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忍法血風録  作者: 瑞鶴寺鉄心斎
忍者武中八九郎
11/19

忍者菊地文之進

「ほう、まことこれは難攻不落の名城よ」


振り返り眼下を望む山地三四郎は、そのような感想を述べた。彼の眼に映るは大洲の城下町。その中央には先ほどまで彼らのいた大洲の城が悠然とそびえていた。


「河をもって掘となし、山をもって(へき)とする。──さしずめ、貴公ら人をもって垣となすといったところか」


菊地文之進に視線を向けつつ、三四郎は云った。


「はっ。殿は『あるがままをよしとし、あるがままを用いる』御方でありますが故」


『人は城、人は石垣、人は掘』とは、信玄公の言葉なるも、これをもうひと段階進めたが、大洲城にある。山に囲まれた盆地という地形をそのまま防壁として用い、藩を流れる大河肱川(ひじかわ)の流れを利用して掘となしていた。松山の城とはその建築思想からして、大きく異なったものにある。


ここに城を築かれたは南北朝の時代なれども、それをこのような難攻不落要塞へと大規模な近代化改装となしたは、かの築城の名手たる藤堂高虎公にあらせられるのであるから、むべなるかな。


その高虎をもってしても手懐けられなかったが、大洲忍者にあった。


彼らはあくまでも独立し、銭にて動くやりかたを守り通した。──この万延年間に至っても。


故に大洲藩に対する忠誠心はうすい。己が根ざした地に対する忠誠心は濃ゆい。──故に此度、彼ら大洲忍者の協力は望めぬ。否、そればかりか、敵にまわる公算のほうが大きいのであった。


「あるがままに、のう──」


次左衛門はつぶやいた。


「──じゃが、『一揆』ともなれば、あるがままにはゆかぬのう」


此度の伊豫忍軍のお役目は、一揆鎮圧にある。──これは一切を外部に漏らすことなく、秘密裏に行わねばならぬ。


“すべてを──『雪が解けたように』せい──”


『頭領』石崎和右衛門の言葉である。静かに、事を内密に、一切を外に知られず片付けよとの意味を持つ言葉。


これは大きな解釈の幅を持つ。つまりは外に漏れることがなければ、それでよいと云うこと。


最良の場合を考えるならば、話し合いにて片を付けてそれまで。平和的な解決法である。たとえ背後に有形無形の圧力があったとても。──しかし、そううまく行くとは決して限らぬ。


最悪の場合──村人のひとりたりとも残さず皆殺しとして物理的に口を封じる、をも、辞さぬということであった。


「文之進殿は、いかなるお考えにござるか」


その時、同じ大洲忍者たる文之進がどう動くか。次左衛門はそれをはっきりとさせておきたかった。


万一、村人すべて皆殺しにせざるを得ぬ状況となった際、同時に文之進を相手とするは間違いなく避けたいところ。文之進の腕前がかなりなことは、先ほどようくわかっていること。並々ならぬ、容易ならざる相手。──伊豫忍軍組頭衆総出でかかって、ようやく討ち果たせるところ──次左衛門はそのように見ていた。


とてもそのような者を相手としながら、村人すべて──すなわち小窪村を根絶やしに滅ぼすなどと云うは十中八九はおろか、九分九厘不可能なこと。まず、ひとりやふたり、或いは3人4人と取り逃すは確実。


