀よ!」


先頭をゆくは刀。振りかぶられるや白刃煌めき、畳は次々と斬り開かれてゆく。忍者らの姿が露わとなる。


「ふんこんな小細工ゥゥ!──覚悟せいっ!」


ふたたび刀を振りかぶり、さむらい達が迫ってゆく。──だが。


「うぬうっ?」


その歩みは止まった。歩みのみではない。足そのものが──腕までも、動きそのものが停止してしまったのである。


「なんだこれは! 身体が動かん!」


見ればさむらい衆の腕から足から身体からに、蔓がこれでもかと絡みついていた。蔓は絡み、巻きつき、ついには完全に縛り上げるに至っていた。


「──花忍法『蔦蔓』(つたかずら)!」


これぞ花忍の真骨頂! 今現在にては投擲術や脚力の陰に隠れがちではあるが、植物を武器として操る術こそが本来の姿と云える。──此度は畳表に用いられていた藺草(いぐさ)を伸ばし、敵を絡め取ったのである。──新品の、未だ青き藺草であったを利用した、見事な策であった。


「ぬうっ、たかが藺草、これしきのこと──」


「無駄なこと。人の力で引きちぎることなどできはせぬ」


お千代の申す通りである。たとえ1本1本はよわくとも、それが幾重にも重なり絡まり合っているのである。たやすくちぎれはせぬ。──そもそも藺草は1本とて頑丈なのであるから、なおさらのこと。刀にて断ち切ろうとも、その刀を持つ腕が動かせぬのであるから、同じことであった。


「さてここに残っているは──何かわかろう?」


お千代の手に握られていたは、妖しき桃色の光を放つ雪洞。その内部にては蝋燭が煌々と燃える炎をゆらめかせていた。


「ちょうど、わしが投げた蒲団もあるねや」


続く五郎兵衛の言葉に、さむらい衆はすべてを理解した。そこに、雪洞を投げ込むつもりなのである。燃える炎を、可燃物に向けて。手足1本たりとも動かせぬこの状況下に於いて!


「ひ、ひっ」


「ひっひっ火〜〜っ!」


いかに鍛え上げられたさむらいとて、戦いの末に敗死する覚悟はあれども、動けぬままに焼死するなど真っ平御免! 首を取られるは恐れぬも、生きたまま火に焼かれるは、なんとしても避けたい!


「さて──どうしたものか? わたしとて無駄な殺生はなるたけしたくはない。もし其方等(そのほうら)が我が軍門におとなしく降ると云うのであれば──」


「く、降る! 降伏する!」


「参った! こ、降参じゃあ!」


「じゃから燃やすのだけは勘弁めされい!」


かくして、お千代らは迫る敵を退けたばかりか、その戦力をほぼ損害なしの状態にて丸々手に入れるに至った。


「よかろう。──だがもし裏切るような素振りをみせれば、即座に遠慮なく皆殺しにすることをゆめゆめ忘れるな」


との、言葉とともに。

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