そうなるとお役目は失敗にある。


「はっ。殿は仰せられました。“すべて、雪が解けたようにせい” と。──たとえ同輩を手にかけようとも、お役目を果たす所存にあります」


はっきりと、文之進は答えた。


「左様でござるか。──ややっ、これは要らぬことをお聞き申した。許されい」


頭を下げる次左衛門。


「いやいや、ここは云うなれば敵地。念を押すは忍びとして至極当然のことであります」


双方わだかまり解けた、そのようにみえた。


しかしながら忍びの言葉を文字通り取るは、危険なること。次左衛門も七郎もその他も──文之進の含め皆すべてそれは重々承知のこと。


互いの(はら)のうちの探り合いは、すでにはじまっており──しばらくは現在進行形にて、続くこととなる。



「見え申した。──あれが、小窪村にあります」


山をふたつみっつ越したところで、文之進の指差す方向に見えしが、目指す目的地であった。


「これはまた、ひどいところじゃのう」


率直な感想を八九郎は述べた。まこと、ひどいところ──その通りである。


付近の山は荒廃し、それに寄り添うように点在する建物は、先ほどまでいた城下町とは比べ物にならぬほど、みすぼらしきものにあった。


小窪の名のしめす通り、ちいさな盆地。そこを、貫くように川が走っていた。


「これでは(ロク)に米もとれやせまい」


五郎兵衛が云う。ただでさえちいさな盆地を川により隔てられ、水はあろうとも肝心の耕作面積がせまい。そのようなせまい田畑が、これまた個人間にてちいさく区切られているのであるから。


「じゃが、米そのものは実ってはおるようじゃな」


実るほど頭を垂れる稲穂かな。──黄色く色づいた稲はしっかりと、それでも実をつけていた。


「しかし刈り取りもしやせんと、何しとるんじゃあ村の(もん)はァ?」


「そりゃあ、一揆じゃろう」


まこと八九郎の云う通り。みすぼらしくひどい村からは物々しい気配が漂っていた。──戦の陣特有の、重苦しい気配──


武力闘争に依る一揆がなされているは、まこと事実であったとみえる。


「かァ〜〜っ! 米も刈りやせんと何に(ぬゥあ)が一揆じゃ! 百姓の風上にも置けんぞ! どうせやるなら、やることをやった後にせいや!」


五郎兵衛が生家鵜久森家はもともと百姓の出にある。家禄すくなく、五郎兵衛の役禄をもってしてもすべてを賄いきれず、副業と云う名目にて百姓の真似事をやって生計を立てていた。五郎兵衛も、その手伝いをやっておる。──故に、このような事態を眼にしては、黙っておられぬも無理もないことと云えた。


「ともかくも、なにかおかしい」


六郎もただならぬ気配を感じとったとみえる。


「普通の一揆ではないな」


三四郎、そのように答えると、


「菊地殿。今すこし近くにて確かめたい。──できるか?」


と、文之進に向けて訊く。


「拙者にお任せあれ。まとめ役故に、ここへ立ち入るを咎め立てされることはありますまい」


三四郎の言葉の意味を、文之進は理解していた。──つまりは村の中へと潜入することは可能か? とのことである。


「幾名かは、城の者と云うことになされい。残りは、それぞれにお任せ致す」


文之進の言に従い──伊豫忍軍組頭衆は、幾らかの隊に分かれて、村へと入ることとなった。



「何者か!」


村へと入るなり、衛士役を務めし者に呼び止められた。手には槍が握られており、それを喉元へと突きつけられるといった──丁重な出迎えとはとても呼べぬものにある。


「お〜〜う……わしじゃあ。菊地じゃあ。──大洲城御庭番衆頭三番隊隊長、菊地文之進が参った」


名を聞くや、槍は喉元より下げられたが、


「菊地殿、この者は?」


と、次なる問いぞ走る。


「この者らは城よりの使いである。失礼のないよう丁重にお迎えせいよ。──さもなくば、わしの首が飛ぶ」


「──っ! こ、これはトンだご無礼を……ッ!」


衛士は慌て、槍を納め後方へと跳びすさり平伏す。──その動きたるやじつにすばやく、無駄がなく、流れるようなものにあった。


(こやつ……忍びじゃな)


(うむ。おそらくは文之進殿の申された土着の者)


『城よりの使い』たるさむらいらは、小声にてそう話す。文之進のすぐ後ろにいた偉丈夫は武中八九郎にて、その太刀持ちを務めし小姓の正体は田中次左衛門。控えの若侍役は、忽那七郎にあった。


(しかしこれでは、別働隊も難儀とみえまするな)


七郎、そのように云うと、


(否、山地殿がついておられる。心配御無用にござろう)


と、次左衛門は答えた。


(けっ、どこまで信用できようものか。三四郎はともかく、あの鱗魚人(うろこさかなびと)はどうなろうか)


八九郎はおもしろくもない顔でそう答えると、


「うぬらの所業にあやしきところありと聞き、見聞に参った。案内(あない)せい」


と、じつに大きな態度にて、衛士に告げるのであった。


こういうときに、八九郎は大いに役に立った。平均身長が5尺(約150(センチ))を超えたかどうかである時代にある。そのような折に6尺(約180(センチ))、30貫(約110(キロ))超えの巨漢を前にしては、衛士や村人がいかに手練(てだれ)の忍者とて容易には反抗的な態度には、出られなかったのである。


すくなくとも、表面上に於いては。


「ははっ! どうぞこちらへ──」


先ほどまでの態度はどこへやら、すっかり縮こまり腰をひくくして案内役を務めし衛士なれども、それがどこまで本心によるものかは、わからぬ。


それをわからぬ伊豫忍軍に非ず。


「うむ。さて参るか」


と、大きな態度を崩さぬ八九郎も、それにつき従うかたちをとっている次左衛門と七郎も、一切気を抜くということをせぬ。


今このまたたく瞬間にも振り返って槍で突きには来ぬか、或いは道の両端から伏していた者らが斬りかかって来ぬかの警戒を厳にした上で、衛士の後をついていったと云う次第。


それ故にか道中に、危険な目に遭うということは──断じてなかったのであった。



さて、別働隊のほうはどうであろうか。



「何者だ! 止まれい!」


やはりこちらでも衛士役に槍を突きつけられる結果となった。どうやら村へとつながる道のすべてに配置されているものとみえる。


これは厳重なる警戒態勢。仮に大洲藩正規軍が押し寄せたとて、ここを陥とすは容易ならぬことであろう。


阿羅招魂(あらしょうこん)! 我らは諸国を巡礼しておる旅の僧! 山深き故に道に迷い、一夜の宿を乞い願いにきた!──否、宿がなくとも、寺くらいあるであろう。そこに、寝泊まりしたい!」


答えしは、金剛杖を持った坊主の群れ。無論、これらも伊豫忍軍の化けしもの。先頭をきって口上を述べたは、覆面にて鼻より下を覆いし山地三四郎。


「よもや、仏に仕えし僧が救いを求めしを、無碍(むげ)に追い返し山深き中へと追いやるつもりはあるまいな! いつ何時いづこかより、獣や山賊の出るともわからぬ山々に」


なかなかに態度が大きいが、しかしこの時代ではよくあること。仏僧、及び神職は寺社奉行の管轄下にあるがため、町方には手出しのしづらい、云わば一種の特権階級にあったがためのこと。──怨みを買うとなかなかに、面倒な存在であった。


さらにそれを長身の祝六郎が云うはなかなかに迫力、威圧感ともにあり、この時点でほぼ要求は通ったようにみえたが、


「そんなことをすれば……化けて出るぞ?」


しかしやはり決定打となったは、妖怪岩魚和尚がごとき、魚面をした鵜久森五郎兵衛の、このひと言にあろう。──みるみる、衛士役の顔色が蒼白く変わり、


「ひえっ」


との、みじかき悲鳴ぞ上がる。


「こ、この奥に御堂(おどう)がありまさァ!──荒れ果ててきたねぇところでよければ、どうぞ何日でもお泊まりくだしい!──で、ですから化けて祟るのだきゃあ!」


慌て、衛士役退くも、しかしふと眼に止まりしものには、ひと言云わざるを得なんだとみえ、


「し、しかしお坊様ァ……お、女連れたァ、いったいどう云うことでェ?」


と、訊くに至った。──彼の視線の先にいたは──石崎和右衛門が娘、『花忍』お千代にあった。


「いくらお坊様とて、女色の禁をやぶる破戒僧とあれば話は別だ。──そんなもんと関われば、こちらの首が飛びかねねェ」


お千代の頬にひと筋の汗、伝わるも──


「皆まで云わすなやァ!──拙僧らはこうした、女子(おなご)みたいな若衆の尻が心を捕らえて離さんのじゃがや!」


衆道──ひと言で云うと男色趣味にある。とかく近代社会にては許されざる禁忌とされているものにあるが、この時代の僧侶の間にてはごくありふれたものにて──むしろ尊重されるべき至高の恋愛のひとつとされていたほどにある。


そうしたものに、余人が嘴を突っ込むものではない。


「何なら、其方も混ざるか?」


「なかなかに、締まりのよさそうな尻をしておるではないか」


覆面姿の三四郎と長身の六郎がそのように云いながら、異様に眼をぎらつかせゆっくりと迫るはなかなかの恐怖である。そんじょそこらでは味わえぬ、恐怖!


なにしろ己の尻穴の貞操に危機が迫っているのであるから、


「ひえっ! ご、ご遠慮しときまさァァ!」


などと、よろけた足取りなるもしかし脱兎の如き勢いにて、衛士役は一目散に遁走するに、至ったのである。



付近に誰もおらぬを見て後、


「かっかかか! 愉快、愉快であったわ!」


と、三四郎、大いに笑うや、


「しかしまあ……なんだ。花忍お千代の見事さがまさかここで災いするとはな」


と、六郎。──なるほど、どこから見ても寺小姓のいで立ちに身を包みたるお千代なれど、しかしその年頃の娘特有の色香を隠しきることは、できなかったとみえた。


「くう……未熟者の恥!」


お千代、顔を真っ赤にして恥入るも、


「いや、いや、恥じることはないがやお千代殿。そのあたりは、わしらがうまくやるがな」


と、五郎兵衛、励ましの言葉を述べる。


「しかしこのような恥辱……っ! このようなことならばはじめから女として入っていれば、怪しまれることもなかったをっ!」


「いや……それは悪手だったろう」


あたりを見廻しながら、六郎は云う。


「ここは──やばい地だ。なにか得体の知れん……(ロク)でもないものが渦巻いてる」


「ああ、言葉にはできんが、胸ッ糞の悪なりそうなもんに満ちとるわいな。──かっ、気持ちが悪い」


五郎兵衛も何やら、感じとった様子。


「得体の知れない……碌でもないもの?」


「忍びの里であるからか?」


三四郎とお千代はその気配に気づいておらぬ様子である。


「今の者の眼を、見てなかったのか?」


六郎にはそれが不思議に映ったようである。


「今の(ヤツ)の眼が、なにか?」


よくわからぬ風である三四郎に向け、


「あれは、やばい色だ。傍目(はため)にはまともに見えるが、じつのところまともではない者特有の色」


「いつ何時何をしてくるかわからんってことよ」


と、六郎と五郎兵衛は述べる。


「何をしてくるか……わからない?」


そう云ったお千代に対し五郎兵衛、何かしら云おうとし──口を閉じて横を向く。


代わり──


「ああ。女と知ればな。──最悪、我らのいる前で……」


六郎、眼を閉じてしばしの沈黙の後に──こう告げる。


手籠(てご)めに、しかねぬ」


「──っ!」


お千代の顔より血の気が引く。またたく間にその口唇(くちびる)は血色を失い紫に染まる。


身の芯が冷え、脊髄に氷が走ったような感覚。


先ほど衛士役が感じたような──本能的な、恐怖であった。


しかし六郎は冷静に──一種、冷徹ともとれる──次の句を告げた。


「あれは、それをやってのけそうな者の眼だ」

村を包むは得体の知れぬ不気味さ。戦に臨む物々しき熱気とはまた異なる、足先から脳天にまでじわり、じわりと伝わってくるような冷たい、湿り陰ったようなものが、いづこかより出でて忍び寄っていたのである。


果たして伊豫忍軍は無事にここを出られるのか? お役目を果たすよりも前にそこが問題である──


次回、『思惑の坩堝』

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